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青年、故郷で毒づく。

 この村には名前はない。

 強いて言えば『ティスロウ』というものを村の名前として使っているが、それは本来の意味では正しくない。

『ティスロウ』とは、元々この村に暮らす一族の名前なのだ。


「だから……ウチの村では『家名』ってのも無いんだ。本当ならば『ティスロウ』ってのが家名になっちまう。そうすると、村の全員が同じ家名だから……役にたたねぇんだよ」

「ん? でもデイル、『デイル・レキ』っていつも名のっているよ?」

「ああ。それでこの村では、家名の代わりに『役目』を名前に付けるんだよ……俺の『レキ』っつうのは、『外に出て戦う者』に付けられる名称なんだ。一族に伝わる古い言葉で、元がどうだったかは、もうわかんねぇけど、そういう言葉だったってことだけ伝わってるんだよ」

 デイルはラティナを連れて、屋敷の一室で荷ほどきをしていた。

 元々彼の私室だった場所だった。かつての家具などは片付けられていたが、勝手知ったる様子で、彼はもう寛いだ様子となっている。

 ラティナも荷物とナイフなどを下ろしてから、今はおとなしく座って彼の話を聞いていた。


「ずいぶん昔に余所の土地からウチの一族は流れて来たらしい。この山の中に定住して、土地を拓いて村をつくった。……『大地に愛されし一族』って二つ名を名乗る位、ウチの一族の連中は代々『橙の神(コルモゼイ)』の加護と地属性魔法の適性に秀でた者が多い。土木工事も開墾も、ウチの一族のお家芸だからな……」


 地属性魔法に優れた者が多いということは、その魔法によって、土木工事や建築--特に基礎工事など--といった作業に、大きな労力を割かなくてもよいということだ。こんな辺鄙な山の中であっても、建築材料にも、それを組み上げることにも魔法使いが複数いれば困ることはない。

 豊穣を願い奉る大地の神『橙の神(コルモゼイ)』の加護も大きな力だ。全ての加護持ちの力がそうではないが、『橙の神(コルモゼイ)』の加護の中には、農作物の育ちに大きな影響を与えるものがある。それだけでなく更に、土地が回復するのも早まり、続けて作物を収穫することも可能になるものすらあるのだ。


 一見すると不便な田舎の山の中だが、ここは『神の力に満たされた』加護の影響が出やすい土地。彼ら一族にとっては、この上なく住み良い豊かな土地なのだ。



「だから、ウチの一族の習慣は『ラーバンド国』とは違うもんも多い。建物の中で、靴脱いで過ごしていたりするのもな」

「あ……」

 ラティナがそういえば。といった顔をしたのは、彼女は普段からデイルと共に暮らし、彼の「自室では靴を脱ぐ」という生活スタイルに慣れていたからだろう。

 この部屋にも敷かれている厚手でふかふかした敷物は、クロイツの彼の部屋にあるものと良く似ており、見慣れていたラティナにとっては違和感を感じるものではなかったらしい。


 デイルと共に部屋を出ると、木目が美しく、鏡のように磨かれた廊下に続いている。

「こんな山の中だし、冬になると雪も多い。まぁ、俺ら一族はそういった土地を選ぶらしいんだけどな。だから靴は土や泥に常に汚れてる。それで家の中では、汚れた靴を脱いで過ごすんだよ。元々はな」

 ぺたぺたと足音を立ててデイルはそう言いながら先導する。ラティナにはふかふかの素材で作られた室内履きが用意されていたため、彼女の足音はほとんどしない。

 彼はしばらくして目的の部屋の前で立ち止まった。ノックなどすることもなく、ノブを掴んで開ける。


 その部屋は、豪勢ではないが、一目で『上等の部屋』だとわかる場所だった。雪深い土地の貴重な日の光をたっぷりと取り込める南向きの部屋で、古くはあっても良く手入れのされた暖炉が設置してあった。この部屋にも敷物は敷かれていたが、複雑な模様が織り込まれた『特別』な一枚だ。歴代の一族の者の狩りの成果を誇るように立派な動物の角や毛皮などが壁に飾られている。

 そしてその部屋の中央には、一人の老婆が座っており、煙管で煙草を吸っている最中であった。


「で。何か言うことはあるか。この糞婆」

「バカ孫か。ケツの穴が小せぇこと言いやがる」

 呵呵と笑いながら部屋の主として、でんと座る老婆は、かなり小柄だった。ラティナと並んでようやく勝るといった位の体格だ。

 だが、ふてぶてしいほどの態度で、そんな小柄さは帳消しとなっているようでもある。決して『小さく』見えない存在感だった。

 わざわざ挑発するようにぷかぁと、手にした煙管をふかしてみせる。

「こんの……っ」

 デイルが苛立ったように拳を握った横で、ラティナは一度老婆を見てから、続けてデイルを見上げた。

「……デイルに、そっくりだね」

「っ! ラティナ!?」

 唐突な言葉に、デイルが呆気にとられてラティナを見れば、彼女はとことこと老婆の前に進み出るところだった。


「はじめまして。ラティナです。デイルに助けてもらって、今いっしょにくらしています。しばらくの間、おせわになります」

 そう言ってから、流れるような動作できれいな姿勢で一礼する。

 正式なマナーに基づいたものではなかったが、彼女の誠意が伝わる挨拶だった。

「ほぅ……」

「おばあさんは、デイルのおばあちゃんなの?」

「そうだよ。……お嬢ちゃんの方が、うちのバカ孫よりもちゃんとしているねぇ」

「デイル、ラティナにいっぱい良くしてくれてるよ。いっぱい教えてくれたりもするよ。だからデイル『バカ』じゃないのっ」

 ラティナは、そんな『巨大な』老婆の前でぷすっと小さく膨れた。

「ラティナ。デイルのおばあちゃんでも、デイルのこと悪く言うのダメだと思うのっ」

 その後でくるりと後ろを向く。

「それでもね。デイルも、おばあちゃんのこと悪く言うのダメなんだよっ」


 少女の下した判断は、ケンカ両成敗であった。


 祖母と孫は視線を交わしあった。

 その中央には、小さく膨れたラティナ。


「……膨れっ面も可愛いなぁラティナ」

「うむ」

「ラティナ可愛いだろう」

「何処で見つけて来たこの童っこ」

「拾った」

「たまにはお前も、ましなもん見つけて来んだな」



 ラティナは初見で真理を見抜いていたのであった。

『似た者同士』の祖母と孫。『似た者同士』だからこそ反発もするお互いであるが。

『可愛いと思うもの』の沸点も、近似しているのである。



「嬢ちゃん。飴っこ食うか」

「餌付けるなっ!」

「あめ?」

 老婆が自分のそばの引き出しから琥珀色の飴を取り出して、ラティナを手招きするのをデイルは押し留めようとする。

 彼にはわかっているのである。一度祖母の『攻撃』を許せば、ラティナは陥落される。そして、そうなった後の相手の思惑も。

「駄目だからな。ラティナは俺んとこの子なんだからな」

「嫁もいねぇのに、何言ってやがる」

 ラティナを背中から抱き締めながら、親猫が仔猫を守る時に毛を逆立てているような様子のデイルを、祖母は鼻で笑う。

「ん?」

 つい先ほどまでと雰囲気の変わった二人の様子に、ラティナは小さく首を傾げた。

「ほれ。あーん」

「あーん?」

「ラティナっ!」

 言われる通りに素直に口を開けたラティナに、飴が放り込まれる。デイルの妨害も物ともしない、歳からは想像のつかない俊敏な動作であり、一瞬の出来事であった。

「うまいか?」

「おいしい」

 片方の頬を栗鼠のように膨らませた状態で、ラティナはこくん。と頷いた。


「ラティナっ! 知らない人から食べ物を貰うなってあれほどっ!」

「ふぇっ!? デイルのおばあちゃんも、『知らない人』になるのっ!?」

「気にすんな。ただの餓鬼の戯言だ」

「え?」

「この婆の言うことを素直に聞くなよっ!」

「え? え?」

「てめぇもちいせぇ頃は素直だったんだがなぁ」

「その結果が今の俺だ。わかったか」


「よくわかんないけど。デイルとおばあちゃんは仲よしなの?」


「悪くはないな」

「そうだな」

 ラティナの理解をこえる祖母と孫の関係に疑問を口に出せば、祖母と孫の二人は同じような表情で返答した。


「ふあぁ……」

 ラティナはしばらく考えこみ、

「なら……良いのかなぁ?」

 と、ころころと大粒の飴玉を口中で転がしながら独白したのだった。

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