幼き少女、獣耳に興味を奪われる。
七種存在する『人族』は、互いに子孫を残すことができることからも、広義では同じ種の存在である。
だが、それでもそれぞれに大きな特徴を持っており、『性質』が遠い『種族』では『血が混ざる』ことなく、父親と母親どちらかの『種族』として子どもは誕生する。
遺伝情報を受け継がないということでは無い。
例えば『水鱗族の母親』と『人間族の父親』の間には、『水鱗族』か『人間族』の子どものみが産まれる。また、母親側の種族が産まれる割合の方が高くなる傾向があらわれる。
だが、『父親似の水鱗族』や、『母親似の人間族』のように種族以外の点では両親の性質は交ざり合う。
『性質』が近い『種族』は、それ以外に『混血』と呼ばれる存在が産まれる。
『人間族』と『獣人族』の場合は、『人間族に近い外見に、獣耳と尾という所に獣人族の特徴を残す』といったように、互いの種族の性質が交ざり合う。それら二つの種族の特徴を持つ者のみを『混血』と言い表すのだ。
そんな話を聞いている間も、ラティナは目の前のぴこぴこ動く獣耳が気になって仕方ないようだった。
血の繋がりはあるとはいえ、遠い親戚だ。デイルと似た容姿ではない。強いて言えば耳や尾の先端に茶色を残して黒髪となっている。そんな毛色位のものだろうか。
「だから、俺みたいな奴が居るわけだ」
相好を崩しながら彼はそう言った。
「それにしてもヨーゼフ……お前また少し太ったんじゃねぇのか?」
デイルの言葉にも全く動ずることなく笑っているのは、名をヨーゼフ・ビュンテという、中年の『人間族と獣人族の混血』の男性だった。ふくよかで、腕も腹回りもたっぷりとしている。元より細い目がより細く見えるのは肉付きの為でもあるだろう。
短く刈り込まれた黒髪の頭から三角の耳が生えていた。
「幸せ太りだ。仕方ないだろう。ほら、可愛いだろう」
『親バカ』に負けじとヨーゼフは笑う。その腕のなかには幼い獣人族の子どもが抱かれていた。黒いモフモフの毛玉のようなこの子は、ビュンテ家の待望の第一子であった。
「って言われても……人間族の俺には獣人族の見分けは……」
そんなデイルの呟きを背景に、ラティナは手を伸ばして眠る幼子を撫でる。
「かわいい女の子だね」
「そうだろう、そうだろう」
「目もとはおかーさんに似てるけど、顔はヨーゼフさんに似ているね」
「そうだろう、そうだろう」
満足そうなヨーゼフをちらりと見て、デイルは複雑そうな顔をする。
「えーと……ラティナ?」
「ん?」
「……獣人族の見分けつくのか?」
「ん?」
デイルの問いに、ラティナは不思議そうに首を傾げている。
人間族のデイルにとって、獣人族は毛色や体格で見分けることは出来ても、顔だけでは男女の区別も付ける事は出来ない。
「だって、みんな違うよ?」
「そうか……わかるのか……」
予想外の所で、魔人族の凄さを感じた。
「おくさん、きれいなひとだね」
「そうだろう」
ラティナがそう言ったヨーゼフの妻は、生粋の獣人族だ。
白い毛並みが艶やかなのはわかるし、少し青灰がかった色が手足に入っているのは珍しいな、とデイルは思う。だがそれだけだ。
「でもマーヤちゃんは、びじんさんより、かわいいって感じの女の子になるね」
にこにこしながらラティナは言っているが、正直デイルには見分けは全くつかない。黒い毛並みもあって男の子かなぁと漠然と思っていた位だ。
「本当、凄ぇな……」
「そういうお嬢ちゃんも、良い毛並みだなぁ」
わしわしとラティナの頭を撫でながらヨーゼフが言う。
(褒める所そこなのか。獣人族的には……)
異文化コミュニケーションって難しい。
ヨーゼフが家族と暮らす小さな家は、村の北外れにあった。
リビングダイニングと居室のみの二部屋のシンプルな間取りとなっている。この村では平均的な家屋だ。
木のぬくもり溢れる室内に、一枚板のテーブルが存在を主張するリビングは、物が色々とあって雑然としている。
だが不快感を感じないのは、それも含めて日々の生活の一部であるからだろう。
「お前がここに寄ったって事は、『村』に帰る途中だろう?」
「ああ」
デイルが手土産に持参した、クロイツから持って来た酒瓶とクヴァレで求めた干し魚を、妻のウーテに渡しながらヨーゼフは言った。
「婆さんは元気か?」
「死んだって話は聞かねぇからなぁ……前貰った手紙では、まだまだ親父に当主は任せられないって、カラカラ笑っていたらしいぞ」
「『らしい』な」
「だろう?」
男二人の会話にラティナはあまり興味を持てなかったらしい。
彼女は眠るマーヤの姿を眺めたり、キッチンで作業をするウーテの様子を伺ったりしている。
余所の家であるから手を出さないようにしているらしいが、獣人族の暮らしぶりにも田舎の生活にも興味津々である様子だった。
ウズウズしている。
そんなラティナの姿に気付いたウーテが、微笑みかけながら招くと、待ってましたとばかりに近付いていく。
「ふあぁっ」
ウーテが手慣れた様子で山菜の下拵えをする姿に、目を丸くする。
「これ、どうやって食べるの?」
「この辺りだとよく食べるんだけどね、珍しいかな」
「クロイツの近く、山ないから」
「ああ、そうだね」
ウーテのやり方を見よう見まねでラティナは真似る。
彼女の手つきがしっかりしていることに、ウーテは目を見張る。ラティナは実年齢より幼くみえがちだし、この年代の子どもと比べて家事が出来る方だ。
一度手伝いはじめれば、ラティナはじっとしている方が苦痛であるらしく、ウーテの後ろをちょこちょこしながら仕事を探している。
自分の領域であるキッチンを他人に触られる事を嫌がる女性も多いが、その点では幼いラティナは得だ。
彼女のような小さな子どもが、笑顔で働く姿は微笑ましい。
テーブルの上に木の皿と、肉を香草とともに煮込んだシチューが並んだのは、デイルとヨーゼフの会話が最近の王都の噂話に移った頃だった。クロイツでは見ない色のパンが添えられている。
その匂いに反応してヨーゼフの腕の中ですやすや寝ていたマーヤの鼻がひくひくと動いた。母親のウーテと同じ緑の眸がぱちりと開く。
しばらくぼんやりした後で、知らない人間がいることに驚いた様子だった。
「っ!」
不安そうにぎゅっとヨーゼフに抱きつく。
うむ。と彼は頷いた。
「どうだ。可愛いだろう」
「何を言う。ラティナだって相当の物だ」
負けじとデイルは、山菜の和え物の入ったボウルを運ぶラティナを指し示す。
「ん?」
急に話を振られたラティナは、きょとんとした顔をした。
「こんにちは、マーヤちゃん。ラティナだよ」
「うー? あてぃあ?」
「こんにちは」
そんな会話をしていた時は緊張気味だったマーヤであったが、ほどなくして彼女はすっかりラティナに慣れた。
そしてまた、ラティナも小さなマーヤに夢中の様だ。
今も覚束ない手つきでシチューを食べ、べたべたになったマーヤの口の回りを拭いたりと甲斐甲斐しく世話を焼いている。
今までクロイツでは、『世話を焼かれる』事が多かったラティナにとって、『お姉さん』であるというのは重大な事であるらしい。
「可愛いなぁ」
(うちの娘)
「可愛いだろう」
(うちの娘)
そんな少女二人の睦まじい姿に、男二人がうんうんとしたり顔で頷き合う。ウーテは気にする様子も無く食事を進めていた。
ツッコミ不在であった。
皆幸せであるから、文句は出ない。
「ウーテさん。シチューおいしい。何のおにく?」
「『イノシシ』だよ。この辺り多いからね」
「へえー……」
ラティナは匙を口に運んで、大きな肉のかたまりを咀嚼している。
香草はあくまで風味の為といった分量で、メイン食材は肉であると主張しているような料理だった。
ラティナは幸せそうに食事をしているが、この面子の中では一番の少食だった。まだ言葉もおぼつかないマーヤだが、ラティナと同じくらいの量のシチューをもりもり食べている。
ウーテやヨーゼフに至っては、ラティナとデイルの分を合わせた以上の量を食べていた。獣人族は総じて大食いの傾向があるのだ。
「お前等、明日出るのか?」
「一応そのつもりだが、なんかあるのか?」
「明日は村の男連中で狩りに出る。うまくいけば余剰の保存肉だとか持たせてやれるぞ。その後にしとけ」
「そんなに大掛かりな狩りなのか?」
デイルが尋ねた問いに、なんてことも無いようにヨーゼフは答えた。
「紫の神の巫女さんのお告げが出たからな」
ケモミミ中年親父のメタボ腹をぷにぷにする『娘』の姿が浮かんできたのです……誰得かとかは考えていません……浮かんでしまったのですから……
こんな残念仕様ではありますが、今後もお付き合い頂ければ幸いと存じます。