踊る虎猫亭の人々、幼き少女の手紙を受け取る。
今回ちょっと短いです。
リタへ。
お元気ですか? おなかの赤ちゃんの様子はどうですか? ケニスやお客さんたちも変わりないですか?
わたしもデイルもとても元気です。とてもじゅんちょうだってデイルも言っています。
わたしは、クヴァレを出てじゅうじんぞくの村に来ています。デイルの親せきのお家なんだって。親せきって何? って聞いたら、かぞくのかぞくだって教えてもらったの。デイルのかぞくってたくさんいるんだね。
ここまで来る途中も、いっぱいいろんなものがあったよ。
ピンクのお花が木にいっぱい咲いてるのも見たよ。デイルとサンドイッチ食べながら休けいしたら、花びらがヒラヒラしてきれいだったの。リタにも見せてあげたかったな。クロイツにもあればいいのにね。
それにね…… …… ……
「ありがとう」
配達員が持って来た手紙を受け取って差出人を確認すると、リタは受け取りのサインをした。
モスグリーンのカバンを肩に掛けた以外は、普通の冒険者と大差のない格好の青年が、サインを受け取り営業用の笑顔を向ける。
「いえ。今後とも宜しくお願いします」
モスグリーンの肩掛けカバンと『羽の付いた封筒』の意匠は、最大手の手紙の配達員組合のトレードマークだ。
『央』属性の魔術適性はあるが、たいした能力を持たない者の最大の就職先でもある。
彼らはその魔術で鳥--魔力の強さにより、種類は様々で、魔力が強いものは『魔獣』の一種を選ぶ時もある。--を調教、使役して手紙を運ぶという業務を執り行っている。
クロイツやクヴァレのようなそれなりの規模の町には集積所である支店があるので、そこに持って行って配達の依頼をすれば、国交のある国などの制限はあるものの、かなり広い範囲の配達をしてもらうことができる。
獣人族の村のような小さな村の場合は、定期的に訪れる配達員が来るのを待ち、そこで頼むのが基本的なスタイルだ。
リタは厚みのある手紙を慎重に開ける。
そこには更に二通の封筒が入っていた。それなりの料金がする手紙の配達代を節約する為に、ラティナはリタとクロエへの手紙を同梱して一括で送っている。
そのあたりラティナはしっかりしていた。
「ケニス。ラティナからの手紙が来たわ。仕入れの時お願いしていい?」
「ああ。わかった」
そしてその手紙を、東区に仕入れに行くついでにケニスがクロエの家に運んでいる。
「旅は順調みたいね。……まぁ、ゆっくり進んでいるのは想定通りかしら」
「今何処だって?」
「この日付で……獣人族の村って書いてあるけど?」
「ああ。確かにデイルの親戚がいたな……あの先、人家も少なくなるし、ラティナが居るなら泊まっていくな……」
軽く手紙に視線を滑らせて、ケニスはひとつ頷く。
「勿論、あいつ一人で行くのよりは遅いけどな……出発前に検討したのよりはだいぶ早いな。ラティナがそれだけしっかり歩けてるって事だろう」
デイルは出発前にケニスと行程の検討を重ねていた。
彼一人では何てこともない道のりも、ラティナという子どもを連れてだと予想が難しい。
経験豊富なケニスに助言を求め、護衛の依頼時を基準に日程を計算しておいた。
食料等も多目に運んでいるのはそのためだ。
「ラティナ……楽しんでいるみたいね」
くすりと柔らかい微笑みを浮かべて、リタは便箋をゆっくり読んでいく。普段の書類仕事の際は、あっという間に読み終えてしまう分量の文字を、大切にいとおしそうに眺めていた。
そんなリタの様子を見るケニスの表情も柔らかい。
「ラティナがいないと、こんなに静かになるなんて思わなかったわね」
「……すぐに、静かなんて言ってられない状態になるぞ」
「そうね」
妻の膨らみが目立ちはじめた腹部に視線をやってケニスが言えば、リタも笑った。
「ラティナは良いお姉ちゃんになってくれそうよね」
「そうだな」
「店もずいぶん静かだしね」
リタがそう言えば、ケニスは今度はため息をついた。
「あいつら現金にもほどがあるよな……売り上げにも出ているだろう?」
「ラティナが手伝ってくれる前に戻った感じかしら」
帳簿の管理もしているリタが苦笑する。
『踊る虎猫亭』はクロイツの冒険者の拠点となる店という特徴から、常連客の冒険者は古参の者や、それなりに名の売れた実力者ばかりだ。新参者は店に揃うそうそうたる面子に萎縮しがちだった。
ケニスの料理や、値段の安さも売りだが、今はそれに加えて可愛らしい『看板娘』も売りになっていた。
愛らしいラティナの姿は、新人の冒険者にとっては、店の強面たちとの緩衝材になってくれていたのだ。
ラティナが旅に出た後は、新人連中の足は重くなり、常連連中もまたあっさり長居をすることなく帰って行く。
ラティナは当人の働き以上に、『踊る虎猫亭』の売り上げに貢献していたのだった。
「デイルもラティナが来て変わったけど……この店もだいぶ変わったわね」
「そうだな」
「ラティナに調理の方も任せられるようになるんじゃないのかしら」
「そのうち昼の営業は任せられるようになるかもな」
ケニスの言葉にリタも微笑む。
「それは私たちが思っているより、早いかもしれないわね」
日々成長をするあの子は、今も様々なものを見て、感じて、大人に近付いているのだろう。
きっと素敵な女性となるに違いない彼女の成長が、ケニスとリタにとっても楽しみになっていた。
…… …… …… 旅はとっても楽しいです。
でもね、リタやケニスに旅のお話をいっぱいできることが、今からすごく楽しみなの。
リタとケニスに、いってらっしゃいって見送ってもらえたのがすごくうれしかったの。
ただいまって言えるところがあって、おかえりなさいって言ってもらえるから、わたしは旅をね、本当に楽しいって思えるんだよ。
これからもデイルの言うことを聞いて、注意も忘れないようにします。
ちゃんと元気でクロイツに帰るからね。
リタも体に注意してね。赤ちゃんもね。
ケニスとお客さんたちにも伝えてください。
ラティナ
かさり。と小さな音をたてて丁寧に畳まれ封筒に納められたラティナからの手紙を、リタは、引き出しの中にそっと仕舞った。
「馬鹿なこと言わなくても良いのに……」
ちゃんと「おかえりなさい」くらい言うに決まっているじゃないか。
「あなたが帰ってくる場所は、クロイツだけなんでしょう?」
あの子がそう思ってくれていてくれる間は、ここがあの子の『家』で帰ってくる『場所』だ。
「気をつけてね……」
リタは小さく呟いて、『緑の神』への祈りの文句を口の中で唱えた。
次話もクロイツのメンバーの話となります。