閑話、限定SS的おまけの話。
書籍版、店舗限定特典SSなるもののあらすじ
~『娘』がお菓子を作った。『保護者』はいつも通りだった。~
そんなエピソードの閑話となります。時間軸は『ちいさな娘』時代です。
--これはラティナがまだ『踊る虎猫亭』に来た年の事。仕事で留守がちのデイルの為に、菓子を作った時の話。
ラティナがケニスに教わって作った、ドライフルーツをふんだんに入れた焼き菓子は、甘味はあるが、どちらかと言えば保存食に分類されるものになる。バターと卵をたっぷり使った柔らかなケーキは、味は良くとも旅先で食するにはあまりにも日持ちがしない為だった。
「嬢ちゃんが作ったのか」
「うん。デイルのぶん、つくるまえに、れんしゅーしたぶんなの」
今日も『虎猫亭』で雑談に耽る常連連中。そのなかでも髭面が厳めしい初老の男は、その凶悪な外見に反してラティナに優しい。
ラティナが彼に早々になついたからこそ、向こうも甘くなったのかもしれないが、とにかく「ジルさん」と名前で呼ぶ程度には、彼女は彼に打ち解けていたのだった。
「さーびすなの。ジルさん、どうぞーっ」
お茶のカップと一緒に差し出すラティナに、ジルヴェスターと言う名前だけで、駆け出しの冒険者連中を縮み上がらせる彼は、目尻を下げる。
ラティナの歳の頃の孫がいてもおかしくない彼ではあるが、いたとしてもこれ程愛らしい幼子であったかどうかは別の話だ。
練習作という為か、少々形が不揃いな茶色の菓子は、固い食感ではあるが、味は悪くはない。
ボリボリと咀嚼音をさせながら、ジルヴェスターは二つ目を手に取った。
「『虎猫亭』で売りゃあ、嬢ちゃんの小遣い稼ぎになるんじゃねえのか」
味も品質も悪くない上に『ラティナ作』だ。看板娘の固定客が付きつつあるこの店では、よく売れることだろう。
「?」
だが、ラティナはジルヴェスターの言葉に不思議そうに首を傾げる。
「ラティナのより、ケニスつくったほうのが、おいしいよ」
「ケニスのじゃ、あんまり売れんだろうな」
たっぷりとドライフルーツを入れているだけあって、値段を付ければ、通常の保存食より割高となるだろう。それならば味より安さで選択する者の方が多い筈だ。
「なんで?」
「嬢ちゃんが頑張って作ったからだろうな」
「んー?」
どうやら納得していないようだ。この真面目な幼子は、品質以外で査定されること、プレミア加算は理解の範疇外らしい。
「しいれのおみせのひと、もってきてくれてる、しょくりょーのほうが、きっといっぱいうれるよ?」
「そうじゃねえんだがなあ」
困ったように笑いながら、更にジルヴェスターは皿の上の菓子に手を伸ばした。残してこの少女をがっかりさせることも、チラチラとラティナに物言いたげにしている他の客どもに分けてやるつもりもない。
『ジルさん』と名前で呼ばれる程度には、自分はこの少女の『特別』な客なのだと、自負する彼は、『保護者』がこの子に骨抜きにされたことの理解者でもあるのだった。
「かったいなーっ、ラティナ、失敗したんじゃないのか?」
「ちがうもん。ながもちのために、かたくしてるんだもん」
いつもの友人たちと遊ぶ際にも、ラティナは練習作の残りを持参した。一口かじり、ルディはそう言って顔をしかめる。
「堅焼きパンよりはやわらかいね。きじもちゃんとできてると思うよ」
パン屋の息子だけあって、マルセルの批評はどこか専門的だ。ラティナも真面目な顔でフムフムと頷く。
「甘みを入れると、こげやすくなっちゃうんだよね。でも、これくらいなら、大丈夫だよ」
「よかった」
にこっ。と、マルセルの評価にラティナは笑顔となる。単純に褒められるよりも、批評の方を喜ぶあたり、この子の業は深い。
「ちょっとアゴ疲れるけど、けっこうおいしいね」
「ラティナ、お茶持ってきてたよね? 配っても良い?」
「うん」
クロエも好評価を出し、アントニーは菓子が水分控えめに作られている様子に気付き、ラティナが菓子と共に持参した水筒からお茶を注ぐ。
その間ずっと、ルディは無言であった。
アントニーと共にお茶を配り、ごくんと美味しそうな顔でそれを飲み干したラティナは、菓子を入れて来たカゴをのぞいて驚きの声を上げる。
「ふぁっ! ラティナ、まだいっこだけなのに!」
みんなで食べるために少なくない量を持って来た焼き菓子が、もうカゴの中に残っていないのだった。
「ルディっ!?」
「ん? ラティナの失敗作、もったいないから、食ってやったんだよ」
「しっぱいしてないもん! ちゃんとできたもん!」
「次はもっとふわふわしたケーキが良いよな」
「ラティナ、ルディのためにつくるのとちがうもん。デイルにだもん!」
「チョコのが良い。チョコの」
ぷすっ。と膨れたラティナを意に介さず、ルディはマイペースにリクエストを出す。
マルセルはしっかりと自分の分を確保していたらしい。ボリボリと焼き菓子を食しながら苦笑いを浮かべた。
「ルディは相変わらずだねえ」
「ほんと、バカだよね」
クロエも固い音をたてて焼き菓子を噛み砕く。
音だけを聞くとあまり美味しそうではないが、ルディの言うような『失敗作』では決してない。そしてそれが本心なら全部を独り占めにする勢いで食べ尽くしたりはしないだろう。
「……ルディなら、ラティナが本当に失敗しちゃった奴でも、同じように食べちゃうかもしれないよね」
ポツリとアントニーが呟いた言葉を否定する言葉が見つからなくて、彼ら三人は同時に呆れたため息をついたのだった。
特典を手に入れた方はニヤリとして頂き、手に入れてない方は「こんな話だったのかー」程度に受け止めて頂けたらな、と存じます。
当方、本屋行脚し、挙動不審化致しました。