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幼き少女、想う。

 大人になりたいな。


 そう、思う。

 自分を救いあげてくれた、大切な大好きなひと。

 あの森の中、怖くて、寂しくて、お腹もぺこぺこで、苦しくて、きっとこのまま死んじゃうんだと思っていた……

 ……でも、最期に願ってくれたのが、『生きる』ことだったから、頑張らないといけないって思っていた、あの時。

 自分を救いあげてくれた、大切なひと。


 家族以外で、『大好きだよ』って言ってくれるひとも初めてだった。

 家族以外のひとに、抱きしめてもらうのも初めてだった。


 あったかくて、しあわせな、安心できる場所に連れて来てくれた。


 みんなみんな、大好きなの。

 新しいことができるようになって褒めてもらうことも。

 ダメだって、叱ってくれることも、みんなありがとうって思っている。


 だから、早く大人になりたいの……

 辛そうな時、苦しそうな時。きっと自分が大人だったらわかってあげられるのに。「大丈夫だ」なんて、言わせなくて済むのに。

 ケガするかもしれないお仕事の時だって、そばにいられるのに。

 自分の知らない時間のことを知る、他のひとに、負けなくてすむのに。



「ラティナ……早く大人になりたいな……」

「また、それか? 最近多いなぁ……ラティナはもっとゆっくり大人になっていいくらいなんだぞ。無理に大人になんてならなくていいんだ」

 最近の口癖になりかけている文句を呟く少女の頭を撫でながら苦笑する。

 郷里を出てすぐに『大人』にならなくてはならなかった自分のことを思い出す。

『大人』にならなくてはならないことも辛かったし、『大人』として扱われなかったことも辛かった。

 この少女と、どこか似ている自分に苦笑が浮かぶ。一緒に暮らす自分たちは、どこか似てくるものなのかもしれない。

 だからこそ、思う。

 ゆっくり大人になって欲しい。背伸びをすることを悪いとは言わないが、『大人』になってしまった後では『子ども』には戻れないのだから。



 リタはすごく格好いい。お仕事もいっぱいしているし、お店に来るおっきな男のひとたち相手でもぴしっとしている。

 そして大きなお腹の中で、ケニスとの大切な赤ちゃんを守っている姿もすごく格好いい。


「ラティナのお蔭で本当に助かるわ」

「そうなの? お手伝いできるの嬉しいよ」

「あんまり、私、針仕事得意じゃないしね」

「リタ、忙しいからだよ」

 産まれてくる赤ちゃんの為に、たくさんたくさん、おむつを用意しなくてはいけないんだって。クロエのお家で教えてもらって、おばあちゃんにもいっぱい教えてもらったから、リタにも褒めてもらえて嬉しい。

 おむつはまっすぐ縫うだけだから難しくない。

 リタは今日もたくさんの書類を片付けている。書類を読むスピードも、ペンを走らせる姿も、依頼料や仕入れなんかの計算も、とてもとても早い。

 いつか、リタのお手伝いもできるようになるかな。


「赤ちゃんいつ頃産まれるの?」

「秋になったらよ。夏バテしないようにしないとね」

「リタ暑いの苦手だものね」

 冷たいものばっかり食べるのもよくないって言われちゃうから、リタが元気な赤ちゃん産めるように、いっぱいお手伝いしよう。涼しく過ごせるにはどうしたら良いか、今から考えなきゃ。

「赤ちゃん男の子かな、女の子かな」

「どっちでも良いわ。元気で産まれてくれれば」

 そう言って微笑(わら)うリタは、本当に格好いい。


 友だちと、一緒に毎日過ごせるのも夏が終わるまで。

 秋になったら二年間の黄の神(アスファル)の学舎通いもおしまいで、みんなそれぞれ別の時間を過ごすことになる。

 なんだか少し、寂しい気持ち。

 お別れする訳ではないから、今までみたいに一緒に遊んだりできるのに、ちょっとだけ、違う感じがする。


 クロエはお家でお母さんと同じように、仕立てのお仕事をするって言ってた。『虎猫亭』のお給金で、クロエに服頼むからねって言ったら、「ラティナに似合う特別製作るからね」って笑ってた。

 可愛いピンクやふわっとした服が好きだけど、いつもクロエは、「それだけじゃもったいないよ!」って言う。

 クロエみたいに格好よく、お洋服着ることができるようになるかな。


 シルビアは、緑の神(アクダル)の神殿に行くんだって。あまり会えなくなっちゃうねって言ったけど、『虎猫亭』は緑の神(アクダル)の旗のある所だから、連絡とる方法はいっぱいあるよって、なんだか『悪い』笑顔で言ってた。シルビアらしいと思う。

 魔法の勉強と、護身術の訓練もするって言ってた。

緑の神(アクダル)の神官』たちは、世界中のあちこちで旅をしている。危険な場所も、誰も行ったこともない場所も目指して行く。

『虎猫亭』で扱う『情報』も、そういうかたちで『緑の神(アクダル)の神官』たちが集めたものもいっぱいある。

 いつか、『魔人族の国(ヴァスィリオ)』にも行きたいって言ってた。

 シルビアがヴァスィリオに行く頃には、新しい『一の魔王』が居るのかな。そうだったら、きっと、シルビアも少し安全にあの国に行けるのかもしれないよね。


 マルセルはお家のパン屋さんで修行するんだって。

 お昼ごはんの度に、マルセルのお家のパンもらってたから、とっても美味しいことはよく知ってる。『虎猫亭』の仕入れは別のお店だけど、たまに買いに行こうって思ってる。

 今もお店のお手伝いをしているマルセルとは、よく味や材料のお話とかで盛り上がる。今度パンの作り方も教えてねって約束した。

 ケニスも、こーぼ(・ ・ ・)や焼き釜の関係で、プロにはかなわないって言ってたから、本格的に勉強できる機会は大事だから!


 アントニーは高等学舎に進むって言ってた。

 そういえば、学舎の神官(せんせい)たちに、コルネリオ師父の所でお勉強してたって言ったら、凄く驚かれた。

 師父はすっごい大神官(せんせい)だったみたい。

 高等学舎でも教えてもらえないこと、いっぱい勉強してたみたい。全部じゃないし、算術とか外国語とかは全然やらなかったけど。

 アントニーが高等学舎に通うようになったら、どんなこと勉強したのか聞いてみようって思ってる。


 そしてルディは、お家のお仕事とは別のことをやるんだって。




「憲兵隊に行くの?」

「そうだよ。学舎卒業後だと、予備隊ってとこで、訓練と下働きして、憲兵になれるか準備するんだ」

 首を傾げた彼女に向かい、そう答えるとルドルフは少し視線を反らした。

 何でクロイツの治安を維持する憲兵隊に入りたいか、聞かれでもしたら気恥ずかしい。


『冒険者』相手に、真っ向から立ち向かえるのは、この街では『憲兵隊』だけだ。

 生来特殊な能力を持たず、武器と近しい場所で生まれ育ってはいるが、それを扱う技能を学ぶことのできた訳でもない自分では、『冒険者』を志しても腕を上げる前に死んでしまう可能性の方が大きい。

 ならば、大きな街で生まれ育ったという利を活かして、立派な規模の憲兵予備隊として、訓練を受けることの方がよほど合理的だ。


 バカと呼ばれるルドルフだが、彼女が目の前にいなければ、ある程度は真面目に物事を考えることができるのだ。


「『虎猫亭』のお客さんにも、憲兵さんたくさんいるからね。ルディのこと、よろしくってお願いしておくね」

 けれどもにっこりと微笑む少女は、特に志望理由には興味を抱かなかったようだ。ほっとする半面、残念でもある。複雑だ。

「あの店来るのって、『冒険者』だけじゃないのか」

「うん。憲兵さんも門番さんもよく来るよ。門番さんは、他の門は遠いから、南の担当のひとばかりだけど」

「……予備隊のやつは、来るのか?」

「うーん……前に、憲兵さんたち言ってたけど、予備隊のひとは、毎日くたくたになるまで頑張ってるんだって。あんまりお外に遊びに行く時間ないんだって」

 憲兵予備隊は、宿舎に泊まり込みで寄宿生活を送る。

 訓練だけでなく、規律と共に縦社会の関係をも叩き込まれる為だった。

 まったく余暇の時間がない訳ではないが、今までのようには『会えなくなる』のは確かだ。

 それでも、無事に憲兵にさえなれれば、『踊る虎猫亭』に大手を振って日参しても不自然ではないらしい。

 当面の目標はそれだろう。


 この段階のルドルフは、まったく想像すらしていなかった。

『虎猫亭』の常連客たち--憲兵隊の中でも、役職と実力に於いて周囲から一目も二目も置かれる者たち--に、「よろしくお願い」されるという意味を。

 常連客(かれら)のアイドルであり、一部の者たちから「白金の妖精姫」の二つ名で呼ばれる少女に、「お願い」される少年という『自分』がどのように目にうつるか、ということなどまったく考えていなかったのだ。


 彼は色々な意味で、予備隊入隊直後から、そうそうたる面々に目を付けられることとなったのである。

 一概に悪いとは言えない。訓練などでも目を掛けて貰えたということは、他の訓練生たちよりもよほど熱心な指導をして貰えたということでもある。

 ただ、それが、想像を絶する程に厳しいものであっただけだ。




 大好きなひとにぎゅっと抱きついて、今日も「おやすみなさい」を言う。

 一番安心できる場所。ぽかぽかして、ほっとして、ふぁーってなる大好きな場所。

『赤ちゃん』みたいかもしれなくて、何回も自分一人で眠れるよって言おうと思ったけど、出来なかった。

 お留守番の度に、一人だけのベッドに入る時、いつも、きゅっとした気持ちになる。冷たいシーツにからだを丸めて、枕をぎゅっと抱きしめて目を閉じる。

 時々、夜中に目が覚める。真っ暗な部屋の中で、自分がどこにいるのかわからなくなる時がある。真っ暗な『森』で怖いモノから逃げている夢を見て、怖くて仕方がない時もいっぱいある。

「んー……どーした、ラティナ?」

「ううん、なんでもないよ」

「そーか、怖い夢でも見たのかぁ……?」

 そう言って、よしよしと撫でて貰えたら、本当に大丈夫。怖いことなんて何もない。ここ(・ ・)は、世界で一番安心できる場所だから。


 だから、わたし(・ ・ ・)は、早く大人になりたいけれど、それだけは今のままで良いなって、思ってるの。


次話から思春期編ということで、少し大きくなった『うちの娘』をお送り致します。

とはいえ今後も、閑話の形式でちっさい姿も書くと思われます。お付き合い頂ければ幸いと存じます。

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