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幼き少女、村を回る。

 工房を後にして村の中の細い道を歩く。

 家々の合間を通り抜けて行けば、各家にはそれぞれ庭があり、小さな菜園や花壇があることも見て取れた。

「ティスロウの村は、お花多いね」

「そうか? まぁ、何処の家も花は育ててたりするかなぁ……毎日替えなきゃならねぇし」

「かえる?」

「玄関のだよ。橙の神(コルモゼイ)への捧げものだ」

「へえ……」

 そう言いながら視線を上げれば、離れた所には段々畑を見ることが出来た。村の周囲を囲む斜面の多くは畑になっているのだ。

 石垣を積みあげて造り上げたその光景は、彼女が今まで見た事のなかった風景だった。


「畑? 階段みたいだね。すごいねぇ」

「そうか?」

 きらきらと輝く眸の好奇心に満ちた様子のラティナに、デイルは微笑みで応えた。


 段々畑以外に村で目をひくのは、あちこちに走った水路の存在だった。淀み渇れることのなく清廉な水を豊かに流し続ける水路が各家の側、あるいは畑の近くを走っている。

 村の奥側、山の中から湧水を引き入れているのだった。生活用水として使われているそれの存在もまた、この土地の『豊かさ』を示していた。この村は、大地の力だけではなく、命を支えることに必須の水の力にも満たされているのである。


 時折すれ違った村人とデイルは立ち止まって挨拶を交わす。その間、知らない人に気後れしたようにラティナが彼の背中に貼り付く。そんな仕草も愛らしい。


 ゆっくり歩き到達したのは昨日も通った村の入り口だった。

「ウチの村への入り口は、このトンネルだけだ。一応名目上はな」

 険しい山越えをするルートも存在してはいる。

 だが、それは代々当主家が管理する緊急事態の為の道だ。一族の者でさえ全てを知る者は少ない。


 村のメインストリートと言うべき街道から続く幅広の道を渡り反対側に至ると、デイルは少し山の方へと向かった。

「コルネリオ師父の家はこっちだから、覚えておけよ」

黄の神(アスファル)の学舎?」

「自宅の一部を開放しているから、そうとも言えるな」

 斜面となっている道を進めば、それは途中から階段となった。

 登りきった先には、一軒の家が佇んでいた。

 その建物は、『学舎』を兼ねているということで、やや周囲の物よりは大きい。だがそれ以外では、村の他の建物とさほど変わりはない。玄関に一輪の花が飾られているのも同様だ。

「学舎?」

「一応な」

 そんな様子にラティナが首を傾げたが、デイルは気にすることもなくドアに近づいた。

 ノックもせずに急にドアを開いたデイルに、ラティナが驚いた顔になる。


師父(せんせい)居るかーっ?」

「デイル? 勝手にひとのおうち入ってだいじょうぶなの?」

 ラティナが尋ねるのに、デイルは「ああ」と気が付くと。

「ウチの村の『家』っていうのに、ノッカーとかねぇし。鍵かけてる家もねぇからな。中入って呼ぶのが、普通だ」

「ふぅん……クロイツとは違うんだねえ」

「俺は生まれがこっちだからなぁ。クロイツとかのごちゃごちゃした様子に驚いたぞ」

「ラティナもクロイツはじめての時、びっくりした。ひと、すごいいっぱいで!」


 そんな会話をしている間に奥から人の気配がした。

 顔を覗かせたのは、茶色の髪を束ねた女性だった。おっとりと玄関まで歩いて来ると、デイルの姿を確認してゆっくりと口を開いた。

「あら? デイル?」

「ああ。クラリッサ姉久しぶり」

「帰って来てたの」

「昨日な。師父(せんせい)は居るか?」

「ええ。どうぞ中に入って。隣の可愛らしい子もね」

「ふぁっ……はじめまして。おじゃまします」

 マイペースな様子の彼女は、デイルよりも幾つか歳上の若い女性だった。濃い茶色の眸はその性格を表しているように、穏やかな笑みの形になっている。


「父さんに用事?」

「しばらくの間こっちに居るからさ。ラティナ……この子の事だけど、師父(せんせい)にお願いしようと思って」

「あら? 私じゃなくて父さんご指名なの?」

 靴をポイポイと脱ぎ捨てるデイルに比べて、ラティナは行儀良くちょこんと座って靴を脱ぎ、揃えるという行動をしている。

 そんな彼女を待ちながら、デイルとクラリッサは話を続けていた。

師父(せんせい)みたいな神官(ひと)は、街の神殿には居ないからさ」

「そうねぇ。それは否定できないわねえ」

 クラリッサは、笑いながら奥へと案内する。

「ラティナさん、で良かったかしら」

「はいっ」

 クラリッサに呼ばれて返事をするラティナは、少し緊張しているのか、他所行きの顔で少しおすまししている。

「デイルと一緒に来たの?」

「そうなの。ラティナ、デイルといっしょにクロイツで住んでいるの」

「あら。デイルったらいつの間にこんな可愛い子見つけたの?」

「ラティナが可愛いのは否定しない」

 大真面目にデイルがそう答えたが、クラリッサはのほほんとした笑顔を崩さなかった。

「可愛い子だものねえ」

「そうだろ」


 ボケと天然の間に、突っ込みは存在しないのだった。


 クラリッサが二人を案内した先は、図書室のように書棚が幾つも並び、膨大な書籍が溢れる場所だった。

 ラティナが驚いたように部屋の中を見回す。

 クロイツの『黄の神(アスファル)』の学舎の方が総数量ではこれ以上の蔵書を有しているだろう。それでもこの光景は圧巻だ。個人が所有する本の量とは思えない。

 棚の奥へと抜けて行くと、大きな窓が視界に入る。

 その前には、窓の大きさに負けないほどの大きな机が据えられていた。几帳面に並べられ片付けられた書棚とは違い、机の上には資料と書類が絶妙なバランスで均衡を保ち、山と積まれている。その中で埋まるようにして一人の老人が作業をしていた。


「コルネリオ師父」

 デイルが呼び掛けると、ようやく気付いたように顔を上げる。

 白髪の老人は、丸硝子の眼鏡の奥の眸がクラリッサとどこか似ていた。深く刻まれた皺のある顔を驚いたものに変える。

「おお。珍しいこともあるもんだ」

「ご無沙汰しております」

 デイルがきちんと頭を下げて挨拶する相手こそ、コルネリオ・カカーチェ。この村に住む唯一の『黄の神(アスファル)』の神官だった。


「街では活躍しているようだな」

 コルネリオはそう言って穏やかな笑みをデイルに向けた。

 部屋の入り口からは見えなかった位置にあったささやかな応接セットは、この村の形式とは違い、ソファーとローテーブルというスタイルのものだった。

 デイルがどっかりと座った隣で、ラティナがちんまりと腰かける。

「師父はこの村に居て、良くそんな話までご存知ですね」

「伝手だけはあるからな」

 そのまま二人が街や王都の噂話などをする間も、ラティナは少々緊張気味だった。


 それが終了したのは、クラリッサが茶器と茶菓子を運んで来た時だった。

「ふぁあっ」

 思わず感嘆のため息をついて見入ってしまってから、行儀良くすることを忘れてしまっていた自分に気が付いた。

 はっとして周囲を見て、周りが微笑ましい目で自分を見ていることに、恥ずかしそうに下を向いた。

 そんな仕草すら周りの大人を和ませる。

「可愛いわねえ。村の子どもたちもこのくらい大人しくしてくれたら、助かるのだけど」

 そう言いながらお茶の支度をするクラリッサは、ラティナが一瞬で心を奪われた砂糖の入った容器を、よく見えるように彼女の前に置いた。角砂糖の上に様々な色の花の飾りが乗せられている。

「ふぁぁ……お砂糖にお花が付いてる……かわいいねぇ……」

(そういうラティナが可愛い)

 流石のデイルでも、恩師の前では、その呟きを内心に留める程度の自重は出来たようであった。

「これ、どうやってやるの? 作れるの?」

「あら。なら今度教えてあげましょうか? 時間はあるのでしょう?」

 クラリッサがそう言ってお茶の中に砂糖を落としてみせると、ぷかりと花飾りが水面に浮かぶ。ラティナはますます心を奪われたようだった。茶器の中を覗き込み、ほのかに紅く染まった頬に歓喜の表情を表して、両手を胸の前できゅっと握りながら呟く。

「うわぁぁっ。すごい……かわいいっ……」

「ラティナは本当に可愛いなぁ……」


 自重が終了した瞬間であった。


いつの間にやら50話となりました。

皆さまお読み頂き誠にありがとうございます。当初の予定よりゆっくり進んでおりますが、今後もお付き合い頂ければ幸いと存じます。


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