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白金の乙女、薔薇色の姫君と会う。

 クロエの家を出ると、玄関の横で腹這いになって目を閉じていたヴィントが、むくりと起き上がってラティナを見た。

「待たせてごめんね」

 彼女の言葉には、ふさっとした尾を振って返答とする。

 一人と一匹で並んで歩き始めて間もなく、ラティナはその人物に気が付いた。若い女性だ。目を惹いたのは、旅人らしい服装である為だ。この職人街では旅人はあまり見かけることはない。ここも商業地区の東区ではあるが、街の人や一部の冒険者以外は、表店の商店を利用する事が普通だからだ。

「迷子かな?」

「わふ?」

 ぽつり呟いたのは、かつて自分も、この職人街で迷子になった事があった為だ。酷く心細かったことを思い出す。ここはまるで迷路のように入り組んでいるのだ。無理もない。

 女性は、キョロキョロと周囲を見回しては、足を止めている。そんな仕草を見れば見る程、自分の推測が正しく思えた。


「あの……お困りですか?」

「え?」

 濃い栗色の髪を揺らして女性が振り返る。彼女の顔を見た途端、ラティナは思わずぽかんと口を開いた。

(ふあぁ……凄い綺麗なひとだぁ……)

 彼女の方も何だか驚いているようだが、ラティナはそれには気付かず、別の事を考えていた。

(んー……? なんか何処かで……)

 思考に没頭しながら、眼前の女性の深く色濃い青い眸を見る。その瞬間、思い出した。


「薔……」

「まあ! 妖精姫ね!」

 ラティナが、ビクッ。と飛び上がってしまったのも仕方ないだろう。

「ふえぇ?」

 情けない声を出して、目の前の女性を見る。自分より年上の優しそうな顔立ちの綺麗な女性だ。長い睫毛の下の藍色の眸は、悪戯っぽく煌めいている。ほっそりした華奢な容姿と繊細な美貌の持ち主なのに、深窓の姫君という印象ではない。


 そうなのだ。姫君なのだ。

 以前見た時の特徴的(・ ・ ・)な髪の色(・ ・ ・ ・)とは違うのだがーー恐らく隠しているのだろう。そういった目で見れば何処か不自然だーー顔と眸の色には、見覚えがある。

 その貴族の姫君であるはずの彼女に、下町の一庶民である自分がよりにもよって『姫』と呼ばれるとは、どんな冗談なのだろう。

 白くてすらりとした手を、胸の前でぽふんと合わせて微笑んでいる『彼女』の前で、ラティナはぐるんぐるんと混乱していた。その動揺は相手に伝わっているらしく、彼女は可笑しそうに更に微笑みを深くした。ますます優しそうな眸が印象的になる。


「……恥ずかしいので、その言い方は……止めてください……」

 結果、ラティナが絞り出す事が出来たのは、その一言だった。

「私の方こそ失礼致しました。お噂以上に愛らしい方でしたので思わず……」

「ふあぁぁ……デ、デイル……他所で何を……」

 両手で頬を押さえると火照っていることがわかる。

 自分が、可愛がってくれている常連客たちに『妖精姫』との渾名を付けられている事は知っている。 あの店の中での自分はまだまだ『おちびさん』なのだ。だから、「お嬢ちゃん」だし「お姫さま」扱いをされて猫可愛がりされるのも、あの店の中でなら、まだわかる。

 デイルは確か、この女性の事を『友人の知り合い』だと言っていた。

 という事は、この愛称混じりに自分の事を少なくとも、その『友人』にも話しているのだろう。どんな事を話しているのだろうか。

 とにかく恥ずかしい事は、間違いなかった。


「……薔薇姫さま……ですか?」

「まあ……私の事をご存じですか?」

 にっこりと微笑む彼女の様子からして、自分の勘違いではないらしい。ラティナは数度周囲を見回した。連れらしきひとの姿は見つけられない。

「以前、お見かけした事があります。……お一人ですか?」

 ラティナの問いに、彼女は静かな視線を向ける。すっと心の奥底まで見られているような、落ち着かない気持ちにさせられる。

「ええ。不案内なもので、門を間違えてしまったようですの。貴女にお聞きするのが早いですわね。……デイル・レキ様のところに案内してくださいませんか?」


 不自然だ。

 そう、すぐに理解する。恐らくあまりよくない出来事に関わっている気がする。

 とはいえ、断る理由も見つからない。ラティナは数瞬沈黙し、作り笑いではあるものの微笑みを浮かべてみせた。

「デイルは今、仕事で他出しているはずです。とりあえず、デイルの拠点にしているお店の方にご案内しますね」

「ありがとうございます」

 微笑む薔薇姫に笑顔を向けながら、ラティナは身を屈めた。傍らにいるヴィントにそっと囁く。


「……ヴィント、ケニスにこの事伝えて。私は大丈夫だから」

「わふ?」

「その後、出来ればデイル探して来てくれる? 南の森にいるはずだから」

「わん」

 一言答えて踏み出す前に、ヴィントは、ぱふっとラティナに尾を擦りつけた。ちゃんとしろよと言われているようで、ラティナは小さく苦笑する。


 クロイツ南の森は、ヴィントにとっては遊び場だ。たまに街を抜け出しては色々遊んでいるらしい。だいぶやんちゃな遊び方をしているらしく、初めの頃ヴィントが遊びに行った後でデイルが、「そのうちお前が退治されるから」とお説教していたのだった。それ以降は街から離れた奥地で遊んでいると言っていた。

 誰に頼むよりも、ヴィントに任せるのが一番早いだろう。


「変わった獣ですね」

「とても賢い仔なんです」

 そう答えながら、ラティナはもう一度周囲を見る。今回見回したのは、さっきとは異なる種類の者がいないかどうかを探る為だ。不自然にこちらを窺っている者はいない気がする。とりあえずは大丈夫だろうか。

「東門から入って良かったのだと思います。……南門だと、あんまり素行の良くないひとも多いですから。……表通りで向かいますか? それとも人目に付かない方がよろしいですか?」

「まあ」

 彼女は小さく驚いたような声を発し、再び優しい微笑みに表情を変える。

「追っ手は撒いて参りましたから、大丈夫だと思いますけれど。あまり人目に付かない方が良いのかもしれません」


 やっぱり、あまり良くない出来事っぽい。


 ラティナは若干ひきつる笑顔をはりつけた状態で、薔薇姫を先導し、帰路につくのだった。



「買い物に行って、予想外の土産を持って帰って来たな……」

 呆れ顔のケニスが店の前で待っていた。ヴィントは先触れの役割をちゃんと果たしてくれたらしい。

「ヴィント、行ってくれた?」

「ああ。あいつ(・ ・ ・)はラティナの言うことしか、基本的に聞かないからな……言ってくれて助かった」

 ケニスもデイルを呼び戻すべきだと考えたらしい。ラティナの判断を否定しなかった。

「とりあえず中に入れ。奥が空いてる」

「わかった。……どうぞ、こちらに」

「ありがとうございます」

 そう言って笑う薔薇姫は、下町の『踊る虎猫亭』という、決して上等ではない店の雰囲気にも嫌がる素振りもなかった。

 固い木の椅子に背筋を伸ばして座る所作は美しいが、あまり『貴族のお姫さま』らしくはない姿だ。


「デイル・レキ様が戻られる前に、私の事をお話しするべきですね。名乗るのが遅くなりました。私はローゼ・コルネリウス。コルネリウス家は領地と爵位を預かる家柄ではありますが、私自身の立場は、『藍の神(ニーリー)』の神殿の元にあります。ですから、あまり畏まらないでくださいまし」

 そう微笑むローゼは、確かに気安い雰囲気のある穏やかな女性だ。『藍の神(ニーリー)』の神殿は市井に門扉を開き、病や怪我を治療する施設を兼ねている。そこで働いているなら、『貴族』らしくない親しみやすさもその為なのだろう。

「高位の『加護』を持つ、稀代の神官として名高いとは聞いた事がある」

「それほどの事はないのですけど、生まれつき『珍しいもの』を持っておりますので、良くも悪くも目立ってしまいますの」

 そう言って、自分の髪に触れる。濃い栗色の髪はよくよく見れば、(かつら)であるようだった。

「そのかわり、それ(・ ・)さえ隠してしまえば、皆、私のことに気付かないのですけどね」

 クスクスと微笑んだローゼには、いたずらっ子のような雰囲気がある。

「……デイルに何のご用ですか?」

「言付けを託したいのです。私、この街の領主である伯とは、面識がございませんので」

 警戒心を滲ませるラティナにも、不快そうな表情を見せずローゼは答えた。年齢以上に落ち着いた気配の微笑みを浮かべる。

「何故、わざわざデイルに頼む? そもそも一人で遊び歩くような立場の『姫君』ではないだろう」

 ケニスの声にも警戒の色がある。それにすら当然とばかりな顔をして、ローゼは静かに答えた。


「私、つい先日まで、『二の魔王』の元におりましたの」


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