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幼き少女、薔薇色の姫君を見る。

 結局ラティナは、買い食いという誘惑の前に敗北することとなった。日中は控えめに我慢して、夜美味しいものを食べるという選択は、あちこちから漂う様々な香りに気付いてしまった後では、拷問に等しい辛さであったらしい。


 今ラティナが、もぎゅもぎゅっ。と、一生懸命咀嚼する小粒の貝の串焼きも、そのうちのひとつだった。元々行儀の良い彼女は、歩きながら食べるということは出来ないらしく、道の隅で見た目よりしっかりした歯ごたえのそれと格闘している。

「ラティナ。残り、俺が食うよ」

「んんっ」

 口の中の貝を噛んでいるため、ラティナは首を振る動きでデイルに答える。彼女の胃の容量では、一串でかなり満腹になってしまうだろう。それでは『食べ歩き』の楽しみは半減だ。

 デイルが、自分が苦戦する貝を簡単に飲み込んでしまった様子に、ラティナは未だに咀嚼し続けるまま、驚いた様子だった。


 彼らが今回訪れた市場は、前回そぞろ歩いた海産物を扱う店々と同じようでいて、少々趣は異なる。

 クヴァレの町は旅人が多い。その中には観光目的の者も少なからずいるのだ。そのため観光客相手の商売というものも多い。クヴァレの名物である海鮮の屋台もそのひとつだろう。

「飲み物買って来るか?」

「ん」

 こくん。と頷くラティナを連れて、すぐ近くの異国の果実を並べる屋台に行く。見慣れぬ実の果汁であったが、思っていたよりはさっぱりとした喉ごしだった。デイルは自分の分を飲みながら、ラティナにも同じものを渡す。彼女はごくんと喉を鳴らし、ようやく口の中の貝を飲み込むことができたようだった。

「ぷはあっ」

 ようやく息をつけた、という様子だが、思っていた以上に大きい声が出てしまったようだ。ラティナはパッと口を押さえて恥ずかしそうに、デイルを見上げる。

「固かったっ」

「そうだな。貝は貝でも、あっちのワイン蒸しとかだと柔らかいぞ? 食ってみるか?」

「うん。おいしそうっ」

 次に買い込んだニンニクの香りが漂う酒蒸しに、デイルはジュースではなく酒の購入を検討する。クロイツでは見ることがないが、海の近くの土地では定番のつまみだ。

 デイルが貝殻で身を摘まんで食べる姿に、ラティナは驚いた顔をした後で、早速真似を始める。

「おいしいっ」

 噛み締めた身から旨味が口の中に広がった。ニンニクの風味も強くなりすぎずアクセントとして効いている。まだ熱い貝をはふはふと食べていく。

「しばらく土産物屋でも見て、また珍しいものがあったら食うか」

「うん。こういうごはんも楽しいね」

 笑顔のラティナは、本当に食事をするということを楽しんでいるようだった。


 観光客相手の土産物屋は屋台の通りの先にあった。

 異国から集められた小物や雑貨の店。逆に異国の民や観光客相手に置いているらしいラーバンド国産の雑貨などの店が並んでいる。

「この道の先には、ちょっと高級な宿なんかが並んでいるからな。他国の商人とか、裕福な平民層が滞在してる」

「そうなの」

「貴族とかはめったにいないんだけど、まぁ下級貴族だといたりするかな。仕入れ以外にも土産や珍しい物が欲しいって客がいるってことだよ」

「市場のお店覗くのも楽しいけど、お店に並んでるの見るのも楽しいっ」

 浮き立つラティナが、勝手にあちこちに行ってしまったりしないように、デイルはしっかりと手を握る。

「こんな風に浮かれたひとも多いからな。掏りとかもよくいるんだ」

 ぴしっと指を向けられて、ラティナは少ししまった。という表情になった。


 数軒の店を覗き、リタの土産として人形の置物を選んだ頃、表がどこかざわめいた。その気配に、デイルとラティナは顔を見合せてから店を出ると、人々のざわめく先へと向かう。


 人々が注視する先には、華やかな装いの少女がいた。

 護衛らしい人物と、女中を従えている姿からも、彼女がそれなりの家の人物だということがわかる。

 だが、高貴な身分の者とは思えないのは、店を覗きながら軽い足取りで歩いているという、悪戯っぽい仕草のその行動だろう。

 まだ『少女』という呼称を使うに適した、幼さを残した女性への過渡期の姿の彼女は、清楚な印象の衣装でほっそりとした体躯を包んでいた。ドレスと呼ぶには少々丈が短い。足元をしっかりとした革のブーツで固めている様子からも、深窓の令嬢というイメージではない。

 愛らしい顔立ちの彼女は、品物ひとつひとつに、くるくると表情を変えている。人目を惹く少女だ。


「……『薔薇姫』だ」

 ぽつりとデイルが口にした言葉に、ラティナが首を傾げる。

「デイル、知ってるひと?」

「あ、いや。会ったことはねぇ。噂を聞いてただけだ。……でも、間違いないだろう、あの髪の色(・ ・ ・)……他にはねぇ」


 周囲の人々の視線を集めていたのは、少女が美しいからだけではなかった。

 光を含んで艶やかに輝く彼女の髪--光当たる部分はペールピンクに輝き、影を落とす部分は深いローズピンクの長いそれ--は、本来ひとが持つことの無い鮮やかな色彩(いろ)だ。

「……魔力形質?」

 その言葉をあげたのは、小さな少女だった。

「よく知ってるな……コルネリオ師父に教わったのか?」

「うん。師父(せんせい)に教わった。ラティナ、生まれたとこでも『魔力形質』出てるひといたよ。まじんぞくは『魔力形質』出やすいんだって」

「後、種族的には水鱗族も多いな。あの種族は皆、水の魔力を強く持っているから」

「魔力が生まれつき強いひとは、鮮やかなキレイな色の髪とか目になるんだよね」

「……ラティナの髪は違うのか?」

「ラティナ、魔力強くないよ。ラティナの髪はラグとおんなじ。いでん(・ ・ ・)だよ」

 あっさりとラティナは答える。


 強い魔力を持つ獣が『魔獣』という比べものにならない脅威と化すように、『魔力』は多くの事象に影響を与える。

 強い魔力を持って生まれた人族に、わかりやすい姿で表出するのは『魔力形質』と呼ばれる鮮やかな色彩だった。

 髪や眸に多く現れるが、時には肌の色にも影響を与える。

 親から子、孫にと受け継がれる遺伝とは全く異なる色彩。それどころか、本来『人』という種が持つはずの無い鮮やかな色素の表れ。それが『魔力形質』と呼ばれる現象なのだ。


 デイルが例にあげた『水鱗族』は、水の魔力に特化した種族だ。多くの者が鮮やかな青や碧の髪をしているという。

『魔人族』も魔力形質が表れやすい。

 魔力が強い者全てが、鮮やかな色彩を持つ訳ではない。それはやはり種族によって割合に大きな差があらわれる。『人間族』は、『稀に表れる』程度だった。


「『薔薇姫』って言っても、地方領主のお姫さんだよ。階級的にはそんなに高くない家格だ」

「キレイな色だね」

「確か、眸にも魔力形質が出てるはずだ。藍色の……持つ『加護』の神を象徴する色……彼女は高位の『藍の神(ニーリー)』の神官なんだよ」

「……デイル、詳しいね」

友達(・ ・)の知り合いなんだよ。噂だけは色々聞かされていたからなぁ」

 生真面目な性格の友人の姿を脳裏に浮かべる。よし、次に会った時は、この話題でさんざん揶揄うことにしよう。と、胸の内で決定した。


「それにしても……ラティナ、自分の魔力量知ってるのか?」

「はっきりとはわかんない。でもね、ラグ、魔法上手だったの。でもね、魔力はそんなに無いってよく言ってた。ラティナはラグとそういうとこ、おんなじだよって教えてくれた」

 確か『ラグ』というのは、ラティナの父親だったはずだ。彼女が魔力の制御技術に秀でているのは父親譲りだったのだろうか。

(それもそうかもしんねぇなぁ……いくら賢いって言っても、俺と会う前のあんなちっさかったラティナに、回復魔法と魔力制御の基礎コントロール教えた術者だったら……)

 おそらく優秀な人物であったのだろう。

「……ラティナの故郷でも、魔力形質出てるひと居たのか? どんな感じだったんだ?」

「……紫の髪」

 デイルの何気ない問いに、ラティナは少し大人びたような静かな表情でぽつりと答えた。

「すごく、すごくキレイな紫の髪だったよ」

 どこか遠くを見るような、表情だった。



「『薔薇姫』の話なら、聞いたことあるよ。『藍の神(ニーリー)』の強い加護持ちで、普通の回復魔法じゃ効かない重傷でも治しちゃうんだって」

『薔薇姫』を見たという話題に食いついたのは、シルビアだった。ラティナとクロエは「へえ」と頷く。

「いいなあ。やっぱり私も旅に出たいなあ……」

 うっとりと呟くシルビアに、クロエとラティナが苦笑を交わしあう。

 そんな時、

「ラッ、ラティナっ!? 帰って来てたのか?」

 すっとんきょうな大きな声が響いた。一同が顔を向ければ、そこには声の主が驚きと抑えきれない歓喜の表情で立っている。

「久しぶり、ルディ」

「ああ。ラティナ、いつ帰って……」

神官(せんせい)来たから、後でね」

 ラティナも笑顔だったが、二人のテンションには大きすぎるほどの隔たりがある。

 更にさらっと付け加えられた一言に、ルディは硬直し、周囲はこらえきれずに吹き出した。


  やはり、(ルディ)は、色々と要領が悪いのだった。

たぶんその頃グレゴールが悪寒を感じていたとか。

本日書籍版発売日です。皆さまのお蔭でこの日を迎えることが出来ました。本当にいつもありがとうございます。

とはいえこれからもまったりマイペースに進んで参ります。今後もどうぞ宜しくお願い致します。

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