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青年、故郷の弟へと思う。

 久しぶりに自らの手で引いた弓だったが、空を切って走る一条の矢は、彼の狙い通りに、目標へと至った。


「……よし」

 思わず満足気に声をもらす。

 見事、彼の矢が落とした山鳥の姿に、彼の背後にいた同行者たちは口々に称賛の言葉を送った。

「腕は鈍って無いようだな! デイル!」

 --と。


 今日、デイルは狩りのメンバーに加わっていた。

 ティスロウには、専門に狩りを仕事とする『狩人』という者はいない。重要な食料となり素材にもなる鳥獣や魔獣を狩るというのは、一族の者全てに課せられた役目の一つなのである。

 若者数人と経験豊富な年長者、猟犬を操る『スナ』によって構成されたグループで、ほぼ毎日誰かが狩りを行っている。


 その行動自体が、村周辺の警戒行動も兼ねている。

 最中に強力な魔獣を発見した場合は、村に応援を頼み、複数のグループによる波状攻撃で難なく仕留める。

 彼ら一族は、同時に優秀な狩人の集団でもあるのだった。


 そして狩りにおける『責任者(トップ)』は一族の次期当主の仕事だった。


「兄貴が指揮を執った方が、座りが良いんじゃないか?」

「馬鹿言うな。お前の仕事だろ」

 後ろでその様子を見ていたヨルクの呟きに、デイルが呆れ声をだす。

 確かに村を出る前までは、狩りの指揮を執るのはデイルの役割だった。当時の彼はまだ年若かったために、年長者の補佐を必要としていたが、当主として人を動かすということを学ぶ場として研鑽を積んでいたのだ。

「当主を継ぐのは、お前の役割だ」

 デイルの言葉に、ヨルクは複雑そうな様子で黙り込む。

 まだ、割りきれて(・ ・ ・ ・ ・)いない(・ ・ ・)弟の姿に、兄もまた、複雑そうな苦笑いを浮かべたのだった。


 ティスロウの周辺の山は『豊か』な土地である。

 それは多種多様なたくさんの生き物の命を支える力があるとも言い換えることができる。

 狩りに赴いても、獲物を得ることは難しくない。それはティスロウの人びとが優秀な狩人であるということでもあるのだが、彼らにとってはそれが『普通』だ。特に彼らは自分たち一族の腕が優れているとは思っていない。

 けれども外の世界に出た今のデイルにはわかる。

 そして一族の中でも、弓の腕ならば年長者たちにも称賛されていた自分は、かなり誇れる技量の持ち主であったということも。


『レキ』の名を頂く者は、外の世界に出て『戦う者』。

 それは、限られた世界に視野が囚われがちになる『一族』のために、外の世界から一族を護る者なのだ。


 狩りの成果は、充分過ぎるもので、デイルは自分が獲った鳥のグリルに舌鼓を打つラティナの姿に、目尻を下げっぱなしであった。



 夜になるのを待って、デイルは父親の執務室を訪れていた。

 実質的に当主の役目を受け持つランドルフの仕事は、村の雑事から外部の商人との交渉まで多岐に渡る。夜間まで仕事部屋にいることも珍しくない。

 ティスロウ一族の当主とは、彼ら全てを支配する者ではなく、一族を維持し、繁栄させるために、運営を担う者なのだ。


「……ヨルクはまだ、俺に負い目を感じてるのか?」

 デイルの言葉にランドルフは苦笑を浮かべた。

「お前から見てもわかるか」

「ああ。嫁を迎えるってのも、あいつの後押しをするためなんだろ」

 デイルも父親と似た苦笑で応える。

「当主を継ぐのは、お前(・ ・)だと……周囲もお前たちも、当たり前のようにそう思っていたな」

「ああ」

当主(・ ・)命令で、『レキ』の役目をお前が担うことが決まった時、一族の者からも疑問の声が上がったよ」

 父はそう言いながら息子を見る。

「『レキ』を担うとすれば、ヨルクの方だと思われていたからな」

「……通常の『レキ』なら、それでも良かったんだろうけどな。公爵相手の交渉の機会なんて、俺の『稀人』としての能力がなければ取り付けられなかっただろう。婆は正しいよ」


 デイルの苦笑は、あくまでも弟のことと、過ぎた過去を思ってのものだ。

『兄』である上の息子は、完全に自分の役割を受け入れ、そして進むことの迷いを払ったのだとわかる表情だった。

 この数年で、彼は大きく成長したのだと、父は胸の内で想う。

 それを口にすることは、この父子間ではないのだが。


「公爵からも、お前の『仕事』ぶりは評価していると聞いているよ。ティスロウは王家の後ろ盾を非公式だが得たと、各地の『レキ』からも報告が上がっている」

「……だろ? 俺は俺の仕事をしているだけなんだからな。ヨルクももうそれで良いのに……」


 言いながら彼は自分の過去の状態が弟を苦悩させたことにも気付いていたため、再び苦く笑った。

「……もう俺は大丈夫だよ」

「あのお嬢ちゃんは、お前の救いになってくれたか」

 父の言葉に息子は微笑む。

 ちいさな愛し子(かのじょ)を思い出す時、自分はいつも暖かい気持ちに満たされているのだ。表情にもそれが自然にあふれでてしまう。

「……ラティナは俺の『癒し』だよ。あの子は何時だって俺の欲しい言葉を呉れるんだ」



 部屋に戻ると、ラティナは自分の帳面を読み返しているところだった。ティスロウの夜は冷え込むため、もこもこした借り物のカーディガンを羽織っていた。袖が長いために指先だけしか出ていない。

 部屋着のワンピースは、ヴェン婆がはやばやと彼女のために用意した物だった。この数ヶ月の滞在のためにラティナに必要なものが、デイルが手配する前にヴェン婆によって用意されていっているという事態になっていた。


「……なぁ、ラティナ」

「ん?」

「ラティナは今、幸せか?」

「デイル?」

 ラティナがきょとんとした顔をする。さすがにいきなり過ぎたかもしれない。なんと説明しようかと考えた彼に、彼女は微笑みかけた。

「ラティナしあわせだよ。デイルといっしょだもん」

 信頼に満ちた眼差しが、彼の全てを肯定する言葉が、なにものにも替えがたいもの(・ ・)かなんて、この子は知らないのだろう。

「デイルはしあわせ?」

「……ああ。ラティナが幸せでいてくれるなら、俺は凄く幸せなんだよ」

 デイルの答えに、ラティナは更に嬉しそうに微笑みを深くする。


 自分が自分らしく在ることを支えてくれているのは、このちいさな彼女だ。

 いつの間にか、かけがえのない大切な存在になっていたこの子だ。


「ラティナはよく、その帳面見ているよな……日記だろ?」

「うん」

 彼女は日記帳を胸に大切そうに抱いた。

「ラティナね。今いっぱいしあわせだから、忘れないように書いておくの」

 大人びた表情--自分の運命を受け入れたからこそ出来るのであろう、達観にも似た表情を浮かべる。

「いつかデイルたちと『お別れ』しても、デイルがラティナのこと嫌いになっても。ラティナ今いっぱいしあわせだから。そのこと忘れないようにしておくの」


 その言葉の意味を理解して--それでもそれを肯定する気にはなれなくて、デイルはわざと言葉を濁す。

 覆ることのない理--生まれ持つ時間の長さの差--を否定することに意味はない。


「俺がラティナを嫌いになることなんて無いと思うぞ」

「ラティナがおとなになったら、わかんないよ」

 ほんの少しだけ苦しいような声でそう続けた。

「でもね。ラティナ、おとなになったとき、『悪い子』になっちゃったらね。ちゃんとデイルにダメって言ってほしいと思うの」

 彼女はやはり少しずつ『大人』になっている。

 デイルに自分の『罪』すら肯定されて、それを真っ直ぐ見つめて受け入れることも出来るようになっていたのだ。

「デイルがダメって言ってくれるのはね、ラティナのためだって、ラティナ知ってるから」


「……俺は、ラティナが思っているほど、出来た大人じゃねぇかもしれないぞ?」

 弱気な言葉が零れてしまってから、慌てて取り繕う言葉を探す。それでもラティナは彼のその言葉すら肯定するのだ。

「それでもね、デイルは、ラティナのいちばんなの」


 --本当にこの子には幸せで在って欲しいと願う。

 それは誰のためでもない、自分のエゴだ。

 彼女の幸福を守ることが、今の自分を支え、進む最大の原動力となっているのだ。


「俺より……ラティナの方が凄いんだよ……」

 聞き取れないほどの小さな声で呟いたのは、保護者としてのささやかなプライドからで、呟やかずにいられなかったのは、ちいさな愛し子への畏敬の思いからだった。



久しぶりにちょっぴりしんみりする話でした。

とはいえ次回はモフモフに戻ります。


土曜日の朝予約投稿するつもりが……間違えて決定ボタン押してしまいました。いつもの時間と違うのはそんな理由なので、深く考えないで下さいませ。申し訳ない。

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