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幼き少女、同郷のひとと会う。

 荷物の中から、少し良い服を取り出して着替える。


 それはこれから二人が向かう場所が、高級店という程では無いものの、いつも立ち寄る大衆食堂よりは幾らかグレードの高い店であるからだった。

 全く居ないという訳では無いのだが、旅装や冒険者の持つ物騒な武器を携えた姿だと悪目立ちするだろう。


 宿の人間に話を聞いたところ、この近辺で一番のお薦めのレストランを教えてもらうことができた。新鮮な魚介類を、店が専属で抱える楽団の演奏を聴きながら楽しむことの出来る店だそうだ。値段以上の特別感を味わえ、魚料理も港町の人間を満足させている良店であるという。



 夜風は体に毒だからと羽織るケープはいつも通りだが、ラティナはお気に入りのピンクのワンピースを着ている。

 髪も直して、レースの飾り紐(リボン)という彼女のとっておきを結んでいた。気合い充分。彼女の期待度が伺える。

 いつもは腰のベルトに止めている虎猫模様のポーチに、長い紐を結びつけ斜め掛けのポシェットにしている。

 くるぅりと部屋の中でゆっくり回転すると、スカートと白金の髪が弧を描いた。

「はしゃいでるなぁ。ラティナ」

「うんっ。ラティナ、レストラン楽しみっ」

 デイル自身もきれい目のシャツにズボンという、普段よりは改まった服装をしている。丸腰は逆に危険であるから腰にナイフを一本下げていた。戦闘以外の用途の為に、彼は旅や仕事の際必ずこのナイフを携えているのだった。


「誘拐でもされたら大変だからっ! 絶対俺から離れるなよ」

 宿を出る時、デイルはそんなことを言った。

 何処から見ても愛らしい彼女の姿に心配になる。これだけ可愛らしい少女を見たら、悪い人間ではない者も魔が差してしまうかもしれない。そういった不安がラティナの周囲にはあるのだ。

「あのね、ならね、デイル。手つないで良い?」

 ラティナがそんな可愛らしいお願いをするのに、デイルは即座に応じる。手のひらを通してぬくもりが伝わると、ラティナは嬉しそうに微笑んだ。



 夕暮れが過ぎ、夜の気配が濃厚になった町の中を並んで歩く。

 薄闇の中のクヴァレの町は、昼間以上に不思議な風景となっている。

 赤い屋根は鮮やかさを潜め鈍く沈み、白亜の壁は薄青を帯びていた。壁に描かれた青の紋様が黒に近い濃い色に変わり、町を縦横に走っている。

 家々から漏れた明かりが、彼方此方で色彩を取り戻させる。それが淡く霞んで、再び青い世界に溶け込んでいく。

 --海底に沈んだ世界ならこういった感じだろうか。そんな幻想的な光景になっていた。


「……クヴァレは日が沈んだ直後のこの時間が、一番綺麗に見えるんだってさ」

「すごいね……」

 美しい光景に気圧されたのか、ラティナは囁くように感嘆の言葉を発した。まるで大きな声を出せばこの世界が壊れてしまうとでも思っているかのように。輝く眸で静かに感動を表に出す。


 ちょうど人の通りも途絶え、二人はこの短い時間の美しい景色を独占する贅沢を味わうことができた。



 そんな静かな青い町中を通り抜けて来たからこそ、『寡黙な鴎亭』というコンセプトと反するような名前のその店は、別世界のような印象を受けた。

 扉を開けた瞬間、夜であることを忘れさせるような目映い光が飛び込んでくる。

 たくさんの人々--食事を楽しむ大勢の客と、忙し気に働く揃いのお仕着せを纏う従業員たち。そしてそんな店の中央に一段高く誂えられたステージで、穏やかながら華やかなメロディーを奏でる数人の奏者の姿。--そんな人々の熱気と音の奔流に数瞬呑まれた。

「うわああぁっ……」

 頬を薔薇色に染めて、ラティナはきらきらと眸を輝かせる。

 今にもぴょんこぴょんこと、跳びはねてしまいたい衝動を堪えているのが隣に立つデイルにはよくわかった。沸き上がった笑いを押し殺す。

 この小さな『お姫さま』は、お洒落をした分、今日はおしとやかに振る舞いたいらしい。


 テーブルに案内された時もラティナはとても行儀が良かった。

 この子は元々行儀が良い方だが、普段なら周囲が気になって終始キョロキョロしている筈だ。少し澄まし顔で椅子に座っている姿は、珍しくも可愛いらしい。


 だが、あまりに微笑ましい姿に、デイルは口元を緩めっぱなしだった。

『淑女』相手のエスコート役としては失格かもしれない。


 普段行くような店では大皿から取り分けることが多い。だからこの店のように一皿ずつ盛りつけられて供される料理にも、ラティナは大喜びだった。

 凝った盛りつけで、皿の上が鮮やかに彩られている。

 彼女は目の前に置かれたポアレに、何処から手を付けようかとウキウキして眺めていた。

 ラティナは量をあまり食べられない為に、頼むメニューは厳選に厳選を重ねた。デイルが食べている皿にも興味があるという顔をしているが、ここであれもこれもと食べてしまうと、デザートに辿り着けないことも承知しているらしい。


 公爵家に出入りするデイルは、やろうと思えばきちんとした所作で食事をすることが出来る。最低限の処世術だからだ。今までラティナの前でそんな姿を見せたことは無かったが、彼女はデイルの普段とは少し違う食事の仕方に気付いたようだった。

 ちらちらと彼の様子を見ながら、真似をしている。

 デイルも勿論そんなラティナの様子には気付いている。だからこそ、今は彼女の手本になるように、殊更美しく見える所作を心掛けているのだ。


 自分がそんな風に気負っていることなど、顔には出さない。

 それが『保護者』としてのプライドである。



 デザートもまた、凝った盛りつけでやって来た。

 数種のケーキが並べられ、フルーツとソースで飾られた華やかな一皿だ。

「うわあぁぁぁっ」

 控えめな音量で喜びの声をラティナが上げる。

 一口ケーキを切り分けて口に入れると、幸せそうな顔になった。

 デイルはさっぱりした氷菓でデザートを終えていた。彼は嫌う程ではないが、それほど甘い物を食さない。

 むしろ幸せそうなラティナの様子がデザートだろう。それくらい彼女の姿は心癒される。眼福である。


 ちょうどその頃、音楽が変わった。


 郷愁を誘うような静かなメロディーは、このクヴァレの町に溶け込むような異国の空気を感じさせる物だった。


 それに気を惹かれてステージを見れば、一人の女の奏者が、見慣れぬ弦楽器を爪弾いていた。

 頭には異国情緒溢れる紫の布を巻き、金色の飾りをシャラシャラと垂らしている。すらりとした体躯に纏うのもラーバンド国では見ない様式のドレスだった。金の帯を巻いて、首には大振りのビーズを連ねたネックレスを掛けている。

 そんな異国の姿の女が、異国のメロディーを奏でている。


「ねえ……デイル……」

 彼が興味を惹かれたことに気付いたラティナもステージに顔を向けて、そして小さく首を傾げた。

「どうした?」

「あのひと(・ ・)……まじんぞく?」

「……どうしてそう思うんだ?」

 頭に巻かれた布の為に、魔人族の最大の特徴である角の様子は確認出来ない。デイルにも断定は出来なかった。

 ラティナは彼の問いに一点を指差す。

「あのひとの腕輪……ラティナのと一緒だよ」


 奏者は左の二の腕に、銀の腕輪を嵌めていた。

 シンプルな金属の輝きだけを放つそれは、あまりに自然に彼女の一部となっており、言われるまで気にも止めなかった。


「本当だな……ラティナの持っている腕輪と……よく似ている」

 重要な意味のある物だったのだろうか。

 あまりにも『人間族(じぶんたち)』は、『魔人族』のことを知らない。その事に気付かされてしまう。


「あの腕輪……どういう物なのかなあ……」

 ぽつりとラティナは呟いた。

「ラグ、ちゃんと持ってなさいって言ってた。腕輪ね、内側になんか書いてあるんだよ」

「そうなのか?」

「うん。……でもね、ラティナ……なんて書いてあるか読めないの。ラティナ文字教わる前に、生まれたとこ、出たから……」

 少し寂しい笑顔を浮かべるラティナの姿に、デイルは即決する。


 店の人間を呼んで、心付けと共に伝言を預ける。

 自分たちが泊まる宿に返答を届けるように依頼した。



 彼女が応じてくれれば、話を聞くことが出来るだろう。

 魔人族のこと。-―そして、もしかするとこの小さな魔人族の少女に連なる情報を。



 レストランを出る時に、沈んだ顔になりそうだった彼女に笑顔になって欲しくて、デイルは手を繋いだまま回り道をして帰った。

 普段はしない夜道の散歩という特別感に、宿に着いたときにはラティナの顔から暗さを払うことができていた。

 ほっと安心する。

(ラティナには……笑っていて欲しいもんな……)

 そう思ってデイルも穏やかな微笑みを浮かべた。


 --こうしてクヴァレ最初の日は過ぎていった。



誘拐されると大変。

誘拐されると(怒り狂った『保護者』により、犯人と、とばっちりでクヴァレの町が)大変。


いつもお読み頂き、誠にありがとうございます。

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