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幼き少女、自分の枷を青年に告げる。

 その言葉を聞いた瞬間、ラティナの身体がびくりと跳ねた。

 からんと大きな音をたてて、匙を落とす。彼女がこのように不作法をするのは珍しい。


「……? ラティナ?」

「……」

 下を向いたまま彼女は動きを止めていた。

 デイルの問いかけにも答えない。彼は彼女の突然の変調の理由に見当が付かなかった。

「どうした?」

「……なんでもないよ。だいじょうぶ」

 重ねた問いかけに、取り繕った表情を向けてラティナは再び匙を拾った。そのまま黙々と食事を再開する。

 その後食事を終えるまで、ラティナは無言のままだった。


 リビングの一角を借りて、就寝の仕度をする間もラティナは物静かだった。快適な寝床とまではいかないが、天候や外敵を気にせず暖かい場所で休める事は、野営が続いた後ではありがたい。

 毛布にくるまったラティナがデイルの背中にこてん。と額を押し当てる。

「大丈夫かラティナ?」

「……ラティナ、だいじょうぶだよ」

 繰り返した言葉にデイルはため息をつく。

 本当にこの子は我慢強く、弱音を吐こうとしない。

 身体を捻りラティナの方を向くと、毛布ごと彼女を抱きしめた。ぽんぽんと背中をなだめるように叩きながら横になる。

「デイル?」

 デイルは自分にも毛布を引き上げながら微笑む。彼女は自分の傍にいること自体に安心を感じている。そのくらいの事はデイルも重々承知しているのだ。

 ならば自分は、不安になった時の彼女を支える存在であれば良い。

 その思いが伝わったのか、ラティナはデイルの腕の中で目を閉じながら呟いた。

「デイル……ラティナと一緒にいてくれる?」

「ああ」

「それならね。……ラティナ、本当にだいじょうぶなんだよ」


 彼女が寝息をたてるのを見守りながら、デイルはラティナの怯えた理由を考えていた。

 彼の衣服をぎゅっと掴んで眠りにつくのは、出会った頃よくみられた行動だった。不安の現れなのだろう。

 最近のラティナは甘えたり、隣で眠る事を求めても、ここまで不安そうな姿ですがりつく事はなかった。

紫の神(バナフセギ)……」

 ラティナの様子がおかしくなったのは、彼の神の名が出た瞬間からだ。


(じゃあ……もしかしたら……ラティナが故郷を追われたのは……)


 クロイツには『紫の神(バナフセギ)』の神殿はない。

 それは神殿が、元々『加護』を持つ者が運営する施設であるという事が関係している。

紫の神(バナフセギ)』の『加護』は『人間族』にはほとんど現れない。人間族の街であるクロイツには、その為に神殿が存在しないのだ。人間族の中での信仰も薄い。恩恵に与れる機会が少ない分、どうしても他の神々に比べて印象が薄い存在になりがちだ。


 だが、『他の人族』にとってはそうではない。

紫の神(バナフセギ)』の『加護』は、未来の一部を垣間見る事が出来るという独特の物だ。

『何を見る事が出来るか』には加護の強さによって差がある。

 それでも『天候』や『災厄』を事前に察知することが出来る存在が、元々絶対数の少ない『他の人族』にとって、自分たちの身を守る為にどれだけ重要な存在であるかは考えるまでもない。


紫の神(バナフセギ)』の祭司の言葉は重い。

 おそらく『他の人族』にとっては、他の『神々』の祭司の言葉よりもずっと。


 そうわかっていても呟かずにはいられない。

「……人の未来なんて、高位の祭司でも、曖昧にしか読めねぇもんだぞ」

 そっと何度も何度も彼女の背中を撫でる。

「解釈の仕方で、幾らでもひっくり返る筈だ……なんでお前の故郷のやつらは、そんな曖昧な物で、お前の運命を決めつけたんだろうな……」

 デイルの呟きには、苦しそうな哀しそうな響きが含まれていたのだったが、夜闇の静寂の中、聞く者は誰もいなかった。



「気をつけろよ」

「期待して待ってて良いぞ」

 朝靄の中出掛けて行くヨーゼフを見送るデイルの隣には、ラティナがぴたりと寄り添っている。

 まだ普段の彼女が起きる時間よりずっと早いのだが、デイルが身体を起こした途端、ラティナも慌てたように跳ね起きてしまったのだ。

 デイルは苦笑を浮かべたが、何も言わずにラティナを撫でただけだった。



 ウーテが朝食に用意した麦の粥も、普段のラティナならばクロイツでは見かけない調理法だと、目を輝かせる筈のものだろう。それなのに、静かに無感動に食事を進めている。

 何か(・ ・)から隠れているように。見付からないようにひっそりと息を殺して、恐ろしいものをやり過ごそうとしているようだった。


「あてぃあ? おいち?」

 空気を変えたのは、幼い子どもの無邪気な笑顔だった。

 匙をラティナへ差し出して、にこぉっと笑っている。残念ながら匙の中身はその行動の過程で大半がこぼれおちてしまっていたが、マーヤは気にしていないようだった。

「……マーヤちゃん。うん、おいしいよ」

 ラティナがまたもや取り繕ったように微笑むと、マーヤは不思議そうな顔になった。そして悲しそうな顔に変わる。

「あてぃあ、いたいいたい?」

「っ!?」

 ラティナが驚いたような顔になったのと、マーヤがくしゃりと泣き顔になったのは同時だった。

「いたい?ふぇっ、えっ、えっ……」

「マーヤちゃん?」

「うえぇぇあぁぁぁっ!」

 ラティナの驚愕は、突然マーヤが泣き出した事に移行する。おろおろするラティナは、デイルにとっては新鮮だ。


「え? マーヤちゃん……どうして?」

「小さい子どもってのは、周りの感情に敏感だからねぇ」

 ウーテは慣れた様子でマーヤを抱き上げると、号泣する我が子をあやし始めた。呆然とするラティナへは少し困ったように微笑む。

「ラティナちゃんも、泣きたい時はちゃんと泣いとくべきだよ。痛い時も、苦しい時も、怖い時もね。子どもってのは大人にそんくらいの事はして良いんだから」


 呆然としていたラティナの顔が、違う感情に揺れる。

 大きな眸が潤み、あっという間に堪えきれなくなったように大粒の涙が溢れる。

「っ! うあっ、あっ……」

 デイルが黙って隣に立ち、いつものように頭を数度撫でると、ラティナは嗚咽をあげながら彼に抱きついた。


 少女二人分の泣き声はしばらくの間、響いていた。



 マーヤは泣き止むとすぐに元の調子を取り戻し、冷めてしまった朝食を気にした様子もなく完食した。

 ラティナは流石にそう単純にはいかないらしく、泣き腫らした顔のまま、今はウーテが淹れたハーブティーをすすっていた。

「……すみません。ありがとうございます」

「いいよ。ラティナちゃんが何に恐がっているのかはわかんないけどね。一度泣いてすっきりした方が良いことも多いだろう? こんなに小さな子なんだ。頑張り過ぎないことだよ」

 デイルには獣人族の表情は読み難いが、声の調子からきっとウーテは微笑んでいるのだろう。

「ウーテさん……ごめんなさい……」

「謝ることじゃないよ。子どもってのは迷惑かけるのが仕事なんだからね」

 ラティナにもそう言っている。

 獣人族の容姿の件はデイルにはわからない事だったが、

(ヨーゼフは本当に良い人を嫁に貰ったんだなぁ……)

 そう心の底から思う。


「デイル……」

「ん?」

「ラティナね、こわいの」

「……そうか」

 ぽつりと漏らした彼女の弱々しい声を、ただデイルは静かに受け止める。


「ラティナ……悪い子(・ ・ ・)なんだって、だからもう、生まれたところには帰っちゃいけないんだって……ラティナ、そう『よげん』されたんだって……」

「ラティナ……」

「かぞくはね、違うって言ってくれたの。ラティナ、悪くないって。……でもね、でもね。ラティナのせいでラグ死んじゃったんだよ。ラティナといっしょにいてくれたから……っ」

 再び潤んだ眸をデイルに向けて、それでもラティナは言葉を続けた。

「『よげん』通りなの。ラティナきっと、悪い子(・ ・ ・)なんだよ」

「……ラティナは『予言』の詳しい内容は覚えているのか?」

 デイルの問いに、しばらく考えてラティナは小さく首を振った。

「わかんない……まわりの人にいっぱい言われて……すごく怖かったから……」

「そうか。……家族はラティナは『悪くない』って言ったんだろ?」

「うん」

 デイルは微笑んでラティナの額にこつんと自分の額を付ける。驚いたラティナの灰色の眸に、自分でも知らなかった慈愛を滲ませた表情の自分が映っていた。

「『神のことば』は人には難しい物だ。人の運命を読み取るみたいな高位の『予言』なんてものは特にな。だからな、ラティナの家族が『ラティナは悪くない』って言った言葉の方が正しかったのかもしれない」

「え……?」

「少なくともラティナの家族は、『予言』の言葉をそうは捉えなかったんだ。ラティナのことを悪いと完璧に断言する『言葉』じゃなかったんだよ」


 デイルの言葉に、ラティナは本当に驚いたようだった。そんな可能性を彼女は今の今まで考えたことがなかった。

「デイル……」

「多分ラティナより、俺の方が『加護』については詳しいと思うぞ……ラティナには『加護』はないだろう?」

「うん」

「……俺には『加護』がある。紫の神(バナフセギ)のものじゃ無いけどな。……でも『加護』がどんなもんかは良く知っているよ」


 デイルをじっと見ながらラティナは小さく微笑んだ。

「デイルがかみさまみたいだよ。……デイル、いつもラティナを助けてくれてる。ラティナの欲しい(・ ・ ・)もの(・ ・)いっぱいくれる……デイルに会わせてくれたのが『かみさま』なら、ラティナ怖がらなくても良いのかな……」


 --『加護』を持っていても、あまり信心深くは無い自分だが、たまには祈りたくもなる。

 この子が幸せになれるように。健やかでいられるように。

 自分とこの子を出会わせてくれたのも、『神』の導きであるのなら。

おかしい……獣人族の村では、『娘』がもふもふを堪能する様子を書くだけの筈であったのに……何故深刻な空気になっているのだろう……

次話はもふもふするだけです。今後こそ。


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