青年、ちいさな娘を拾う。
罪人と認定されるには、眼前の子どもは幼なすぎた。
『魔人族』は、デイルたち『人間族』よりも、かなり長寿の人種になる。人間族の年齢が当てはまるかは、デイルには判断できなかったが、茂みの奥から覗く、顔の位置から推測した身長では、5、6歳位に見えた。
分別の付く年齢にはとても見えない。
じっと自分を見ている子どもが、焚き火のそばの魚も気にしていることに気付いて、デイルはその存在を思い出した。慌てて串を抜く。少し焦げかけていた。
「…………うーん……」
串を左右に動かせば、子どもの視線も動いた。
どうやら、これのこともずいぶんと気になっているようだ。
「…………食うか? 」
幼子の前で、見せびらかすように食べるのも、気まずい。
そんな心理が働いて、彼は半ば無意識にそう声をかけていた。自分で同時に、何を言ってるのかと、呆れた独白をこぼす。
彼の声に、視線を再び彼の顔に向けた子どもは少し首を傾げた。
「 " ***? ***、****? " 」
「ん? お……? 」
子どもの口から出た言葉に、今度はデイルが首を傾げる。
早くて聞き取れなかったが、どこかで聞いた事のある言語のようにも思えた。
「うーん……あいつ、確か……」
以前魔人族について、彼に教授した冒険者仲間の言葉を記憶から引っ張り出す。
「魔人族の言語は、呪文に使われる言語と同じ、なんだったけかな……」
そうだったと、手を打つ。
だからこそ魔人族は、『全てが生まれながらの魔法使い』なのだと、言っていたのだった。
「うーん……、じゃあ…… " 傍、来る、必要、これ ?" 」
呪文に使われる言語から、意味を拾えそうな単語を羅列する。 会話文として意識したことなどなかった為に、どうすれば良いか検討はつかなかった。
だが、自分の知る言語に、子どもは明らかにほっとしたような顔をした。がさがさと茂みを乗り越えると、デイルの傍に近寄って来る。
呼んでおいてなんだが、デイルは再び呆然とした。
見ず知らずの他人の傍に、警戒心の欠片もなく、子どもが近寄って来たから--だけではない。
子どもは、痩せ細っていた。
元はワンピースであっただろう襤褸きれからのぞく手足は、骨と皮だけにしか見えない。一目で栄養失調だと伺える姿。
この幼子を殺すのに、剣など必要なかった。細すぎる首に手でも掛ければ、抵抗される間もなく折ることすらできるだろう。
魔人族は排他的であると同時に、仲間意識の強い種族として認識していた。だからこそ、『追放』が重い罰として成り立つのだ。
それに、寿命の長い種族の常として、出生率がかなり低い。
子どもは魔人族にとって、宝だ。
その幼子が、罪人とされたとしても、このような酷い状態で放置されている可能性を、デイルは考えていなかった。
「やる……食え。……あぁ、何て言うのかわかんねぇな……」
デイルは顔をしかめながら、子どもに串を押し付けるように持たせた。魔法の呪文に「召し上がれ」なんて単語は使わない。
だからデイルは串を握らせたのだが、子どもはじっと魚を見て、そのあとデイルを見上げた。
「 " ******? " 」
「いいから、食え」
子どもはデイルを伺うように見ていた。デイルはとりあえず頷いてみせる。デイルのその様子に、子どもはゆっくりと魚を口に運んだ。
少しずつ少しずつ、ちまちまと食べる。
小動物のようだな、と、手持ちぶさたな彼は思った。
子どもが時間をかけて魚を食べ終わるのを待ってから、デイルは再び言葉を選んだ。
「あぁー…… " 汝、護る、人、共に、存在? " 」
まだ保護者がいないと決まった訳ではない。たどたどしいデイルの言葉をじっと見上げたまま聞いていた子どもは、先程よりゆっくりと返事をした。
「 " ***、************、****。************、******** " 」
「んー……共に、在る、否定? ……獣、拒否……?」
デイルには途切れ途切れの意味しか拾えなかったが、子どもの表情は明らかに暗かった。子どもは少し考えるようにして、デイルの腕をその小さな手で引いた。
森の中を小さな歩幅で進む子どもの後を追いかけながら、デイルは自問していた。
声を掛けたのも、魚を与えたのも、いってみれば気まぐれだ。自分はこの後どうするつもりなのか、と。
急に子どもはぴたりと足を止めて、デイルを見上げた。
「 " 何? 先? " 」
子どもは先を指さして、首を振る。
「 " *********** " 」
「また、獣?……これは否定、か?」
デイルは意味を考えながら、子どもの指さす先に踏み込んだ。
「っ! 」
そして、息を呑む。
剣を振るうことを生業にするデイルでも、直視するのを躊躇う、かつて『ひとであったもの』が横たわっていた。
(……これは、魔人族、だな。角の形からすれば……男、か)
何時息絶えたのかも、判別できない。死亡理由も定かではなかった。
損傷が激しすぎた。
この森は、魔獣や獣が多い。
襲われたのか、死後荒らされたのかはわからないが、その為なのだろう。
(角は……ちゃんと両方あるな。……あの子の父親か? ……追放された子どもを独りで放り出した訳じゃねぇんだな)
それを救いと感じても良いのだろうか。
先程の子どもの言葉を思い出す。
単語を繋ぎ合わせれば、おそらく、父親は最期に命じたのだろう。
--自分の遺体の傍にいてはいけない。そのうち獣が集まって来るだろう。その時、幼子ひとりでは万が一にも身を守ることなどできないのだから--と。
「あぁ……くそっ。こんなの見たら、放っておけねぇじゃねぇか……」
デイルは頭をがしがしと掻いた。
父親の最期の祈りを、彼は拾いあげてしまった。
そして、言い付け通りに傍には居ないまでも、同じ森の中でひっそり生き抜いていた幼子を見つけてしまった。
「 " 大地に属するものよ、我が名の元命ずる、我の望むまま姿を変えよ《大地変化》" 」
遺体の傍の地面に手を付き、呪文を唱える。ボコリと地面が陥没し、穴がひとつ空いた。
彼の呪文に気づいたのか、何時の間にか近寄って来ていた子どもが、恐る恐るデイルを見上げた。
デイルは子どもに向かって言う。
「せめて、埋めてやろうな。……伝わるか? うーん…… " 葬る、土、死、ひと"…… 」
デイルの言葉を噛み締めるようにして、子どもは、こくりとひとつ頷いた。
一瞬、こんな酷い状態の遺体を見せて良いのかと、デイルは悩んだが、子どもの方はとっくに受け入れていたらしい。最後の別れをするように、視線も反らさずじっと『父親』を見ていた。
もしかしたら、時折様子を見に来ていたのかもしれない。
デイルが穴の中に遺体をおさめて、魔法で再びその穴を埋めるのを、子どもは無言で見守っていた。
「 " ***** " 」
「感謝、か? 別に気にするな」
デイルは出来上がったばかりの墓の上に、もう一度魔法を行使する。
地属性魔法で召還した、純白の巨石を乗せる。
名を刻むことは出来ないが、急拵えにしてはちゃんとした墓になっただろう。
「……はぁ……、まぁ、これも縁か」
子どもが墓をじっと見ていている後ろで、デイルはため息をついた。
「 " 我が名、『デイル』、汝、名は? " 」
振り向いた子どもは、驚いたような顔をした。
「ラティナ」
そして一言、その音を紡ぎだす。
「ラティナ……か。ラティナ、 " 我、共に、汝、行く? " 」
デイルのその言葉に、今後こそはっきりと驚いた顔をした子ども--ラティナは、こくりと首を縦に振った。
ようやくラティナの名前が出せました。
魔法を行使する為の呪文は、意味のわからない人にとっては、ただの音の羅列です。全く違う言語の一種だと思って頂ければ。作中の " 呪文 " は、そういう意味の言葉を唱えている、という表現です。