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幼き少女、おねだりをする。

 デイルのかつて私室だった部屋とその隣の部屋が、彼らの客室として割り当てられた部屋だった。

 そして今現在、ラティナは当たり前のように、デイルの使う筈だった部屋の寝台で、すぴゅすぴゅと穏やかな寝息をたてている。

 デイルも久しぶりの家族との再会ということもあり、つもる話もあって部屋に戻るのは遅くなった。ラティナはいつも通りの時間に眠そうな様子となったので、先に床につくように言ったのだった。


「うーん……まぁ……もう俺の部屋って訳でもねぇしなぁ……」

 ぽりぽりと頭を掻いて、デイルはぐっすり眠るラティナを覗き込んだ。自然に表情が緩んでしまう。

 元が自分の私室だったから、自分が使うつもりではあったけれど、これだけ気持ち良さそうに眠るラティナを移動させるのも可哀想だ。自分が隣の部屋を使えば良いだろう。

 彼はそう思いながら、そっと音を立てないように部屋を後にした。


 その時は、そうすれば良いと思ったのだ。


 夜中、デイルはふと目を覚ました。

 何故目が覚めたのだろうかと、自問する。仕事柄、彼は寝起きだからといってぼんやりとすることはない。

「……?」

 呼ばれた、ような気がした。

「っ! ラティナっ?」

 ガバッと跳ね起きて部屋を飛び出る。廊下に出たと思った瞬間には、すぐに隣の部屋のドアを開く。

 部屋の中に飛び込んだデイルが見たものは、空の寝台だった。血の気が失せる。

 それでも、彼は自分を全て見失うことはなかった。残っていた冷静な部分が気配に気付く。

 

 部屋の隅。

 寝台から離れたその場所で、荷物として下ろし片付けておいた筈の、毛布が膨らんでいた。

「ラティナ?」

 デイルが声を掛けると、毛布の塊は、もそっと震えた。

「…………デイル?」

「どうした?」

 重ねて声を掛けると、毛布からラティナが顔を出した。

「デイルっ!」

 ぽふんと毛布から飛び出して、デイルに抱きつく。戸惑うデイルに、ぎゅっと力いっぱい泣き顔を押し当てた。

「泣いてたのか? どうした?」

「目が、さめたけど、デイルいなくて。ラティナ、こわくなって。でも、デイルどこだか、わかんなくて」

 途切れ途切れに、彼女は訴える。時折鼻を小さくすすった。

「デイル、いないの、こわかったの」

「……ごめんな」

 彼は優しく謝罪の言葉を告げてから、彼女の少し寝癖のついた髪を撫でる。


 自分が隣の部屋にいる。ということは、眠っていたラティナにとってはわからないことだ。彼女はこの屋敷に着いてから荷ほどきの時も、ずっとこの部屋にいたのだから。


 デイルにとっては生まれ育った家で、間取りも良く知っている場所だが、ラティナにとっては初めて訪れた見知らぬ場所だ。

 不安にだってなるだろう。そんな当たり前のことを自分は失念していたらしい。

(……久しぶりの里帰りで、俺も緩んでいたかな)

「ごめんな。怖かったな」

 ラティナはただ、こくり。と頷いてデイルに抱きついたままだった。離れようとはしない。

「ほら、布団の中に入れ。寒いだろ? ちゃんとラティナが眠るまで側に居るからな」

 デイルは宥めるようにそう言った。

 山深いティスロウの土地は、クロイツに比べて季節が遅く、気温も低い。夜遅いこんな時間は春先とは思えないほどに冷え込むのだ。

「……デイル。行っちゃうのやだ」

 だが、それを嫌々と遮りながら泣き声でラティナは訴えた。ぎゅっと更に抱きつく力がこもる。

「いっしょがいいの……行っちゃうのやだ……ラティナひとりぼっち、やなの……」


(ラティナの……おねだり……っ)


 ラティナは甘えることはあっても、我が儘を言わない子だ。

 そんなラティナの、泣き声の『おねだり』だ。


「……仕方ないな」

 彼が陥落するまでに要した時間は、ほんの数秒であった。

 それを世間では即決と言う。



 そして迎えた、明くる朝。

 彼女は、どうしたもんかと、困った顔をしていた。


「母さんもね、人はそれぞれだと思うけどね。それでも、ラティナちゃんはまだ小さい(・ ・ ・)と思うのよ」

「おふくろの頭の中での俺が、どんなんになっているかは聞かねぇけどな。それ違うからな。絶対」

 朝食の席で母が発した言葉に、息子は即座に反論する。

「街の暮らしは、結婚も遅いって聞くから、お前が嫁さん見つけてこないのも、母さんそういうものかと思っていたんだけどね。さすがに息子が少女趣……」

「ラティナが聞いてるから、本当に止めろよ?」


 デイルの母親であるマクダが見たものは、幼い少女と並んで眠る息子の姿だったのだ。起こしに出向いた先のひと部屋に誰の姿もなく、それを不審に思って開けた先の光景がそれであったのだ。

 --いい歳した息子が、幼い少女を抱きしめて眠る姿。心配にはなるだろう。

 可愛いがっているとは思っていたが、まさかそこまでとは。親として、道理は正さねばならない。


 デイルは座った目で母を見る。すると母子のやり取りを見ていた父はお茶を一口飲んで重々しく頷いた。

「そうか。お前……そういう嗜好だったのか」

「親父も、真面目な顔でそういうのいらねぇから」

 その時、しゅんとした様子のラティナが声をあげた。

「デイル……ラティナわがまま言ったから……ごめんなさい……」

「ほら! ラティナが本気にしちまっただろっ!」

「まあまあ。本当に良い子だねえ」

「うむ」

「ラティナ、おふくろたちは俺をからかっているだけだから。心配するなよ」

 そう言ってから、デイルは両親に向き直る。

「ラティナには留守番させる時もあるから、一人寝が出来ねぇ訳じゃない。今回は知らない場所に一人きりだったから、不安になっちまったみたいだ。しばらくラティナが慣れるまではこうさせてやってくれ」

「ラティナちゃんはまだ小さいものねえ。田舎の夜は真っ暗だし、怖いわよねえ」

 今までの態度をコロリと変えてマクダはラティナに笑いかける。

「うむ」

 ランドルフも肯定して頷く。

「起きて知らない所にいたら怖いわよねえ。本当に駄目な息子だねえ」

「うむ」


「お前ら……」

「親に向かって『お前』とは何だ『お前』とは」

「朝から……疲れた……」

「デイル、だいじょうぶ? ラティナのわがまま、ごめんね」

「やっぱり……っ、俺の癒しはラティナだけだ……っ!」

 そのデイルの声には、心の奥底からの思いが込められていた。



 いまだにしゅんとしたままのラティナと手を繋いで屋敷を出る。


 気温の低いティスロウの朝は、空気がきりっと冷えている。寒いという感覚とは異なる清涼感だ。

 道すがらの土地では春の盛りを感じてきたが、ティスロウはまだ春を迎えたばかりだ。柔らかな新芽の色を付けた木々は黄色い気配の濃い緑に彩られている。道端の草花もどこか柔らかい色だ。

 遅い春を祝うように一斉に芽吹くのを待ちかねている。

 大地の力の強いこの地は、そんな気配が色濃く噎せかえるほどに感じられるのだった。


 ラティナはいつものケープではなく、ストールを肩にかけている。

 淡いピンクのストールは、起毛した厚手のもので、その肌触りまで暖かい。それを花の形のブローチで留めていた。

 ヴェン婆が屋敷の何処からか引っ張り出して用意したものだ。

 昨日の今日で行動が早すぎる。

 デイルは自分のことを棚に上げて、そんなことを内心で独白したのだった。


「ラティナには、そういった色が似合うなぁ」

「デイル?」

「春の色だな。可愛いな。婆ちゃんも良くわかってるなぁ」

 彼のその言葉を理解すると、少し照れくさそうにラティナは微笑んだ。

「あったかいよ」

「良かったな」

 デイルの微笑みに、ラティナの笑顔もつられたように明るくなる。

 彼が繋ぐ手に少し力を込めると、ラティナもそっと握り返した。


 デイルは屋敷を出た後、右回りで村を歩きはじめた。

「こっちは工房になってる。村の共同施設だ。危ないもんもたくさんあるから、勝手に遊びには行くなよ」

「うん」

 デイルが指した方向には、少し大きめの建物が数棟並んでいる。ティスロウの人々はこの施設で共同で魔道具の作成を行っているのだ。

「この手前にあるのが事務所だから、どうしても用のある時はここに行け。その隣が『配送業者』だ。手紙、ここから出せるぞ」

 そこには、彼女も見覚えのある封筒と羽の意匠のモスグリーンの旗が下がっていた。ラティナは少し驚いた顔になる。

「手紙やさん。いるの?」

「ウチの村は、注文があちこちから入るからなぁ。必要だったんだよ。ラーバンド国としてもな」

 デイルはそう言いながら、事務所の中に入った。彼は当主家の者。次期当主ランドルフの長男として、帰ってきたからには顔を見せなくてはならない人間があちこちに居るのだった。

一週間ご無沙汰しておりました。しばらくは、基本的に土曜日投稿となると思われます。



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