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青年、薔薇色の姫君と。

「……ローゼっ!?」

『踊る虎猫亭』に帰って来たデイルは、奥で茶器を傾けるローゼに、すっとんきょうな声をあげた。その後ろに付き従って来たヴィントは、マイペースに前に進み出て、ラティナに頭を擦りつける。褒めろという事だろう。

「ありがとうヴィント。デイル、お帰りなさい……あのね、よくわかんないんだけど……ローゼ様と、会っちゃった」

「確かにその説明じゃ、なんもわかんねぇな……」

 ラティナは、膝を折りヴィントを撫でながらデイルを見上げる。少し首を傾げているのは困惑の現れだった。

 やはり困惑するしかないデイル相手に、ローゼは微笑み、略式の礼をする。何気ない動きであっても彼女の動作は洗練されている。埃っぽい旅装姿であっても上流階級の人間である事が伺われた。

「ご無沙汰致しております、デイル様。」

「ああ……何でこんなところに?」

「私、こう見えましても困っておりますので……単刀直入に申しあげますわね。私、つい先日まで拐かされておりましたの」


 爆弾発言であった。


「え? うえぇっ!?」

 デイルから妙な悲鳴が上がった。ラティナに至っては驚き過ぎて声も出ない。ヴィントは相変わらずマイペースにしっぽをぱふんぱふん振っていた。

「に……二の魔王に?」

『虎猫亭』到着後、ローゼが一言告げて、その後沈黙していた事を思い出して、ラティナが呟く。ローゼはそれには首を横に振った。

「いいえ。私を拐かした者は違う者です。……もう、誰であったかを探る事は難しいですけれど……二の魔王がその者たちを殺めてしまいましたので」

「ローゼ様は……どうして無事だっ たのですか?」

 ラティナの声は硬い。

 幼い頃より、この子は『二の魔王』の話題が出るとこういう表情になる時がある。

『一の魔王』の国ヴァスィリオの者にとって、『一の魔王(彼らのおう)』を殺した二の魔王は仇敵だ。その為だろうかと、デイルは推測する。

「気まぐれ、であったようです。私が魔力形質持ちで……『面白そう』だからであると」

「……その後何事もなく解放されたのか?」

「二の魔王の側近として控えていた方が、逃がしてくださいました。私も詳しい事情までは存じませんが……あまり、二の魔王に忠心を持って仕えていらっしゃるようには見えませんでしたの……」


「……二の魔王は、自分の『魔族』……自分の眷属を恐怖で支配しているんだよ。奴隷であって、玩具なんだって。……一の魔王みたいに、自分を助けてくれるひとを魔族に迎えて、一緒に『生きる』のとは違うの……」

 ぽつりと答えたのは、表情を強張らせ、抑揚の無い声で告げるラティナであった。

「ラティナ?」

「二の魔王は怖いんだよ。……昔、一の魔王を殺した時も、簡単に死ぬひとは殺しても面白くないからって……それだけの理由だったんだよ」

「……どうしてそんな話を知っているんだ?」

 デイルの問いに、彼女は一つまばたきして表情を取り戻した。デイルを見上げて少しだけ悲しげな顔になる。

「昔、生まれたところにいた頃、聞いたよ。二の魔王は、とてもとても怖いから気をつけなさいって。出会ったら、殺されてしまうかもしれないから、ちゃんと隠れていなさいって」

「……父親にか?」

「ラグだけじゃ無いよ。魔王のお話してくれたのは、……おかーさんの方が多かったから」


「……私を逃がしてくださった方も、似たような事を仰っていました。」

 ローゼはそう言ってから、改めてデイルを見る。

「そのような経緯がありまして、私も不用意に自らの所在を公には出来ませんでしたの。……デイル様のことを思い出して、この街までたどり着きましたけども、何処にいらっしゃるのかわからなくて困っておりましたところを、『妖精姫』に助けて頂きましたの」

「……デイル」

 ローゼが再び出した呼称に、ラティナが若干据わった目でデイルを見る。ちょっとだけ冷や汗をかきながら、デイルはそっと視線を外した。


 最近のラティナは、声高に『うちのこ可愛い』を叫ぶと、どこか嫌そうな反応をしてくるのだ。大人になってきたということなのかもしれないが、何だか寂しい。

 そこで最近では、ラティナに気付かれないように、彼女のいないところで『うちのこ自慢』とそれに関する威嚇行動を繰り返しているのだった。自重する気はさらさらなかった。そこは改めない。


「最初に私を拐かした者の背後関係もわかりませんので……誰に頼るべきなのかも……ですから、デイル様に」

「あ、ああ。そういう話なら、きっとあいつ、心配してるなんて話じゃ済まないだろうな……今すぐ書簡を送ったとして、返信が来るまでも何日か掛かるかもしれないぞ? その間どうするんだ?」

「何処か紹介して頂ければ、そちらに参ります。この街でしたら、旅人相手の宿も数多くあるのでしょう?」

「……俺も、ローゼに紹介出来るような、高級宿はあまり……」

「あら。私、あまり持ち合わせがありませんので、安価な宿の方が助かります。この街に来るまでも、そのような宿に泊まって参りましたし」

「……ローゼ」

「ふえぇ……」

 笑顔でとんでもない事を言っているローゼ相手にデイルはため息をつき、ラティナは、動揺も露に口癖が漏れ出ている。

 最近のラティナは幼さの感じる口癖も改めようとはしているらしいが、動揺した時などつい出てしまうらしく、あまり改善は見られなかった。


 そのままで良いのに。可愛いんだから。と、親バカ(デイル)は思う。


「軽はずみな行動すると、あいつ(・ ・ ・)何するかわかんねぇから……」

「だって、拐かされておりました私ですもの……持ち合わせがあるはず無いではありませんか。冒険者の皆さまの真似事をして、幾らか路銀を得ることは出来ましたけれど、それも覚束無くて……」

「ちょっ……待て、ローゼっ? 何したんだ?」

「途中の町で、お仕事を受けましたの。魔獣退治と、それらの転売ですわね。この街までの路銀はそのようにして得ましたが……それが?」

「え、えーと……デイル……」

 途中、耐えきれなくなった様に、ラティナが口を挟んだ。その表情は既に困惑一色だ。

「ローゼ様って……お姫様、なんだよね……?」

「……貴族の娘という意味ではそうだな」

「なんだよね?」

 ころころと笑うローゼは姿形も物腰も『姫君』の呼び名に偽りは無い。だが、中身はだいぶ異なる様だ。


「……途中で絡まれたりしなかったのか?」

「デイル様。その様な御仁は黙らせましたので、ご心配なく」


 むしろ、心配しか無いが。


「魔法使いは近接戦闘が出来ないというのが定説ですが、私の様に魔力に余裕の有るものは、簡易式の連続詠唱で、多くの事象に対応出来るものですわよ」

 デイルも魔法に関しては『加護』の恩恵で魔力量に余裕がある。その事はわからなくとも無い。つまりは、発動の早い簡易式でのごり押しだ。

 それでもそれは、この様な、か弱い外見の女人の発言ではないだろう。

 デイルはローゼと面識はあったが、友人を交えての通り一遍のもので、そこまで親しくしている訳ではない。ここまでぶっ飛んだ性質を持っているとは思わなかった。外見を裏切り過ぎている。

(優秀な魔法使いだって事は知ってたが……)

 独白と共にため息が出た。


「それなら、せめて、『虎猫亭(ここ)』に泊まれよ……大丈夫だろ、ケニス?」

「部屋はなんとかなるが……周囲の部屋の客迄は動かせんぞ?」

「他所の宿に行かせるよりは、マシだろ……これで、目を離したなんて言ったら、俺があいつ(・ ・ ・)に殺される……」

 友人の技量は、デイルも認めるものだった。怒らせて本気でやり合うのは勘弁したい。

「持ち合わせ足りますでしょうか?」

「……そのくらい、俺が持つから……」

 なんだか金銭感覚も非常に庶民的(シビア)な『薔薇姫』は、その二つ名にふさわしいほどに、華やかな微笑みを見せた。

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