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幼き少女、銀の腕輪を見る。

 ラティナの様子に、デイルは店の人間に頼み紙とペンを借りた。

 それを渡されたラティナは、真剣な顔で銀の腕輪の中の文字を書き写していく。

「腕輪に書いてあるの、みんな同じなの?」

「そうですね……少し地域によって祝福の言葉は違うかもしれません。けれどもあまり大きな差はないはずですよ」

「そうなの」

 こくん。と頷き、書き写した文字と腕輪を見比べている。

 そのうちラティナは少し悩みながら紙の片隅に文字を綴り始めた。

「ラティナ……これは?」

「ラティナの腕輪に書いてあったの……こんな感じだったの。ラグ(・ ・)の名前かなあ……」

「見せて頂けます?」


 グラロスにラティナは紙を渡す。彼女はしばらくラティナの書いた物を眺めて考えていたが、その後隣に文字を書き付けた。

「こう……だったのではありませんか?『スマラグディ』--翠の石を意味する言葉です」

「スマラグディ……ラグの名前?」

 ラティナは聞き慣れない単語に首を傾げているが、グラロスは「恐らく」と頷いた。

「魔人族は幼子に名を略して呼ばせることもあるのですよ。あなたのお父様は、幼いあなたに、略称のみを教えていたのかもしれませんね」

 

「ラティナは、『一の魔王』の国……ヴァスィリオの生まれなんだな」

「恐らくそうではないでしょうか……『三の魔王』や『六の魔王』のもとにも大きめの集落はありますが……このような習慣はないはずです。私も母より聞かされた限りですけれど」

「『三のまおう』? 『六のまおう』?」

 ラティナが首を傾げたので、デイルが補足の説明をする。

「『三の魔王』は別名を『海の魔王』。東の辺境で『水鱗族』と共存関係を築いているらしい。『六の魔王』は『巨人の魔王』。魔人族の中でも大きな体格を持つ一派で……同族の者を眷属として、定住せずあちこちを放浪しているって聞く」

「ふぇぇ……」

「そうですわね。後は本当に小さな集落が点在するだけだとか。そこまでいくと魔人族の私でも詳しくは存じあげません」

 グラロスがそう言った時だった。


「でも……『一のまおう』いるの?」


 突然、ラティナは二人にそう問いかけた。

「え?」

「まあ……」

 デイルは呆気に取られ、グラロスは驚いた顔をする。


「え? ……『一の魔王』の国なら……いるんだろう?」

「そうなの? 『一のまおう』、『二のまおう』に殺されたんじゃないの?」

 ラティナはそう言って、不思議そうに首を傾げている。

 デイルがグラロスを見れば、彼女は驚いた顔のまま頷いた。

「よくご存じですね……こんなに小さいのに」

 感心したように嘆息して言葉を続ける。

「私が故郷を離れる前の出来事でしたわ。『一の魔王』が『二の魔王』により殺害されましたの。……その時だいぶヴァスィリオも荒れまして、私が故郷を出るきっかけになりました。もうだいぶ昔の話です。それ以降は『一の魔王』不在のまま、遺された魔族の方々により統治機構が維持されていたはずですわ」

「って事は……ヴァスィリオには今、『魔王』はいないのか?」

「ええ。『魔王』は人間族の王のように世襲制などではありませんから……」


「" *****、********、『**』*** "」

 グラロスの言葉を聞いて、ラティナが呟いた。デイルには聞き取れない早口の言葉だったが、グラロスは大きく頷く。


「そうですわね……他の『人族』のもとに、『神に愛されし覆す者』として『勇者』と呼ばれる存在が現れるように、私たち『魔人族』のもとには『神に選ばれし護られし者』--『魔王』が現れる」

「新しい『一のまおう』は……」

「神々がその時が来たと判断を下されたなら、魔人族(私たち)は新たな『王』を戴くのでしょう」


 デイルはそこまで話を聞くと、大きく息を吐いた。

「本当に人間族(俺ら)は『魔人族』のことを何も知らないな……『魔王』ってだけでこっち(・ ・ ・)では恐怖の象徴だ」

 デイルのそんな様子にグラロスは微笑を向ける。

「それは仕方がないことかもしれません。ヴァスィリオは他国と交流をほとんど持たない国。それに反して『厄災の魔王』は他国にも積極的に関わっているのですもの」

「『厄災の魔王』?」

「こちらではあまり聞きませんね……魔人族は、『魔王』の中でも、他者に悪意と害意のみを運ぶ魔王たちをそう称するのですよ」

「戦乱の魔王……『七の魔王』とかのことか?」

「ええ。後は……死と殺戮を愛する冥王『二の魔王』、疫病を運び病魔の化身である『四の魔王』などは、私たち魔人族にとっても、恐れられている存在なのですから」


 いつの間にか時間は過ぎて、『寡黙な鴎亭』の夜の営業時間が近付いてきていた。

 グラロスがそれに気付いたように周囲を見渡す。

「まあ……もうこんな時間。申し訳ありませんが、私もそろそろ仕事の準備に取り掛からねばなりません」

「いえ。こちらこそ、ありがとうございました。思っていた以上に色々な話を伺うことが出来ました」

 デイルは席を立つと、礼を言ってラティナを促した。

 彼女がちょこんとお辞儀をすると、グラロスが表情を緩めた。ラティナの頭をそっと優しい手つきで撫でる。

 ラティナはじっとグラロスを見詰めていた。


「ほら、行くぞラティナ」

「うんっ」

 デイルが『寡黙な鴎亭』の扉へと向かって行くのを追いかけて行く途中で、ラティナはピタリと足を止めた。反転してグラロスの元に駆け戻って行く。そして問いかけた。

「あのね……あのねっ……だんなさん……どうしたの?」

「…………」

 ラティナの言葉に少し沈黙したグラロスだったが、彼女はその短い時間の思考で眼前の少女の聞きたいことを察した。 静かな声で事実を告げる。

「……人間族としては、長く生きた方でしょう。最期まで……私が見送りましたわ」

「っ!」

 グラロスの返答にラティナは息を飲み、それでもそれが予想通りだとでも言うように、ぐっと感情を飲み込んだ顔をした。そしてもう一度問いを投げかける。

「……子どもはいるの?」

「残念ですが……魔人族は子どもが授かり難い種族……それが他の人族(・ ・ ・ ・)との混血であれば……ますます難しいものになるのですよ」

 グラロスはそう答えて、目の前の人間族の中で暮らす少女をもう一度撫でた。魔人族が人間族の中で暮らすのには、習慣や生まれ以外にも困難が伴うことをグラロスはよく知っている。


「あのね……ね……だんなさんと出会えて……幸せだった?」

「……ええ」

 グラロスは微笑んだ。だからこそ彼女は今でもこの町で暮らしているのだから。

 夫と共に暮らし過ごした、この港町で。彼が好きだった曲を奏でているのだから。

「ちゃんと私は、幸せですわ」

「……それなら、良かった」

 ラティナが泣き顔を堪えるようにして微笑んでみせると、グラロスは彼女をそっと抱きしめた。


 自分と夫の元に子どもが授かっていたならば、こんな風に幼子を抱きしめる時もあったのかもしれない。


 そんなことを想いながら。



 並んで歩きながら、デイルはラティナを眺めていた。

 最後にラティナがグラロスの所に戻って何を聞いたのか、彼は知らない。

 けれども彼の隣を歩くラティナは、ぎゅっと力を込めて彼の手を握っている。命綱でもあるかのように。離したら、失ってしまうのではないかと恐れているように。

 せっかくの町の風景も、目に入らないまま、下を向いて。


 --だから(デイル)


「きゃっ!?」

 急に視界が反転して、ラティナは驚いたように声を上げた。大きな灰色の眸をぱちぱちとさせる。

「デイル?」

「ん?」

 デイルはラティナを抱き上げていた。彼女がもう少し幼かった頃は毎日のようにこんな感じで過ごしていたというのに、本当にずいぶんと久しぶりだった。

「重くなったなぁ……」

「ラティナ、赤ちゃんとちがうよっ? 歩けるよ」

「赤ちゃんじゃないけどな。ラティナはもっと俺に甘えて良いんだよ。俺の可愛い、可愛い大事な女の子なんだからさ」

 ぽふぽふと頭を撫でて、そのまま歩く。

 ラティナはすぐに大人しくなって、デイルの首に腕を回してしがみついた。彼女にとって、この場所は確かに慣れ親しんだ位置だった。


 視界が高くなると、それだけで風景は異なって見える。


 下を向いたとしても、それは今までの地面とは違った距離の、異なる景色になっていた。


「デイル……」

「ん?」

 彼の耳にラティナは小さな、想いを込めた声を囁き入れた。

「いつもありがとう……だいすき」

 --と。


 雲の切れた合間から、一番星がきらりと光っていた。



37話にして……ようやくタグの『勇者』の単語が出ました。

相変わらずゆるゆると話は進んで参ります。

今後もお付き合い頂ければ幸いと存じます。

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