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幼き少女、旅立つ前の前日譚。

「旅って……ラティナ、どっか行っちゃうのか? 何でだよ!? 何でこんな急にっ!? 」

 いきなり肩を掴んで大きな声を出したルディに、ラティナは驚いた様子だった。


「どうしたの? ルディ」

 不思議そうに、ぱちぱちとまばたきしているラティナより先に、隣にいたケニスが二人の食い違いに気付く。


「ラティナ、お前、友だちに旅に出ること、話したか? 」

「……ううん。してない」

「ラティナだって、急に友だちが居なくなったら、心配するだろう。ちゃんと言っておくべきだぞ」

 はっと、気付いた顔になると、ラティナは目の前のルディとしっかり目を合わせた。

「あのね、ルディ。ラティナ、デイルといっしょに、デイルのふるさと行ってくるの。ちょっと遠いけど、夏が終わる前には帰ってくるんだよ」


 その一言に、ルディが多少落ち着きを取り戻す。

 ラティナの大きな眸が自分をじっと見ていることに気付いて、慌てて距離をあけた。


「な、なんだ……帰って来るのか」

「うん。ラティナ、クロイツに帰って来るよ」

 視線を気まずそうに反らしたルディに、ラティナはニコッと笑いかけた。

「ラティナ、旅に出るの楽しみで、色々忘れちゃってたみたい」

 反省したように呟きながら、ケニスを見上げる。

「買いものの後、クロエのおうちも寄っていいかな? 」

「構わないぞ。暗くなる前に戻って来いな」


  彼女はそうしてから、一連の騒ぎをニヤニヤと見ていた店主の元に、選んだナイフを持って行く。大切そうに両手で持っていたそれを差し出した。

「このナイフにします。いくらになりますか? 」

「……一本位なら、やっても良いが」

 店主の言葉には、ちょっと困った顔でラティナは考えこむ。

「あのね……ラティナ今日は、自分のお金で、お買いものしたいの。いつももらってばっかりだから、自分の、がほしいの」

 相変わらず少したどたどしいラティナの口調だが、店主は「そうか」と頷き、料金を告げた。

 ケニスには、それがだいぶ値引きされた額であることがわかったが、かすかに表情を緩めただけだった。

 ラティナは赤いポシェットの中から、花の刺繍が目を惹く凝った作りの財布を取り出して、真面目な慎重な様子で銀貨の数を数えている。

 小さな手のひらに並べて、店主に差し出した。


「……小さな手だな。こいつじゃでかくないか? 」

「ラティナちっさいもんな」

「ラティナ、すぐ大きくなるもん」

 心配そうな店主に、ルディがからかいの言葉を被せると、ラティナが不本意そうに膨れる。

 店主は末息子の頭に問答無用で拳を落とすと、代金を受け取りながら、ラティナの小さな手を取った。

 しばらく観察する。


「出発までに時間はあるか? 二、三日あれば、握りを少し細くしてやれるぞ」

「ああ。その位なら大丈夫だ。ラティナもそれで良いか? 」

 彼女は大人二人の言葉をしばらく考えて、ぺこりと頭を下げる。

「おねがいできますか? よろしく、おねがいします」


「礼儀正しいな……」

「ルディのバカの友達とは思えないね」

「それにしても、あいつってば……」

「うくく……それは、言わないであげようよ。とりあえず今はさ」

 少し離れた場所で含み笑いを交わすルディの兄と姉だったが、ラティナが、この直後とことこ近づき、初対面の挨拶をはじめると、弟を笑えないほどに挙動不審化した為、父親を嘆かせた。



「他のみんなには、学舎で言うけどね。デイルが帰って来て、『神殿』に事情を説明してからだって。デイルたち、ラティナの勉強のことは心配してないって言ってた」

「ふぅん。旅かあ。街の外は盗賊や魔獣とかいるから、危ないっていうけど、大丈夫? 」

 ケニスと別れてクロエの家に向かったラティナは、親友に事の次第を説明した。

 急に訪ねて来たラティナにクロエは驚いた様子だったが、一通り話を聞くと、クロエはまずラティナの身を心配した。


「デイルといっしょだから、だいじょうぶ」

 ラティナはにこやかに即答する。

「お店に来るお客さんたちも、デイルはすごいつよいって言ってるの。でもね、デイルには、言ってあげないんだって」

 うふふと、楽しそうに話すラティナの姿に、クロエも余計な心配をするのはやめた。心配は心配だが、それ以上に彼女には、楽しんで来てもらいたい。

 留守番の(おいていかれる)度に、どれだけラティナが、寂しい思いをしているのかも、クロエはよく知っている。


「気をつけてね。ラティナ。たくさんお土産話、持って帰って来てよ」

「お手紙書くね! ラティナは移動してるから、お返事もらえないと思うけど。クロエにたくさん送るからね」

 良い事を思い付いたと、笑顔になったラティナに、クロエもつられたように微笑んだ。



 デイルは王都で、ラティナの為に旅装を買い求めて来た。


 子ども用のフード付きのケープは、守護の魔力が掛けられている高級品だ。それをちらりと見たケニスが、ため息混じりに、駆け出しの冒険者が見たなら、血の涙を流すだろうと感想を言う程の。

 丁度良いサイズのものがなかったとデイルが不満そうにした(ロッド)は、子どもの魔法練習用のもので、制御補正は緩いものだ。だが、試しにラティナに持たせてみれば、彼女には、それで充分であったらしい。

 弘法筆を選ばずと言ったように、もとより卓越した魔力制御を持つラティナには、本格的な戦闘をさせるつもりでも無ければ、充分に機能をこなしていた。むしろ小型のもので、良かったようだった。


 足元を固める皮のブーツは、旅に出る事が決まってすぐに誂え、ずっと履いていたもので、もうすっかり慣れている。

 腰の後ろに赤い皮の鞘に入れたナイフを付けて、背中には、最低限の必需品を入れたリュックを背負い、小さな石が輝く魔法の杖を持った彼女は、すっかり準備を整えていた。


『踊る虎猫亭』の中でくるくる回り、楽しそうにその衣装を御披露目する。

「荷物にはね。デイル、『魔道具』も入れてくれたの。水筒にね、付いてるんだよ。『発火』の『魔道具』もあるの」

「お前……幾ら使った」

「別に良いだろうっ! 『水』と『火』の『魔道具』は、必需品と言って過言じゃねぇんだし」

 少し気まずそうに言い返すデイルも、自分が彼女に甘い事は自覚している。

「ラティナ、『魔道具』は高価なものだ。あまり他人に見せびらかさないようにしろよ。危ないからな」

「わかった。ちゃんとしまっておく」

 ケニスの忠告に、彼女はすぐに、こくりと頷いた。

「後は、最低限の食料と、薬を入れてあるからな。他の荷物は馬に背負わせるけど、万が一の時の為に、それだけは自分で持っていないといけない」

「うん。わかってるよ」

「そういえば、ラティナ金は持ってるのか? 」

「カバンの奥に入ってるよ。少しだけは、ここに入れてる」

 そう言って、ベルトに付いた小さなポーチを示す。

「リタに言われたから、後は服の中にも、ぬって入れたよ」

 もちろんカバンも、ケープの下に背負っている。

 やはりこの子はしっかりしていると、男二人は視線を交わし合った。


 ラティナが自分で買ったナイフには、赤い革の鞘が付いていた。縫い糸も白を使い、どこか可愛らしい見た目となっている。

 店で見た時はそうではなかったから、彼女へのサービスだろう。

 女の子が使うからと、気を使ってくれたらしい。

 

 腰に付けた小さなポーチも、この日の為にラティナが自分で縫い上げたものだ。

 最低限のお金の他に、飴玉などを入れている。

 外見も、丈夫な厚手の布に、色糸で仕上げた女の子らしいつくりになっている。器用な質のラティナは、よく刺繍も入れているが、このポーチにもワンポイントで虎猫の模様を入れていた。


 その服装も容姿も、女の子らしく、とても愛らしい。


「……気を付けろよ、デイル。この子は、色々危ないぞ」

 改めて言うまでの事ではないが、老婆心ながら口にせざるはいられない。

「ラティナは本当に可愛いからな」

 そんなケニスへの返答は、どこか自慢気だった。

「ラティナ、気をつけてね。デイル、あんたも無事で行ってきなさいよ。ラティナが泣くから」

 リタがラティナの頭を撫でながらそう言うと、デイルも当たり前だと首肯する。

「俺に何かあったら、ラティナを守れねぇからな」


「じゃあね! 行ってきますっ! 」

「気をつけてね」

 大きく手を振りながら歩くラティナを、穏やかな顔のケニスとリタが見送る。

 二人の見送りを受けて、デイルとラティナが旅立ったのは、よく晴れた穏やかな春の日の事だった。



次回前日譚デイル編の後、旅編始まります。

旅って良いですよね。それにしても、デイルさん……あんた準備に幾ら使ったんだか。

ラティナ自身も、デイルが自分に甘過ぎるのを自覚しているので、ケニスに頼りがちなのですが……

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ストーリーは面白い。 毎話毎話入る作者の言葉があるのがうざい。作品への集中が削がれて現実にもどされる。全部消してほしい。
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