青年、故郷に着く。
デイルは、森の中の山道を全速力で馬を走らせていた。
襲撃者も片方が子どもとはいえ、小型種の馬に二人乗りの状態で全力疾走させるとは思っていなかったらしい。
相手の虚を衝くことに成功した。
囲みを突破した後で、体を捻り、後ろに『矢』を射ち放ったのは牽制の為だ。
「ーっ! デイルっ!」
「危ないから頭を下げておけっ! ラティナは《重力軽減》の魔法を切らさないことに集中してろっ!」
背後を目で確認したのは、襲撃者たちが巧みに気配を森の中に隠しているからだった。
デイルの察知能力をもってしても、全ての気配を読みきったとは言い切れない。
「くそっ!」
毒づいて、飛来した矢を右手で握るロングソードで切り払う。バラバラと地面に落ちたそれを確認することもなく、前進の速度を緩めることもしない。
彼が襲撃者への対処にかなりの意識を傾けることができるのは、ラティナが魔法を担当してくれているからだった。
馬の負担を軽くし、回復魔法すら時折交えているラティナのお蔭で、二人乗りの全力疾走などという荒業を可能にしているのだから。
「そろそろ来るとは思っていたが……っ! 当たって欲しくねぇもんだよなっ!」
「デイル……っ」
「わかった!」
ラティナの警告に片手で手綱を掴んで馬を跳ばせた。そこに疑問も躊躇も抱かない。
後ろから追って来た襲撃者たちが戸惑う気配がする。
落とし穴でもあったということだろう。ラティナがいなければ彼自身気付けたとは思えない。
これは彼女の『特殊能力』でもなんでもなく、ただの観察力の高さによるものだ。周囲と何か違和感を感じる場所があれば声をかける様、言い含めていた。それは正解であったらしい。
目の前に岩肌をくり貫いて造られたトンネルが見えてくる。
あの先まで行けばこっちのものだ。
「……って、その手は食わねぇよっ!」
デイルは気合いを入れながら一声独白し、馬を急停止させる。反動でラティナの身体が浮きかけた。自分の身体で抑えこみ、落ちるのを押し留める。
彼の予想通り、直後、唯一の道であるトンネルの前方が転がって来た岩石で塞がれる。
「馬鹿じゃねぇのかっ! 本当っ!」
彼は、再び馬を走らせると塞がれた前方に魔術を唱える。
「"大地に属するものよ、我が名の元命ずる、我の望むまま姿を変えよ《大地変化》"」
攻撃魔法ではない。ただ変化を促すだけだ。
だが、それで充分。
前方の障害物が砕け散る。
砕け散ったという言葉にふさわしい小石と化した岩の欠片と、もうもうとたちこめた砂埃から、ラティナを自分のコートの内側に抱き締めるようにして庇う。
これで後ろは完全に視界を遮られただろう。
トンネルを潜り抜け、視界が開ける。
その瞬間デイルは叫んだ。
「こん……のっ! 糞婆ぁっっ! 俺一人じゃねぇって、伝えておいただろうがぁぁぁっ!!」
「おやおや……婆ちゃんに『糞婆ぁ』なんて言うもんじゃないよ」
トンネルの向こうで初老の女性が、困り顔でデイルを迎えた。
「おふくろも、おふくろだっ! 久しぶりに会った息子をガチで殺る気かよっ!」
「やだねえ……ちょっと入り口塞いだだけじゃないか」
「タイミングずれたら、ちょっとじゃ済まねぇよっ!」
「やだねえ……そんな大袈裟に……」
「……そうだぞ。この位いつものことだろう……」
「親父も、親父だっ! 射ってくるなよっ!」
「そういうお前もこっちに向かって射ってきてるじゃないか……」
背後から聞こえた男の声に向き直ったデイルは、そっちへも怒声を浴びせる。だが、返ってきた声はあっけらかんとしたものだった。
「こっちはちゃんと矢尻外してやってるっつうのに、お前って奴は……」
「ちゃんと外して射ってるだろうっ! 矢尻無くても当たったら痛ぇんだよっ! しかもそっちは本気で当てる気で射ってるだろっ!」
「まあな」
その声にも表情にも罪悪感はなかった。
彼らがそんなやりとりをしている間に、後続の残りの面々も追い付いて来たらしい。
「ひでえなお前、埃まみれだよ」
「本当、久しぶりに帰って来て、……これはないよな」
「ひどいのは、俺か!? 俺の方なのか!?」
並ぶ顔は従兄弟に幼なじみたちといった見知った面子ばかりだ。
「だって当主命令だからな」
「なあ」
責めるデイルにはそう答える。
「こんなのいつも通りなのにずいぶん突っ掛かるなあ……」
と言いかけたデイルの父親は、彼が腕の中に庇う少女で視線を止めた。ぴたりと動きを止める。そんな様子は息子と似通っているのだが、今それを指摘するものはいない。
目を丸くして、周囲を見ていたラティナは、驚いた顔のまますぐそばのデイルを見上げた。
「……デイル……かぞくと仲わるいの?」
「……いや……あのな……ラティナ……」
デイルが返答を探している間に、彼の父親から始まった動揺は、周囲の人々にも伝播する。
「女の子だった!!」
その叫びを向けられたラティナは、びくっと大きくはねあがった。
「ふあぁっ!?」
危うく落馬する所であった。
「いやあ……婆ちゃんから、お前が連れを連れてはいるって聞いてはいたんだけどね。みんな、またいつもみたいに『同業』の人だろうって思っていたんだよ」
困ったように、誤魔化すように笑ったデイルの母親は、そう言いながらぱたぱた手を振った。
「あの……あのっ……ラティナって言います。はじめまして。おせわになります」
「あらあらあら。可愛らしいこと。ごめんねえ、怖い思いさせちゃったわねえ」
「本当だよ……ラティナが怪我でもしたらどうする気だったんだよっ」
「……それを守りきるのもお前の手腕だろう」
「反省してくれ、頼むからっ!」
今、彼らは他の面々とは別れて、デイルとその両親、そしてラティナの四人で歩いている。デイルは馬から降り、手綱をひいて歩いているが、ラティナは馬上のままだ。
他の面々は、デイルを落とす為に作った落とし穴や罠の類いを片付けてくるそうだ。ここは辺鄙な村だが、全く外部からの客人がいないとも言えない。そのままにしておくのは流石に危険すぎる。
街道から唯一この村に入る道は、先ほど通った岩壁をくり貫いたトンネルだけだ。
地属性魔法で造られたトンネルはかなり大きく、馬車も一台程度なら難なく通れる大きさがある。
そこを抜けた先こそ、デイルの故郷だ。
入り口が限られているのに反して、村の規模はかなり広い。ここに至るまで存在していた村とは比べものにならない印象を受ける。
村の中央には街道から続く整備された道が延びており、その左右にゆったりと建物が配置されている。
見渡せば周囲を囲む斜面には段々畑が作られて、村を取り囲んでいた。
この空間は四方を山に囲まれた場所であるらしい。
「あそこが俺の実家だ」
「……大きいねぇ」
「一応一族の当主屋敷だからなぁ……古いだけかもしんねぇけど」
ラティナがぽかんと口を開けて見上げたのは、村の中央。一番目に付く位置にあるひときわ大きな屋敷だった。デイルが言うように古い建物ではあるのだが、それが重厚で歴史を感じさせるという趣になっている。
「なんで、おうち、みんな他のところとちがうの?」
「んー……」
彼女が疑問に思うのも無理はない。
この村の建物に、赤い屋根の建物はひとつもない。
普段ラティナが見慣れている風景では「屋根は赤いもの」だ。それだけでも違和感として捉えられる。
田舎の風景らしい風雨に晒された鈍い色の建物たちだが、よくよく見れば、入り口には必ず金属製のレリーフが取り付けられ、一輪の花が飾られていた。
「……ウチの村は、『橙の神』を祀っているからだよ」
「……? デイル、前に橙の神は、豊作をお祈りする神さまだから、どこに行ってもほこらとかあるって教えてくれたよ?」
「ああ。なんて言うかなぁ……『ラーバンド国が主神として赤の神を祀っている』みてぇに、この村では『橙の神を祀っている』んだよ」
「ウチの村では、『橙の神の加護持ち』も多いからねぇ」
デイルの母親も何でもなさそうにゆったり笑う。
「魔法も半分くらいの者が使える。でも、地属性魔法が多いけどね」
そして、微笑みを浮かべながらこう言った。
「『大地に愛されし一族』の村へようこそ」
--と。
当方に戦闘シーンを求めてはなりません。
旅も一区切り。
デイルの故郷につきました。いつも通りまったりとスローライフな日々となると思われます。