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幼き少女、モフられる。

今月はしばらく週二回投稿となります。

「ケニスにはね、クヴァレでお魚と香辛料買ってきたの」

「魚って……生の魚か? 干した物じゃなくて?」


 ラティナが差し出した包みを確認したケニスが驚いた表情を見せる。新鮮そのものとは言えないが、傷んだ様子もない大きな魚が氷の箱に閉じ込められていた。

「干したお魚ものこってるよ」

「いや、そうじゃなくって……」

 ラティナが不思議そうに別の包みを見せる。それには移動の間の食事に使った干し魚の残りが包まれていた。

「ラティナに聞かれたんだよ。『どうやって港からクロイツまで、海産物を輸送しているのか』ってな」

 そう答えたデイルの表情には、一種の諦めがある。

「お店で使っている『まどーぐ』といっしょだよね? ラティナ水の魔法使えないけど、デイルにお願いしたらだいじょうぶだった!」

 ケニスとリタのなんとも言えない表情に、デイルも微妙な顔で首を振る。


「いや、俺一人じゃ絶対無理。普通の魔法使いじゃ出来ねぇ。ラティナ、俺が作った氷をクヴァレからクロイツまで、ずっと維持してきたんだよ」

「デイルに何回も、氷作り直してもらったよ?」


 こてん。と首を傾げて不思議そうにするラティナは、自分がどれだけ規格外のことをしているのか自覚していないようだった。相変わらずこの少女の魔法における『制御技術』はずば抜けている。

普通(・ ・)は維持の為の魔道具を使うもんだからなあ……」

 何事も一定の力を継続して行うということは、集中力と技量を必要とする。この少女はそれすら片手間の行動であるらしい。


「クヴァレで食べたお料理も、すごくおいしかったけど。ケニスの作るお魚料理も食べたいのっ」

「……それなら、今日の夕食はこれを使うか」

 言いたくなることは多々あるが、そんな事を言われては、『師匠』としては気張るしかないだろう。


「後ね、イノシシのお肉もあるよ」

「猪?」

「……猪?」

 ラティナが引っ張り出した塩漬け肉と干し肉の包みに、リタは珍しそうな表情を向け、ケニスは少々眉をひそめた。

 クロイツの周辺には山が無いため、『森』などで大型の魔獣を見ることがあっても、『普通の獣』の種類は限られている。

「デイル、猪なのか? これ」

「あー、いわゆる『お化け猪』だよ。うちの田舎の方じゃよくいる魔獣だ」

 肉の塊の大きさから、不審そうな表情となっていたケニスは、デイルの返答に納得した表情となる。普通の『猪』のサイズからは少々不自然な大きさだったのだ。


「ヨーゼフの所でもらってきた」

「えーと……獣人族の混血(ミックス)の、お前の親戚だったか?」

「ああ」

 ケニスは現役時代、ティスロウを訪れる商隊の護衛をしていたこともある。それが元でヴェン婆に見込まれ、駆け出しのデイルの面倒を見ることとなったのだ。道中に獣人族の村があることもよく知っている。


「ラティナね。マーヤちゃんと仲良しになったの。すごくかわいかったんだよっ」

「良かったわね」

「それでね、すごくもふもふだったのっ」

 笑顔で報告するラティナに比べ、デイルの表情には少し微妙な影がある。

「……何かあったか?」

「いや……ラティナが、楽しかったならいいんだ……」

 遠い目をして、デイルは獣人族の村での出来事を思い返した。



 ティスロウの村を出てから、行きと同じ道筋を逆にたどり、二人は再び獣人族の村を訪れていた。ラティナは村に向かう森の中の道を行く最中から非常に上機嫌だ。

「マーヤちゃん、ラティナのこと、忘れちゃったりしてないかなぁ。だいじょうぶかなぁ」

 かと思えば、立ち止まって不安そうにデイルを見上げる。

「ん、すぐに思い出してくれるだろ? あんなにすぐ仲良くなったんだしな」

「そうかな」

 ぴょっこん、と嬉しそうな動きに複雑に草花の意匠が縫いとられた飾り紐(リボン)が揺れる。ヴェン婆からもらったそれは彼女の今一番の『お気に入り』だ。


 ティスロウ滞在中に季節は初夏へと移っている。緑の深い土地だけあって暑さを感じるほどではない。以前より濃い深い色の葉を繁らせた木々の間を縫うようにして進む。やがて見えてきた素朴な風情の村の姿に、ラティナは歓声を上げた。

「村だっ」

「走るなよ」

 ラティナが走り出す寸前に釘を刺すことに成功して、二人はそのまま並んで獣人族の村へと入っていった。


「ヨーゼフ、悪いが今回も泊め……」

「あてぃあーーーっ!!」

 デイルの口上は途中までしか続かなかった。扉を開けて出迎えたヨーゼフとほんの一言二言、言葉を交わしている間に、黒い毛玉の弾丸が襲来したのである。

「っ! マーヤっ」

 慌てて手を伸ばした父親(ヨーゼフ)を嘲笑うように、そのふくよかな体型の死角を狙ったように足元をくぐり抜ける。

 ぴょーん。と、モフモフの毛玉(夏毛仕様)は、ラティナ目掛けて飛びかかってきたのであった。

 --が、

「あっ……ぶねぇっ!」

 寸前でデイルが捕獲に成功していた。いくら幼児とはいえ、この勢いで飛び付かれたりしたら、ラティナ共々倒れてしまうだろう。彼女の華奢な体格では、全力の幼児弾丸を受け止めきれない。父親(でっぷり)のようにはいかないのだ。

「あてぃあ、あてぃあっ!」

 デイルの腕の中でマーヤはじたばたと暴れる。どうやら彼の()腕の中()は大層お気に召さないらしい。

「やあぁっ!」

「ぐぅっ!」

 デイルの顎に暴れたマーヤの頭突きがクリーンヒットする。荒事のプロであり日頃から鍛えているデイルでも、急所への強襲は、幼児の一撃であってもそれなりに痛い。

「あてぃあーっ」

「マーヤちゃんっ」

 ぷるぷるするデイルが、それでもなんとかマーヤを落とさずにラティナに渡すことに成功する。はじめはさすがに心配そうな顔をデイルに向けていたラティナであったが、彼が微笑んでみせると、安心したようにマーヤのフカフカの毛に顔を埋めて抱きしめた。

 もちろんデイルの笑顔はやせ我慢である。無論回復魔法などを使う痛みではないが、それでも地味に痛いものは痛いのだ。


「マーヤは本当に、嬢ちゃんをお気に入りだなあ……」

 ヨーゼフの声には、若干の哀愁が漂う。愛娘の『最愛』の座を奪われた父親の悲哀が滲む声だった。


「あてぃあーっ……」

 幸せそうにラティナに抱きついていたマーヤが、急に何かに気付いたように首を傾げる。

「あてぃあ?」

 フスフスフスと彼女の小さな鼻が忙しなく動いた。ラティナのにおいをしきりに嗅いでいるらしい。そのうちにだんだんとマーヤの表情が険しくなっていく。

「マーヤちゃん?」

「なんだ?」

「お?」

 獣人族の表情の変化を読み取れないデイルでさえ、マーヤの雰囲気が険しいことに気が付いた。ヨーゼフは少し身を乗り出してフムと、顎に手をやった。

「デイル。お前等、でっかい獣かなんかと出くわしたか?」

「は?」

 ヨーゼフの言葉にデイルが聞き返したタイミングで、ラティナのにおいを嗅いで結論に至ったらしいマーヤが不機嫌そうな声を上げた。

「やあーーーっ!」

「マーヤちゃん?」

 驚くラティナに構うことなく、マーヤは全力でラティナに体を擦りつけはじめた。

 ぐりぐりぐりぐりぐりぐり--と、それはそれは全力であった。

「ふぁあっ!?」

 驚きつつ体勢を崩したラティナの上にのし掛かり、においつけ行動としか思えないことをしているのだった。

 もみくちゃにされたラティナは目を白黒させたまま、されるがままだった。どう対処して良いかわからなかったとも言える。


「……えーと、なんだこれ?」

「だからお前等、でっかい獣かなんかと出くわしただろ? 獣人族(おれたち)はなんとなく『におい』っていうか、そういった気配みたいなもんを嗅ぎ取れるんだよ。まあ、本当、なんとなくなんだけどな」

「へぇ……で、それがどうしてこうなるんだ?」

「なんちゅうか……あれだな。喩えるなら……浮気がバレた時の嫁さんがあんな顔になるっちゅうか……」

「浮気したのか?」

「喩えだ、喩え」

 

 デイルがかいつまんで、ラティナがティスロウでしでかした行為--ティスロウ中の犬を手なずけ、更には幻獣すらもその手に収めた事実--を聞くと、ヨーゼフは呆れ半分の顔で頷いた。


「それだな」

「それか」

 つまりはマーヤは、自分以外の『何者か』のにおいが、親しげにラティナに付いていることが気に入らないらしい。それが自分よりも『弱い存在』とは限らないことすら本能的に察知して、なおのことご機嫌斜めなのだ。

 呆けたように座り込むラティナに抱きつくマーヤは、フスーフスー。と、少々鼻息荒く、どこかやり遂げた表情だった。




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