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青年、看病をするそんな日。

 ラティナが、風邪をひいた。


「くちゅん」

 くしゃみの仕方までなんだか可愛い。だが、アクセントがどこか変なのはなんだか彼女らしい。

 この子と暮らしはじめて数年経つが、頑強な種族ということもあってか、ほとんど病気などしたことがなかった。

 やはり疲れが出たということなのだろう。


 後、考えられるのは、


「……雨なのに、はしゃぐから、だぞ?」

「……うん。そうだね。……ごめんなさい……」



 昨日は雨の中の移動だった。

 雨だからといって止むのを待つ訳にはいかなかった。あまり無理はさせたくはないが、人家の少ない田舎だ。雨を避けて野営が出来る場所まで移動する必要もあった。


 デイルが普段から着ているコートは水を弾くように出来ている。

 元より彼は荒天時の移動そのものにも慣れているために、フードを被り首の辺りのベルトを締めれば、雨対策は終了だった。

 ラティナのフード付きのケープも魔道具で水を弾くようになっているため、小雨程度ならばそのままでも構わない。だが、本格的な雨の中の移動であったため、用意してある雨具を着させた。


 ラティナは雨の中を歩くのさえ楽しそうだった。

 山道を歩きながら見上げてみれば、深い森の木々の隙間から灰色の空と重たい雲がのぞいていた。

 顔にあたる雨粒すら、彼女は苦にしないようで、時々わざわざ上を向いていた。

 水溜まりを避けて通ってみたり、時にはわざと中に入って泥をはねさせ、しまったという顔をする。


「……ラティナ、気をつけろよ。結構滑るんだからな」

「うん。だいじょうぶっ」


 そう答えた瞬間だった。


 ラティナはこけた。

 足元の水溜まりに足を滑らせて、べちゃんと。それは見事なこけっぷりであった。


「っ!!」

「………………いたい……」

 足を滑らせた瞬間足首をひねったらしく、困った顔をしたラティナは、立ち上がる事が出来ずに泥の中に座りこんでいた。

「うわあぁぁ……だから言わんこっちゃない……」

 デイルは直ぐに手を伸ばして彼女の足首に回復魔法を使う。

 それで怪我は直ったが、泥にまみれて雨水の吸い込んだ衣類はどうすることも出来ない。雨の中のこの状態では着替えさせることも難しい。

 デイルはラティナを馬に乗せると、移動のスピードを上げた。


 故郷までの道程だ。

 デイルはこの辺りの地理にはそれなりに詳しい。点在する小さな村の位置だけでなく、猟師などが利用している小屋の位置。また、自然に出来た洞窟などの場所もある程度は把握している。

 ここから一番近くで雨宿りが出来る場所は、街道から少し反れた位置にある小さな洞窟だろう。

 元々今日の野営の場所として考えていたところだ。

 少し急ぎ足で向かうしかない。


 とはいえここは山の中だ。

 春先とはいえ冷える空気が体温を奪う。

 足場の悪い道を急ぐデイルが、ラティナが小さく震えたのに気付かなかったのを責めることは出来ないだろう。そして、気付いていたとしても対処の仕様もなかったのだから。



 目的の洞窟に辿り着いた時、ラティナは震えながら顔色を青くしていた。

「ああぁぁ……俺は、薪に出来るもの探してくるからな。濡れた服脱いで、体拭いたら毛布にくるまっているんだぞ!」

「うん」

 そう答えたラティナだったが、再び雨の中に向かうデイルを見送った後で、(ブラオ)の側に近付くと、もそもそと荷物を下ろし始めた。いつもデイルがやっているように、(かれ)の負担を軽くするための行動をなぞっていく。

 その後で、ようやく服を脱いで濡れた下着を換えると、毛布にくるまった。雨対策がされて乾いたままのそれに包まれると、ほっとする。地面から伝わる冷気までは遮る事が出来なかったがそこは我慢するしかないと考えた。


「ふあぁぁ……」

 ぽやんとする。ラティナはころんと横になった。

 デイルが戻って来て、濡れた枝を『水』属性魔法で表層の水分を払うことでなんとか薪の役目を果たせるようにし、火をおこした頃には、彼女はすでに熱っぽかった。


 この一連の行動が原因で、彼女は風邪をひいたのだった。


「あんまり良い宿泊場所じゃねぇけど……明日も一日休むからな……次の村まで距離がだいぶあるんだ」

 デイルはそう言って雨の様子を見ている。


 彼は戻って直ぐに、毛布などを包んでいた防水性の布を地面に敷くと彼の着替え等の荷物をその上に敷き、毛布にくるまるラティナをそこに移動させた。

 近くに焚き火をおこし、汚れたラティナの服を外で、魔法で水の球をぶつけるという手段で大雑把に洗う。

 ラティナの服を荷物から取り出して着せた。普段なら自分で全てやろうとするラティナだが、ぼんやりとした表情でされるがままになっていた。

 その後すぐとろとろと転た寝をはじめた。あまり体調を崩さないラティナは、逆に言えば体調を崩すということに耐性が少ないとも言える。



 それがもう昨日の話だ。

 翌日である今日は、雨はまだ降っているし、ラティナはやはり風邪をひいたようだしで、無理をさせたくないデイルは足止めされることを選んだ。


「デイル……ごめんなさい……」

「はしゃいで失敗したことなら、次から気を付ければ良い。風邪をひいたことは謝ることじゃねぇ。そうだろ?」

「うん……」

「早く良くなると良いな」

 デイルは微笑むと、ラティナの額に手のひらを滑らせる。

 昨日は熱い感覚を覚えたが、平熱まで落ち着いた様子に安堵する。この状態なら、無理さえさせなければ大事には至らないだろう。

「ごはん……ラティナのしごとなのに……」

「病気の時は甘えて良いもんなんだぞ」

 鍋で粥を煮るデイルに、しょんぼりとしたラティナが呟けば、彼は堪えきれずに小さく吹き出した。

 こんな状態なのに、甘えることより、仕事が出来ないことを残念がるのは、彼女らしくはあるが少しずれている。


 獣人族の村でもらった塩漬け肉を味付けにも使ったスープに、干し野菜を砕きながら入れて煮込み、チーズと堅焼きパンを入れた、残念ながら見た目はあまり良くないパン粥が本日の食事だった。

「風邪の時は温かいもん食って、しっかり休んで、いっぱい甘えて良いもんなんだ」

 と言いつつ、デイルは自分で作った食事を口にして、少し微妙な顔になる。

 不味くはないし、本来野営の食事などこんなものでも上々のものだ。だが、微妙に何かが足りない感じがする。

(……いつの間にか……口が肥えていた……)

 ラティナが作る『野営にしては上等な食事』に慣れてしまっていたらしい。

 同じ材料を使っても、ラティナならもう少しうまく調理する気がする。


 それなのにラティナは一匙粥を口に運ぶと、微笑んだ。

「おいしい」

「いや……おいしいかは……ごめんなぁ……」

「おいしいよ」

 自分の作った物の評価は自分でもわかっている。そんなデイルが苦笑するが、ラティナはそれを首を振って否定する。

「デイルがつくってくれたんだもん……すごくおいしいの」

 焚き火の赤い光に照らされた彼女の顔は、幸せそうな優しい笑顔だった。


「……でも、これはおいしくない……」

「薬は旨いもんじゃねぇからなぁ」

 食事の後に差し出されたデイルが煎じた薬湯に、ラティナははっきりとがっかりした顔をする。

 一口すすって眉をしかめる。

「にがい……」

(……一度で、一息に飲んじまった方が楽だと思うんだけどなぁ……これも職業病なのか……?)

 少しずつ味見をする様子で飲み進めるラティナの姿に、デイルは内心で首を傾げた。


 後で聞いてみたら、ただの癖であったらしい。一息で飲むことを勧めれば、「その手があったか!」的な顔をしていたのだから。



 翌朝目を覚ましたのは、洞窟の入り口から日の光がさしこんでいるのに気が付いた時だった。

「雨やんだね」

「そうだな。でも、まだ足場は悪いから気をつけるんだぞ」

「うんっ」

 薄く日のさす淡い青空を見上げて笑うラティナは、全快とまではいかないが、動けるまでには快復したらしい。

(次の村で……少しゆっくり休ませるか……)

 デイルはそう考えながら出立の準備をする。


 昨日は足止めとなった為か、歩けるのが楽しそうな(ブラオ)は足取りが軽い。

 ラティナを少し厚着をさせてその背中へとのせると、少々不満気な顔をした。

 どうやら自分で歩く気満々だったようだ。


 いつも通りのラティナの姿が戻って来ていることに、デイルは安心したように微笑むと、泥でぬかるむ道へと戻っていった。




次話で目的地につきます。

療養の話は……書くほどネタにならなかったので……

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