赤毛の少年、幼き少女と。
「そういえば。何でルディは、ラティナの『角』持ってるの?」
ラティナのいきなりすぎるその言葉に、ルディこと、ルドルフ・シュミットはランチを口から吹き出した。
「ルディ……きたない……」
ラティナが眉をひそめるのを気にする余裕もなく、他の友人たちを見回す。まず疑ったクロエも驚いた顔をしていた。次点のシルビアも「面白そうなことになった」という顔になっている。
アントニーも驚いているし、元々こいつはそういった点では自分を裏切らない。そこは長年の友人として信頼している。マルセルはにこにこと笑っている。まあ、これもいつも通りの表情だろう。
「な、な、な……」
その結果、ルディは髪に負けないほどに顔を赤くして、意味の成さない声をあげたのだった。
クロイツの黄の神の学舎は、最低限の教育を担うという観点から、それほど難しい学問を長期に行っている訳ではない。
基本的な読み書きと、算術。ラーバンド国の歴史と周辺諸国を含めた地理程度がカリキュラムの全てだ。
家によっては子どもも大きな労働力だ。学問のために長期に拘束されることを喜ばない家も存在する。その為、余裕のある家や更に学問をしたい者は、基礎学舎卒業後、高等学舎に進むという選択をするのだった。
一日の拘束時間もそれほどではなく、朝、学舎に行くと昼過ぎには帰宅となる。家に帰宅してから昼食をとる子どもたちも多いが、ルディの友人たちは集まって皆で食事をすることが基本的だ。
というか、ルディがそうするように、友人たちを誘導したのだった。
露骨なアピールとも言う。
ラティナは、調理の練習のために、自分で自分の昼食を用意しているのだった。
『虎猫亭』でケニスの手伝いという形で腕を磨く彼女だが、忙しい調理場で最初から最後まで彼女一人に調理をさせる時間はなかなか取れない。
その為に朝の仕込みを終えた後、片隅を借りて、ラティナは自分の昼食作りという形で、日々せっせと精進しているのだ。
作ったからには、他人の評価も気になる。
そこで自然な流れで、ラティナは親友であるクロエやシルビアに自分の作品を披露するようになった。
それに気付いたルディが、なんとかラティナたちを言いくるめて、一緒に食事をするようになったのだ。
ラティナ以外のメンバーからの、揶揄い混じりのなんとも言えない生温かい視線に耐えることと引き換えに、彼は時にはラティナの手料理を味見する機会を得たのだった。
「ん? 何で?」
「何でって……ラ、ラティナの気のせいじゃ……」
「ん? だって、それラティナのだよ。見ればわかるよ」
反射的に首飾りを押さえたルディ相手に、ラティナは不思議そうに首を傾げる。
今、自分が首から下げている黒い欠片のことは、よく磨き込まれた貴石だと思う者ばかりだった。だからルディは『それが何であるか』知らない者相手ならわからないと高をくくっていたのだ。
だが、あっさりとラティナに見抜かれてしまったことに、よりにもよって、一番ばれたくなかった相手に見抜かれたことに動揺する。
「見ればわかるの? ラティナ?」
「うん」
シルビアが不思議そうに聞き返す。ラティナはどうして皆が不思議そうにしているのかが、わからないといった顔だった。
「みんなはわからないの?」
「石みたいに見えるよ。動物の角より真っ黒だから、よけいだね」
「うーん……あのね、魔力の気配みたいなのが見えるの。みんなは見えない?」
「わからないよ」
シルビアとクロエに口々に言われ、首を傾げていたラティナは、
そういえば、と顔を上げた。
「あのね、デイルに言われたよ。ラティナの見てるものと、人間族の見てるものはちょっと違うのかもしれないなって」
獣人族の村で、容易く個々を見分けるラティナの様子にデイルが下した判断がそれだった。『魔人族』は総じて他の人族よりも能力が高い種族だ。『人間族』ではわからない何かを見分けているのかもしれない、と。
「凄いんだね」
「そうなのかな? それで、何でなの?」
話がうやむやなまま流れてくれることを祈っていたルディは、祈りが通じぬことを嘆きながら、視線を右から左に動かして突破口を探した。
「それは……だから……」
「だから?」
可愛らしく首を傾げたラティナに、ルディはごくりと唾を飲んで、
「……珍しいからだっ」
と答えた。
友人たちが、駄目な何かアレなものを見る目で自分を見ている。
うん。自分でもわかっている。この答えは無い。わかっているから、今はそっとしておいてほしい。
だが、目の前の愛らしい少女は、皆の予想の上をいっていた。
にっこりと微笑むと、晴れやかな様子で言ったのだ。
「そうだね。珍しいもんね」
(納得した、だと……)
それぞれがそれぞれの心の中で、思わず同じことを呟く。
この少女は、賢いのだが、妙なところでずれている。
「クロエも持っててくれてるんだね」
「うん。ラティナの角、キレイだもん」
「なんか嬉しいな。ありがとうクロエ」
照れたように笑うラティナは、ルディが自分の角を持つ理由は、それ以上はないのだと、あっさり過ぎる判断を下してしまったようだった。
アントニーとマルセルが両脇から同時にルディの肩をぽん、と叩いた。
お願いだから、今はそっとしておいてほしい。
ランチの話題は、最近のラティナの『天敵』へと移っている。『保護者』たち相手では言わない愚痴も、親友相手だと気軽に口に出来る。
「いっつもラティナのこと、『ちいさいわね』、『ちいさいからね』って言うの! ひどいのっ!」
ぷすっ。と膨れっ面をしているのも、クロエやシルビアにとっては見慣れた表情だ。
「ラティナ、見習いだけど、お仕事もしてるのに。ケニスにちゃんと上手になってるって褒めてもらったりしてるのにっ。ちっちゃい子どもだって言うの!」
確かにラティナ手製のランチを見ただけでも、彼女の料理の腕前が確かな成長を遂げていることがわかる。働き者のラティナは、怠け者の大人より、ずっと頼りになる働き手だ。『虎猫亭』の仕事も家事も日々こなしている。そういった点では年齢以上に彼女は充分自立していた。
「……ラティナ、早く大人になりたいな……」
そう言って、しょぼん。と下を向いてしまうのも『天敵』が来てからよくある行動だ。
「ラティナ、大人だったら、留守番しなくてもすんだし……きっともっといっぱいデイルのこと、助けてあげられるのに……もっといっぱいデイルのこと『わかる』のに……」
彼女が不機嫌なのも、しょんぼりしているのも、『保護者』の為だ。
大人の女性相手にやたらと張り合おうとするのも、『自分が子ども』であることが悔しいからだ。
ルディが、今胸の中で抱くモヤモヤしている感覚が、ラティナと同種のものである自覚もなく、彼はその『モヤモヤ』のままに口を開く。
「だってラティナ、ちっちゃいもんな」
「ラティナ、ちゃんとおっきくなってるもん!」
「ほら、そうやって、自分のことだって名前で呼ぶだろっ、赤ちゃんみたいにさ」
その彼女の癖も可愛らしいのだが。
思いついたままに、心とは裏腹な言葉が飛び出てしまう。
だが、ルディのその一言は、ラティナに大ダメージを与えた。
「ふぇ……? え……? 赤ちゃんみたい?」
よろっと、少しよろけて考え込む。
(……リタや、クラリッサさんや……おばあちゃんはちょっと違うけど……)
ぐるぐるしながら、彼女の知る大人の女性を思い浮かべる。次に友人たちの顔を見回す。
「ふぇっ……」
なんと言うことだろう! ルディなのに、言った通りなのかもしれない!
最後に仲良しの可愛らしい小さな女の子を思い出した。
「ラティナ、マーヤちゃんと一緒っ!?」
該当者は、幼児だけだった。
ルディなのに、正しかった!
ガーン。と、ショックを受けたことがよくわかる表情で、ラティナはがっくりと、力なく伏せたのであった。