青年、故郷の弟と。
ラティナは並んだ『魔道具』を前にして、ため息をついた。
「きれいだねぇ」
「気に入ったか? ラティナが欲しいならそうするぞ」
「ううん。見てるだけでいいの」
デイルの言葉に首を振って、彼女は隣に並んだ別の物を手に取った。
「これも『魔道具』なの?」
「そうだぞ。ウチの村は『魔道具』の製作を生業にしているところだ。こういった細工物や俺の籠手みたいな仕掛け細工の入った武具を得意にしているんだ」
今ラティナが見ているのは、どれも宝石をあしらった凝ったつくりのアクセサリーに見える物だ。だが実際は護りの魔術が込められた魔道具なのだと言う。
表立って防具等を付けることの出来ない貴人に人気の品だ。
「本来は金属加工が得意だから、あんまり俺のコートみたいな皮革製品はやってないんだけどな。特注品って奴だ」
それらは、対外的な売り物としては作っておらず、村の内部で消費する程度にしか作ってはいない。
作られたそれらの革製品の『魔道具』は、狩りに出る者の為の装備や日常用の衣服として使われている。他の地域では贅沢な話だが、この村で暮らす者にとっては、自分たちで賄える物を自分たちで使うのは当然だと考えている。
「ふぅん……」
「前もって連絡はしといたけど、サイズ計測して完成するまで時間はかかるからなぁ……クロイツに帰るのはそれからだ。田舎過ぎて退屈かもな」
「ううん。ラティナ楽しみだよ。クロイツには無いものいっぱいだもん」
「そうか。明日、俺も挨拶しなくちゃならねぇ所を回るから、そん時村の中案内してやるからな」
「うんっ」
この村の特産品である『魔道具』を前にして、和やかに会話をするデイルとラティナの姿に、それらを見せる為に出してやった当人であるランドルフは、呆れた感情の混じった複雑な表情をしていた。
彼にとってみれば久しぶりに会った息子が、幼い少女を溺愛していたのだからその位の対応にはなるだろう。
それでもその姿を見るに、溺愛するなんて感情を取り戻すことができる程度には、息子は元の彼らしい性格を取り戻すことができたようだ。
そのことには、安堵する。
外の世界で、命懸けの任務--『普通』の冒険者たちでは一生関わることも無い、『魔王』や『魔族』に関する危険な仕事ばかりのもの。--それらを幾度も行ううちに、心を磨り減らしていった彼のことを、父親として心配していなかったわけではない。
ひとやひとに近しいものを殺し続けることを、「割り切れた」なんて言えるようになるまで息子が苦しんだことは、ランドルフも察していたのだ。
(……このお嬢ちゃんに、感謝と裏のない親愛を向けられて、自己肯定出来たのか)
それならば、親として、彼女には感謝しなくてはならないだろう。息子の『恩人』なのだから。
「親父。まだコルネリオ師父は現役か?」
「ん?……最近村の子どもたちへの教育は娘のクラリッサの方が請け負ってくれているがな。お元気だぞ」
「そうか……なら、ラティナ。ここに居る間はコルネリオ師父に勉強を教わると良い。街の黄の神の神官とは、少し違った物の見方を教えてくれる筈だ」
「この村にも、『学舎』あるの?」
ラティナが首を傾げた。今まで旅の途中で立ち寄った村には、『黄の神の学舎』は存在しないとデイルに聞いてきていたのだ。田舎の小さな集落にまでは、さすがに教育という事業は広まりきってはいないのだ。
けれども『この村』はずいぶんと規格外な土地であるようだ。
「コルネリオ師父は黄の神の神官だからな。一応名目上は『学舎』になるかな」
デイルはそう言いながら、少し懐かしそうな顔になった。
「明日紹介するから楽しみにしとけ」
「わかった」
広い屋敷だが、夕食の支度をする香りはキッチンからリビングまで届いて来る。それに気付いてラティナはそわそわしだした。
デイルは理由がわかっているので、緩んだ表情で見守るだけだったが、ランドルフは心配するような顔をした。
「どうした?」
「えっ……あの、あのっ……」
ランドルフの問いにラティナがおろおろと困った顔をする。そのままデイルの服の裾をクイクイと引いて、どうしたら良いか目で訴える。
「デイル……」
「今日くらいはゆっくり休んどけ。俺からおふくろに言っといてやるから」
ぽふぽふと頭を撫でながら苦笑いを浮かべたデイルは、父親に状況を説明する。
「ラティナは働いてないと落ち着かないんだよ。クロイツでもケニスを手伝って『虎猫亭』の仕事をやってる。ここまで来る間も調理はラティナに任せてきた」
「ほう……」
「『お客様』でいるのは嫌なんだろうよ。仕事させてやってくれ」
「働き者であるのは美徳だ」
ランドルフがそう言って柔らかい表情をすると、ラティナもほっとしたようにデイルの服を離した。
それでもウズウズしているようなラティナの姿を、父と息子が小動物を愛でるような視線で見守っていた後で、リビングの扉が開いた。
基本的にティスロウの人々は『ノック』をする習慣はない。仕事や私室に入る時は前もって声をかけるが、リビングなどの共有する空間には全ての者を迎え入れるという考え方があるためだ。
ドアを開けてリビングに入ってきた青年は、一目見ただけでデイルとよく似ているという印象を受ける人物だった。
年の頃もほとんど変わらない。
デイルよりも短く刈り込んだ髪を撫で付けおり、革の上着を脱いだその下の体つきも、腕利きの冒険者であるデイルと比べても遜色はない。
「ヨルク」
「兄貴……帰ってたのか。今日だったのか」
「……普通そういう反応だよなぁ。親父たち、どんだけ『悪ふざけ』の為に労力かけてたんだよ」
「ああ。またやられたのか。兄貴も大変だな」
ヨルクはそう言いながら、デイルの隣のラティナに視線を向けた。
「その子が、兄貴が面倒みてる魔人族の子か?」
「ああ。ラティナ、こいつが俺の弟のヨルクだよ」
デイルのその言葉を聞いた後で、ラティナはぴょこんと立ち上がった。きちんと一礼する。
「はじめまして。ラティナです。しばらくおせわになります」
「…………」
ヨルクは少し驚いたような顔をしてから、ラティナを見て、その後で兄を見た。
「驚いた。兄貴が面倒みてるとは思えないほど、ちゃんとした子だ」
「てめぇもそういう認識か……」
弟の言葉にデイルは眉間に皺を寄せる。どうも家族にとっての自分は、故郷を離れた頃の、半分子どもだったような時の印象の方が未だに強いようだ。
クロイツや王都で『一流の冒険者として名前が売れている』なんてことは、噂が届かないということもあって、全く評価対象にならないらしい。
「よろしく。兄貴がいつも世話になっているだろう? すまないね」
「ふぇっ?」
「ヨルク……」
ヨルクの挨拶に、ラティナがすっとんきょうな声をあげた。彼女にとっては全く予想外の言葉だ。
「あのね。あのねっ。ラティナが、いつもデイルにいっぱいいっぱい良くしてもらっているんだよ?」
「こんな小さな子に気を使わせて……兄貴……」
「お前……」
「冗談さ。半分くらいは」
そんなやり取りの間もずっと、少し首を傾げて、理解に努めていたラティナは、わかったとばかりに力強く頷いた。
「デイルのかぞくって、変わっているんだね!」
「ラティナ……」
デイルはがっくりと項垂れるしかなかった。
否定する材料が見つからない。
「今日は準備が出来なかったから、歓迎の宴は明日にするからね」
「うわあぁぁっ」
デイルの母親であるマクダが卓の上に並べた料理の数々にラティナは歓声をあげた。
宴は翌日と言うにも関わらず、卓の上には多くの料理が並んでいる。ラティナが見たことのない料理や食材の物も多い。彼女が嬉しそうになるのも仕方がない。
「婆ちゃん呼んで来ないとねえ」
「じゃあ、ラティナが行ってくるのっ」
ぴしっと元気良く挙手してから、ラティナはぱふぱふと小さな足音をたててヴェン婆を迎えに行く。
デイルはその瞬間よぎった悪い予感を信じるべきであった。
一流と呼ばれるようになった彼の勘というものは、どんな時でも、ある程度の理由に基づいた物なのだから。
悪い予感は当たった。
その後、食事の最中も食後も、ラティナはヴェン婆の隣から離されることはなかったのだった。
いつもお読み頂き誠にありがとうございます。
年末にかけて少々忙しくなっておりまして、年明けまで更新頻度が落ちるかもしれません。週一は必ず更新したいのですが。多くてももう一度程度かと思われます。
ご理解頂ければ幸いと存じます。