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青年、故郷の父親と。

「前帰って来た時よりは、ましな面に戻ったか」

 ぷかりと煙を吐き出して、デイルの祖母--ヴェンデルガルトという大層な本名で呼ぶ者は誰もおらず、主にはヴェン婆と呼ばれている--は、にやりと笑う。

「……そんなに違うかよ」

「まぁな。前みてぇな顔のままなら、性根を叩き直せちゅうたら、ランドルフたちが気張ってなぁ。面白れぇから放っといた」

「……親父」

 ランドルフとはデイルの父親の名前だった。

 どうやら、祖母の命令だけでなく、他の面々も悪乗りした『襲撃』であったらしい。デイルはわざとらしい程に一つ大きなため息をつく。

「まぁ……ああいう『悪ふざけ』はいつものことだけどなぁ……今回はラティナを連れていたから、怪我させたくなかったんだよ。万が一にもな」

「ちゃんと守れもしねぇのか」

「守ってるよ」


 そんな二人の真ん中でラティナは飴を食べながら、話を聞いていた。

 右の頬が膨らんでいたと思えば、普通の顔に戻り、今度は左の頬が膨らむ。

 ころころ。ころころ。という飴玉を転がす音が時折唇の隙間から漏れていた。

 当人は大人しく静かにしているつもりであるのだろうが、自己主張は結構なものがある。


「……ラティナ」

「ん?」

「飴……うまいか?」

「うん」

「良かったな」


 音に気を取られて彼女の様子を伺ったデイルだったが、彼女の非常に満足気な表情に破顔した。

 彼女が幸福であるのならば、彼に言うべきことなどないのだ。


 そんな孫の姿に、ヴェン婆は満足そうに深く煙を吸い込んでいた。



 廊下を歩きながら、ラティナはデイルに尋ねた。

「デイルはかぞくと仲わるいんじゃないんだよね?」

「ああ」

「じゃあなんで『ケンカ』してたの?」

「んー……ケンカじゃねぇんだけどな。俺の『役割』が『役割』だから……俺がちゃんとしっかりやれてるか、確認されたって感じかなぁ……」

 デイルはそう答えて、苦笑いを浮かべた。

「前回帰って来たのは、ラティナと会う少し前だったからな。……俺が一番駄目になってた頃の話だ。……心配かけてたんだろうな」

「え?」

「……俺も、ラティナのお蔭で、幸せになれたってことだよ」

 こてん。と首を傾げるラティナの頭を撫でながらデイルはそう言った。あまり『格好の良くない』自分の話は、この子には聞かせたくない。


(家族から見ても、そんなん(・ ・ ・ ・)になってたんだな……『会えて、救われた』のは俺も同じだ……)

 ラティナはよく『デイルに会えて良かった』と言ってくれているが、彼にとっても『ラティナと会えたこと』は幸運だったのかもしれない。

 彼女と共に暮らす日々に流れる穏やかな優しい時間は、間違いなく彼女がくれたものなのだから。



「だが、親父たちはやりすぎだと思うんだ」

「それよりお前。……いつもそんな風にお嬢ちゃん連れて歩いているのか」

「ふぇっ?」

「……いきなり一人きりで知らない場所に放り出すような、酷ぇことはしねぇだけだよ」

「……いや。でもなあ……」


 リビングでは父親のランドルフが何らかの書状を流し読みしながら、お茶を啜っているところだった。自分の部屋ではないということは仕事ではなく、私的な物なのだろう。

 一族の当主であり、村の長であるのはヴェンデルガルド婆なのだが、流石にかなりの高齢だ。当主としての仕事のほとんどはランドルフが担っている。


 そんな父親の斜め前にどっかりと腰を下ろしたデイルの隣には、ラティナがちょこんと寄り添っている。リビングには広いスペースがあるのだが、中央に座るのは落ち着かないらしく、デイルの背中に半分隠れるような位置を陣取っていた。

 ちょろっと頭を覗かせて、また背中に隠れる。

 当人には隠れているつもりはないのだが、リビングのインテリアや何やらと気になる物を、右へ左へと見て回っている結果、ランドルフの位置からはそう見えるのだ。

 一度気になると、つい目で追ってしまう。そんな存在だ。


 そして久しぶりに会った息子は、そんな少女の微笑ましい様子を温かく見守ってはいるが、当たり前のものとして『隣に居ることが当然』という顔をしているのだ。


「何があった」とは聞きたい。


「……親と死に別れたラティナを、仕事の途中で拾ってから、成り行きで面倒みてるんだよ。手紙には時折書いておいただろう」

「まあ……だがなあ……」

「……ラティナじゃまだったら、お部屋行ってるよ? その方がいい?」

 デイルとランドルフの会話を聞いていたラティナは、そう口を挟んだ。即座にデイルは答える。

「ラティナが邪魔になることなんてあるはずないだろう」

「お前……」

「デイル、ラティナにはいつもこんな感じだよ。やさしいの」

「我が儘言うような子じゃねぇから、俺が甘やかしてやる位で丁度良いんだよ」

「とりあえずお前がベタ甘なのはわかったよ」

 何かを吹っ切った顔でランドルフは一つ頷いた。


「あのね。デイルのおとーさん?」

 ひと区切り付いたとみて、ラティナは少し前に出た。ランドルフを見上げるようにして、小さく首を傾げる。

「……なんだ?」

「ラティナ、おとーさんのことなんて呼んだら良いかなぁ? お名前知らないから、わかんないの」

「…………」

 白金の髪をさらりと揺らし、大きな灰色の眸をまっすぐに向けてくる少女は、改めて見れば驚く程に愛らしい顔立ちをしていた。初めて会った時から『可愛い』少女だとは思ったが、こう向き直れば、幼いながらも『美貌の主』と呼んでも差し支えはない整った造作をしていることを実感せざるを得ない。

 ランドルフはしばらく言葉を無くし彼女を見ていたが、一呼吸遅れて別の衝撃に気付いた。重く息を吐く。

「ん?」

「ウチには、娘は産まれなかったからな……」

「親父……」

「ん?」

「……もう一度質問してみてくれるか?」

「え? デイルのおとーさん……ラティナ、なんて呼んだら良いかな?」

「『おとーさん』も悪くないな……」

「親父……」

「お前の気持ちが少しわかったような気がするぞ」


 やはり父と息子も変なところで似るものなのらしい。


「ああ。そうだった。『娘』で思い出した」

 ランドルフはそう言って、デイルを改めて見た。

「下の村の長の娘を嫁に取ることに決めた」

「嫁?」

「そうだ。お前がここに居る間に済ませてしまおうとな。予定を早めることにした。近いうちに嫁取りの儀式をやるぞ」

「下の村の村長の娘って……あ、フリーダか? 良いのか?」

「問題はない。落ち着いた(・ ・ ・ ・ ・)からな。向こうも願ってもないことだと言っている。『遠い領主』よりティスロウ(ウチ)の方を頼りにしたいのは普通の心理だろう」

「まぁ……不作や魔獣、回復魔術も……領主にお伺いたてても、こんな田舎じゃ後回しにされるのが、目に見えてるしなぁ……ウチを頼れば、ある程度のことは対処できるしな」

「領主とのいざこざも、お前の仕事(・ ・)で話は付いた。とりあえずしばらくは問題ない」

「……そうか」


 デイルは少し別の感情を含ませたまま笑ってみせた。

「なら、俺はちゃんと一族当主家の役割は果たしているってことだよな……」

「……」

 ランドルフは息子の表情を見て、緩みかけた口元を誤魔化すように茶器を運んだ。

「もう、『大丈夫』なようだな」

 デイルがその言葉に応えなかったのは、否定ではなく、照れ隠しである故であることは、言葉にせずとも親子間では共有する事実であった。


「……嫁かぁ……ヨルク(・ ・ ・)に先越されたか。それじゃあいつ今大変じゃねぇか? まだ仕事……」

「ふぇっ!?」


 デイルの言葉の途中で、静かにしていたラティナから上がった驚愕の声に、彼が驚いて彼女を見れば、彼女は血の気を無くしていた。

「どうしたラティナ? 具合でも悪いのか?」

「ううん。だいじょうぶだよ。……デイル、『ヨルク』ってだれ?」

「ん? ああ。まだ帰って来てねぇから紹介してねぇけどな。俺の弟だよ」

「デイルのおとーとさん? ……およめさん、もらうの?」

「ああ。ここに居る間に結婚式見れるぞ。ラティナの晴れ着も用意させる(・ ・ ・)からなっ!」

 それは彼の中では、決定事項らしい。

「そっか……」

 そう呟くラティナの顔色はすっかり元に戻っており、表情もいつも通りだった。デイルが自分の見間違いだったかと、思ってしまうようなほんの僅かの時間の変化だ。


「花嫁さん。見てみたいなっ」

 そう言って笑うラティナには、陰りは全く見えなかった。

デイルさんの家族紹介が、想定以上に字数が増えております……

いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 設定の矛盾なんかが滅多になくて、伏線は結構丁寧に回収されているこの作品だけど、 なんでラティナが「ヨルク」って名前に驚いたのかだけ謎…
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