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幼き少女、腕をふるう。

 鍋の中に直接切りながら芋を落としていく。

 これも、野外で料理をする為に練習したのだ。普段『踊る虎猫亭』では、まな板を使うが、旅の間は最低限の道具と洗い物で調理をこなさなくてはならない。それが彼女の師匠であるケニスの教えだった。


 ラティナは芋を切り終えると、自分のリュックから取り出した魔道具で鍋に水を入れた。

 デイルから受け取った薪をかまどの下に入れる。そこにはすでに枯れ草の山が作ってあった。『発火』の魔道具で枯れ草に火を付ける。

 ラティナがてきぱきと動く姿に、デイルも彼女に調理を任せる事を決める。

 周囲を少し整えて、快適に野営を行えるようにする。自分はともかく、ラティナが横になった時に、石でも落ちていたら不快だろう。

 デイルが荷物を整頓している間も、ラティナの調理は続いていく。


 鍋に続けて切りながら入れたのは腸詰めで、ただの肉より良い味のスープが出来る。ラティナはその後小さな容器を取り出した。中身は乾燥ハーブだ。慎重に傾けてスープに入れる。

 最後に調理料を入れて、味を確かめると、こくり。と一つ頷いた。


 続いてラティナは紙包みを一つ取り出した。入っていたパンは普通の物で、日持ちがしないので早々に食べきる必要がある。ナイフを一度拭き、真剣な顔で切り出す。大きな調理用のフォークに刺して火で炙る。

 最後にチーズをパンにのせて更に炙る。トロリと良い加減になった所で、ラティナはデイルの方を向いた。


「デイル。ごはんできたよ」

「ああ」

 非常にシンプルな材料で作られたスープ。

 だが、野外の冒険者たちの食事なんてものは、煮炊きしてあれば上等で、干し肉と堅焼きパンをかじって終了なんてことも珍しくない。

 短時間で、手際良く作業を進める姿には、デイルも感心した。


 鍋から二つの皿によそうと、ラティナはデイルにパンを渡す。

「ラティナ、おいもだけでお腹いっぱいだから、パンはデイルのぶんだけ」

「そうか」

 デイルはスープを掬い、口にすると頬を緩めた。

「旨いよ」

「ほんと? 」

「ああ。パンの焼き加減も丁度良いな」

 デイルに誉められて、嬉しそうな顔をしたラティナは、自分の分を口に運んだ。この子は食べている時は、特にちまちまと小動物を思わせる動きになる。

 可愛い。


「ケニスとパーティー組んでた時も思ったけど、料理上手がいると、旅の間も快適になるなぁ」

「ケニスといっしょ? 」

「ああ。」

 デイルの言葉にラティナはとても嬉しそうだ。

「でも、まだまだケニスのごはんのほうがおいしいの。ラティナ、もっとがんばるの」

 むん。と気合いの入ったラティナの表情に、デイルも笑みを浮かべる。

「少なくとも、俺が作るよりはずっと上手だよ。ラティナの言う通り、この旅の間は、ラティナが食事の係だな」

「うん。がんばるっ」

 満開の笑顔で、ラティナはそう応じた。


 彼女は片付けも手早く終えた。

 その頃には、日はすっかり傾き、食事をしていた頃は夕焼けの色だった空は、真っ暗となっている。

 パチパチと薪のはぜる音を聞きながら、ラティナはコクリコクリと舟をこぎだしていた。

 だいぶはしゃいでいたが、慣れない旅路だ。疲れも出るだろう。

 デイルは微笑んで、ラティナを撫でた。

「無理するな。早めに寝ておけ。明日は早いぞ」

「ん……んん…… デイルは……? 」

「俺も仮眠はとるさ。大丈夫だから、安心しろ」

「……うん。おやすみ、デイル……」


 毛布にくるまるようにして横になったラティナは、すぐに寝息をたてはじめた。すでに聞き慣れた、どこか調子外れな規則正しい音を聞く。


 デイルは穏やかな顔で、ラティナの寝顔を見守る。

 二人だけの旅だ。不寝番をたてる訳にもいかない。彼はいつものように剣を傍らにすぐに取れるようにした状態で、座ったまま目を閉じる。

 何か異常を察すれば、すぐに目を醒ます事が出来る程度には、旅慣れている。


 ラティナの気配が隣にあるだけで、とても穏やかな夜の時間だった。



 朝日が昇るまで、彼らの眠りを邪魔する存在は現れなかった。

 とはいっても、デイルは時折目を覚ましては、消えかけた焚き火に薪を足していた。春先とはいえ、まだ夜は冷える。ラティナを凍えさせる訳にはいかない。

 デイルは目を醒ますと、まず、隣のラティナを見た。彼女はぐっすりと眠っていた。

 たくましいというか、ラティナはどこでも割と眠れるらしい。『踊る虎猫亭』で昼寝させる時もそうだった。

 その後で焚き火の様子を確認する。本来ならばこちらを気にするのを優先するべきだが、無意識下でラティナの方を気にしてしまうようだ。


「……ラティナ、起きろ」

 そっと手を掛けて揺り動かすと、ラティナはもぞもぞと動いた。

「ん……んん? デイル……? 」

「なんだ? 」

 毛布の中から、困ったようにラティナが名を呼ぶのに聞き返せば、彼女は寝ぼけ眼をデイルに向けて、しばらく考え込んだ。


「ふあぁっ」

 ぱちくりと大きくまばたきして覚醒する。

 やはり寝ぼけていたらしい。ラティナはむくりと起き出すと、デイルにぴとっとくっついた。

「ん? どした、ラティナ? 」

「びっくりしたの。いつも、デイルのとなりでねてるから」

 えへへと照れくさそうに微笑む。

「ラティナ。たびのとちゅうだった! 」

「そうだな」

 デイルも笑い返してラティナを抱きしめる。

 ラティナはあんな過去がある為か、時折人恋しくなるらしい。留守番をさせても我が儘を言ったりしないが、それ以外の時はよくこうやってデイルの側に居たがるのだ。


 デイルも不快では無いので、彼女の好きにさせている。

 というか、自分以外の誰かに、ラティナがこんな風に甘えるのを看過するつもりは無い。

 そう思っている程度には、彼の親バカぶりは筋金入りだ。


 ラティナは起き出すと、毛布を片付け、朝食の準備を始める。

 焚き火で二人分のパンを炙り、チーズを切って渡す。

 簡単なものだったが、ラティナが作る朝食だと思えば、旨さは倍増する。


「今日はこのまま街道を進んで、宿場町まで行くぞ。疲れたり、足が痛くなったりしたら、すぐに言えよ」

「うん。わかってるよ」

「まだ食料とかは充分だな……ラティナに、食料の管理もそのうち任せるから、必要な物があったら早めに言うんだぞ」

「ラティナ、やって良いの!? 」

 驚いた様子のラティナに、デイルは真面目な顔を向ける。

「ラティナ、俺に全部やって貰うのは嫌なんだろう? 自分に出来る仕事は、自分でやりたいって思っているんだろ? 」

「うん……なんでわかるの? 」

「そりゃあ、ラティナのことだから、わかるさ」

 デイルはそう言って笑った。この真面目でしっかりものの少女は、そういった自立心も歳相応以上に持っているのだ。

 始めから全部を任せるなんて無謀で無責任な真似はしない。だが、デイルもラティナの賢さならば、どの程度の仕事を任せても大丈夫なのか、しかと承知している。

 彼女なら教えれば、きちんと理解出来る範囲だろう。


「この旅の間、ラティナは俺の相棒なんだからな」

「うん。ラティナ、できることは、やりたいのっ」


 笑顔のやる気充分なラティナを見ていると、不思議な気分になる。

 この子は、この旅の間でどのくらい成長してしまうのだろうか。そんなことを考える。


(……もうしばらく、俺に頼ってくれるままの、小さなラティナでも良いのにな)

 成長を嬉しく思う反面で、そんなことを考えてしまうのは、我が儘だろうか。



 焚き火の後始末をして、馬に再び荷物をのせ、街道に戻るべく歩き始める。

 今日も穏やかな良い天気だ。


あまり豪華な食事を作ると、旅先っぽくなく……だが、シンプル過ぎるとおいしくなさそうで……

加減が難しいです。

以前も書きましたが、このファンタジーは食事に関しての設定は、とてもファジー仕様であります。

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