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幼き少女、もふもふする日常。

 ラティナの朝は基本的には早い。

 彼女は、朝食の準備をする時間から自分の仕事が始まっていると思っている。たまに夜更かししたり疲れが出ている時は寝坊することもあるが、この年齢の子どもとしてはちゃんとしている方だろう。


 この屋敷の奥を仕切っているのは、デイルの母親であるマクダだった。

 ラティナはそんなマクダから見ても、充分働き手として数えられる存在であった。

「あんまりティスロウではパン食べないんだね」

 粉に油と卵を入れて捏ねた生地を、マクダが麺棒で均一な厚さに伸ばしていくのを、様々な角度からくるくると見て回りながらラティナは言う。

「ラティナちゃんは、やっぱり街みたいな食事の方が良いかな?」

「ううん。ラティナ、色んなところで色んなもの食べれるの、楽しいよ」

 伸ばした生地で、肉と香味野菜の具を包む。

 今日の朝食はこれを具にしたスープだった。

 瞬く間に作り上げていくマクダに比べて、ラティナの手つきはたどたどしい。だが手順はしっかり覚えたようだった。


「ラティナね。マクダさんからいっぱい教わって、クロイツでデイルにご飯作るのっ」

「まあまあ。じゃあ、デイルの好きなものたくさん教えなきゃねえ」

「うんっ」

「うちの男連中は単純だからねえ。胃袋押さえておけば、言うこと聞かせやすいからねえ」

「うん?」

「ラティナちゃんはいくつだったかねえ?」

「ん? ラティナもうすぐ十歳だよ?」

「そうかね。十歳かね。そうかね、そうかね」

「うん?」

「子どもは大きくなるのも、あっという間だからねえ」

「うん?」

 マクダが一人納得している隣で、ラティナは首を傾げながら、出来上がったパスタを鍋に入れた。


 男性陣が仕事に出るのを見送った後も、ラティナはマクダの手伝いをしている。

 デイルも父や弟の仕事の手伝いをしたり、狩りに出る者たちの助っ人をしたりと、あまり日中家にはいない。その代わり、田舎の生活の長い夜の時間をラティナと共に過ごすことに決めたようだった。

 当主家であるこの家は、生業としては農作業をしていない。それでも自分の家のお菜の分を賄える程度の畑は持っていた。

 その管理もマクダの仕事だった。

 ラティナにとっては初めての畑仕事だ。柔らかな新芽を付けた作物を面白そうに覗きこんでいる。

「うわぁっ、ちっちゃいね」

「まだそれは早くて食べられんねえ」

 笑いながらマクダはポイポイと害虫をつまみ上げる。それを見るとラティナは真似をはじめた。彼女は虫相手に怯えることはないので、動きに躊躇は無い。

「うごうごしてる」

 ひっくり返して観察し、ふむ。と納得した。別の虫にも手を伸ばす。

「あ、そいつは触ったら、痒くなるよ」

「そうなの? わかった気をつける」

 ぴゃっと、驚いたような動きで手を引くと、ラティナは真面目な顔で頷いた。


 その後は、コルネリオ師父の元に行って勉強している。

 彼はこの『ティスロウ』という一族に興味を持って移住してきた『学者』だ。ラティナは『ティスロウ』のことや都のことなど、クロイツの『学舎』では教えてもらえない様々なことを、学んでいる。

 その専門知識の中には『他種族』のことも含まれていた。

 彼女は知識としての『魔人族』についても学ぶ機会を得たのだった。


「もうすぐお昼だね」

「そのようだね」

 その言葉でラティナは帰路につく。

 クラリッサの作った昼食をご馳走になって、午後も読書をする日もある。ラティナは本を読んで静かに過ごすのも好んでいるのだ。


 カカーチェ家から本を借りて帰って来る日もある。

 その時、彼女が読書をするのはヴェン婆の部屋だ。

 ぽかぽかとした日だまりの誘惑に負けて、そのままうとうとと居眠りしている時も多い。

 厚い敷物が敷かれたティスロウの家屋は、どこでも昼寝がしやすいという点では、人を堕落させる恐ろしい誘惑の館なのである。


 そうではない日は、ヴェン婆と共に散歩などをしている。


 かなり高齢のヴェンデルガルトだが、四六時中家の中に籠っているわけではない。

 むしろ彼女は、一族全てから『神出鬼没』との認識を受けている。

 村の何処にでも現れ、一族の誰よりも村のことを知る存在なのだ。

 --狩りに出掛けた若い男連中曰く、山の中で鳥を仕留め酒瓶を隣に、焼いて食べていたのを見た。

 --女衆曰く、子どもの悪戯がずいぶんと手の込んだ物だと思ったら、ヴェン婆が混じっていた。

 などなど、逸話には事欠かない。


 そのため、それに付いていくラティナは、日を重ねるごとに、『道ではない道』を覚えていくこととなった。

 ラティナ自身にその自覚はなかったが。



 ティスロウで『スナ』の役割名で呼ばれているところに、ラティナを連れて行ったのもヴェン婆だった。


「犬だっ」

「そうだよ。ここみてぇな山ん中は、魔獣もそうでねぇ獣も多いからなぁ。こいつら(・ ・ ・ ・)に働いてもらってるんだ」

 わふわふと小屋の中にいる何匹もの犬を前にして、ラティナの目が輝いた。

「狩りの時なんかも、働いてくれとるよ。『スナ』の者は、こいつらの世話と調教をしとるのさ」

「『央』魔法じゃないの?」

「俺らの一族は『地』属性は多いがな、『央』属性が生まれるとは限らん。魔力に頼らず、世話をせにゃあならん」

 ヴェン婆にそう説明されると、ラティナはふむふむと頷いた。


 別名『支配』の属性と呼ばれる『央』属性の魔術は、対象と意思を通じ合わせたり、意識を操作するといったものだ。

 テイマーと呼ばれる職種の者は、大多数が『央』属性持ちである。


「撫でてもだいじょうぶ?」

「そうだなぁ……ザビーネ、どうだい?」

 ヴェン婆が『スナ』の一人である女性に声を掛ければ、ザビーネと呼ばれた彼女は一匹の仔犬を連れてきた。

「じゃあ、この仔なら良いでしょう」

「うわぁっ。可愛いねぇ」

 ラティナは嬉しそうに茶色の仔犬を抱き上げた。

「ブラッシングしてあげると喜ぶわよ」

「わかった」

 ラティナは真剣な顔で、ザビーネからブラッシングの仕方を教わったのであった。


 そして

 それから十日もたたずに。


 彼女はティスロウ中の犬たちを、その手中に納めたのであった。


 ゴッドハンドという特殊能力的なものを有するラティナが、ティスロウの口伝の業のひとつをマスターした結果、地を這う獣ごときが抗うことなど不可能であったのだ。

 --などという大層な話ではなく、彼女は撫でるのと、ブラッシングがやたらと巧かった。それだけの話である。

 時期的に換毛期であったことも一つの理由であっただろう。痒いところを絶妙な加減で掻いてくれる存在として、犬達(かれら)に認識されたのだ。


 それでも

「こいつは、凄ぇやねぇ……」

 と、ヴェン婆が感心半分呆れ半分で呟く程に、その光景は一種異様であった。


「ラティナなつかれた!」

「そうだねぇ……そうとしか言えねぇなぁ……」

 数回通ううちに貰ったマイブラシを片手に持つラティナは、得意気で満足気な顔である。

 その前には、大型犬が弛緩した体を横たえている。わふわふと幸せそうなその黒犬は、この小屋のリーダー格の一匹だ。

 完全に腹を見せているが、本来この犬は、主人である『スナ』にしか心を許さない。

「この()が一番、仲良くなるの時間かかったの!」

 それはそうだろう。


 そして腹を見せて弛緩しているのは、その一匹だけではない。

 現在小屋の中にいた(もの)たち全滅といって良いだろう。

 数匹はよっぽど心地良かったらしく、居眠りに移行しているようだった。


「ラティナちゃんは凄ぇなぁ……」

「ラティナすごい? はずかしい……っ」

 ヴェン婆が誉めながら撫でると、ラティナは照れたようにはにかんだ。


 ザビーネたち『スナ』が、この『事件』を目前にして、彼女のスカウトをかなり本気で考えていた--というのは後日『保護者(デイル)』が一連の出来事を聞いた後の話であった。

保護者の話を挟んだ後、モフモフ話続行です。

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