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幼き少女、そんな雇用関係の話。

 リタの妊娠が発覚したのは、ラティナが学舎に通いはじめて一年と半年が過ぎた頃の話だった。


 祝いの言葉と共に、デイルが切り出したのは、

「子どもが増えるなら……俺とラティナ、そろそろ此所から出た方が良いか? 」

 という、家主の家族が増えることに対する気遣い故の言葉であったのだが、それに対する家主夫婦の回答は。


「あ。デイル(おまえ)が出てくのは構わんが、ラティナは置いてけ」

「そうね。ラティナは残って欲しいわね。デイル(あんた)は別に良いけど」


 という異口同音の返答であった。


「はぁ? 」

「だって、ねぇ? 」

「ああ。リタが今後、妊娠や子育てで店に居る時間が限られたら、ラティナがいないと店が回らん。先代にも助けて貰うがな」


 デイルに対して何を当たり前の事をと、ケニスは言う。


「……お前等、そんなにラティナの事、こき使ってるのか? 」

「何を人聞きの悪い。ちゃんと給金も支払ってるぞ? 」

「は? 」

 ケニスの発言は初耳だった。呆気に取られたデイルに、「そういえば、言ってなかったか」と呟いて、ケニスは

「ラティナは正式に雇われている、『踊る虎猫亭(ウ チ)』の従業員だぞ。まだ子どもだから、深夜の仕事は免除してるから、その分給金は低いが。ちゃんと適切な金額設定だ」

 と胸を張る。


「え? でも、俺、ラティナがそんな、余計な金持ってるの見たことねぇぞ」

 かすかに動揺しつつ、デイルが言えば、ケニスは

「貯金してるからだろ? 」

 そう、事も無げに言った。



 --その、事のはじまりは、半年以上前に遡る。


 ケニスの元に、何時ものように、とことことやって来たラティナは、少し困った顔をしていた。

「どうした? 何かあったか? 」

 そんなケニスに、言い難いように、戸惑う顔をしながらラティナはこう切り出した。

「あのね、あのね……ラティナ。お願いがあるの。ダメかなぁ? 」

「……駄目かどうかは、聞いてみないとわからんな」

 ケニスも困惑したように話を促す。


「あのね……ラティナ、お金、ほしいの」

「金? 何か欲しいのあるのか? なんでデイルに言わないんだ? 」


 そのケニスの問いに、ラティナは困った顔をした。

「デイルね、ラティナにいっぱい色んなのくれるよ。頼むと、買いものもいっぱいしてくれる。……お金、ほしいって頼むと、たぶんいっぱいくれると思うな。……でも、何につかうか、聞いてくると思う」

「まあ。そうだろうな。……欲しいものは足りてるんだろう? どうしたんだ? 」

「ラティナ、自分のお金がほしいの」

 少し困ったように繰り返したラティナは、『頼み事をする』ということにあまり慣れていない。この子は我が儘も、駄々をこねる事も今までしたことの無い子だ。

 ケニスも、そんなラティナの頼みなら、よっぽどでなければ聞いてやりたい。だが、金銭に関わる事を『保護者』抜きで決めて良いかと、躊躇する気持ちもある。だから、即座に是とは言わなかったのだが


「いつも、デイル、ラティナにいっぱい贈りものしてくれるけど。……ラティナ、お返しできないんだもん……」

 彼女は、そう、理由を告げた。

「ん……ああ。そういえば……デイルの奴の誕生月が近かったか? 」

「うん。ラティナ、贈りもの用意したいの」

 照れくさそうに、小さな笑みを浮かべて、ラティナはケニスを見上げた。


 これはいけない。

 こんな良い子な事を言い、なおかつこんな顔は反則だ。

 そして、こんな理由では、『デイル(当の本人)』に問うなど、無粋な真似は出来はしない。


「デイルには、内緒で……か」

「ないしょにできたら、デイルびっくりして、喜んでくれるかな? そうできたら、うれしいの。ダメ? 」

 こてん。と首を傾げる仕草は、彼女の癖だが、とにかく愛らしい。


「…………今、ラティナ。俺から料理習いながら、手伝いしてくれてるだろう? 」

「うん」

「それを『手伝い』じゃなく、『仕事』として頑張ってくれたら、給金を出しても良い。それでどうだ? 」

「……ラティナ、まだ子どもだよ? 良いの? 」

 ケニスの提案に、ラティナはもう一度首を傾げた。すぐにそういう疑問を抱けるということ自体が、彼女が賢いと称されるところだ。

「まだ確かにちょっと早いがな。学舎で基礎学習を終えた後は、見習いとして、下働きを始めるのが慣例だ。優秀な奴とかは、高等学術の学舎に進んだりもするがな」

「見習いでなら、おしごとできるの」

 なるほどと、ラティナはうんうんと頷いている。


「それともラティナは、高等学舎に進みたいか? 」

 ケニスは、デイルからも『ラティナ(うちのこ)自慢』として、彼女が優秀であることを聞いている。ラティナ本人を見ていてもわかることではあった。彼女の学業は非常に優秀だ。

「あのね……ラティナ、『まじんぞく』なんだよ」

「そうだな」

「べんきょうも楽しいから、おとなになって、やりたいと思ったら、いっぱいしたいなぁって思うの」

 その言葉で、彼女は『自分の長い寿命』を、自分なりに折り合いを付けた事が伺われた。


「ラティナ、今は、ケニスから、いっぱい教わりたいの。ケニスのごはんみたいに、おいしいの作れるようになるの、目標なの」

「それは……俺も頑張らないとな」

「ん? ケニスも? 」

「ああ。ラティナの目標のままでいる為には、俺も頑張る必要がある」

 しばらくケニスの言葉を考えて、ラティナは小さくぷう。と膨れた。

「ケニスがんばったら、ラティナ追いつくの、すごくたいへんだよ」

 それでも、諦める。無理だ。とは言わない小さな『弟子』に、ケニスは、にかりと明るく笑った。



 --その時を思い出しながらケニスは言う。


「その後ラティナ、お前に、誕生月の贈り物してたじゃねえか。てっきりそれで、察したもんだと思っていたんだが」

「……ラティナ、手作りのポーチ縫ってくれたんだ。言われてみれば、材料も刺繍の糸も、安くはねぇ良いものだったけど」


 少しばかり拙いが、ひと針ひと針、大切に縫い上げられた小さな袋。飾りに入れられた鮮やかな刺繍は、強度を増すのと同時に、護りの願いを込めた意匠だった。


「感動してそれどころじゃなかった」

「そうか。『お前』だものな」

「どういう意味だよ」

「因みに、今、俺が使っている前掛けも、ラティナの作品(プレゼント)だ」

「何か、妙に可愛いもん使っているなとは思っていたが……」

 前掛け本体は黒地だが、隅に虎猫の刺繍が入っているのは、店名に因んでのものだろう。だが、これだけの物を縫い上げたとするなら、やはり彼女は器用な質であるらしい。


 ケニスは一息入れて、続ける。

「んで、それからラティナには給金を払ってる。どうするかって聞いたら、『必要なものはみんなあるから、お金は貯める』って答えたから、『青の神(アズラク)』の神殿に連れてった」

「じゃあラティナ、もう『金庫』持ってんのか」

「ああ」


青の神(アズラク)』は商業と貨幣を守護する神。

 その神殿では、各国の通貨の両替と、預金や貸付--すなわち銀行業務を請け負っている。

青の神(アズラク)』の加護持ちは、『当人を見分ける』能力を持つ者が多い。第三者が成り済まして他人の預金を騙しとることは難しいのだ。


青の神(アズラク)』の神殿には、『金庫』と呼ばれる個人資産を管理する仕組みがある。その仕組み内に、金銭を数字上の管理で預けたり、高額な貴金属を預けたりをしている--つまりは、口座と貸金庫を兼ねたようなものだ。

 そして、この業務内容上、『青の神(アズラク)』の神殿では、武闘派の『赤の神(アフマル)』の神殿と並ぶ程、強力な私兵を抱えている。



「やっぱりラティナは賢いな。俺に『なんで神殿にお金を預けても大丈夫なのか』を聞いてきた」

「そういえば、ラティナに、『神殿』の話はまともにしてなかったな」

 デイルが得心したように頷くのに、ケニスも同意する。

「そうみたいだったから、説明しといたぞ。『加護』持ちは、『自分の職務に関しては、不正を行う事が出来ない』ってな」

「不正をしても良いんだぞ。発覚して、告発されたら、『裁定』を受けなきゃなんねぇ。そしたら一発で『加護』が消えて、追放されるだけだがな」



『神殿』が公共性の高い事業を請け負っている最大の理由は、『神は自らの領域を強く守護する』からである。


 市井の人々も、『神殿に仕える者』が全て善良だなど、全く思ってはいない。

 だが、『神』の権能は信じている。


『神』は自らの『領域内』の者に対しては、守護する反面、犯す者を赦さない。つまり、『加護』を与え守護をしているが、『職務を犯せば』その『加護』は失われるのだ。

青の神(アズラク)』の場合を例にすれば、『青の神(アズラク)』は自らの使徒が、殺人(・ ・)強姦(・ ・)などの『罪にあたる』行為をしても何も判定を下さない。だが、横領(・ ・)窃盗(・ ・)などの『他人の財を汚す』行為は赦さないのだ。

 それを『神』に問う--『裁定』を行えば、結果、『加護』は消滅する。


 そこに慈悲はない。


『神官』は『加護』を持つ者のみが就くことの出来る職である。すなわち、『加護』を失うとは、『神殿』からの追放も意味しているのだ。

 逆に言えば、『その職務に関する事に限り』、『加護を有する神官』は、他の者たちより信頼に足る存在であるとも言える。


 以前デイルが行った『裁定』とは、高位の神官だけに請求することが許されている、『神にその信を問う』行為のことであった。


黄の神(アスファル)』が自らの使徒に求めるのは、『知識を求める者を導くこと』、また、『生きる道に迷う者を導くこと』だ。

 真面目に学ぶ事に取り組む幼い少女を、罵倒し、否定するような輩を『黄の神(アスファル)』は赦さない。


 それを他神の使徒とはいえ、高位神官位を持つデイルは、重々承知していたのだった。



「……で、ケニス。ラティナ……今、どれくらい貯金してるんだ? 」

「まだ半年だからな。でもあの子のことだから、このままいけば、自分で自分の持参金位、準備するんじゃねえか? 」

「喩えでも、そんな話するなっ! ラティナ(うちのこ)を嫁になどやらないからなぁっ! 」


 そう、叫んだデイルは、本気だった。

 ちょっと涙目だった。


前々話の補足説明を入れられました……

少しラティナは大きくなっています。早く大きくして本筋を進めたいような……まだまだちっさい感を愛でたいような、書き手としても悩みどころです。


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