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後日譚。白金の娘、花嫁になる。(前)

 ラティナのウェディングドレスは、その後、本格的な仕上げ作業を経て完成に到った。

 ラティナにとって、自らもクロエと共に針を動かして仕上げた『特別な衣装』である。完成には感慨深いものがあり、袖を初めて通した時には、既に灰色の眸を潤ませていた。

 大仕事をやり遂げたクロエは、満足気な顔で自分の作品を着た親友を見る。

「流石、私。完璧な出来!」

「お世辞でも、私の方にも感想が欲しいんだけど……」

「ラティナは基本的に何着ても似合うから、大丈夫だよ! それに、本当に欲しい感想は私のじゃないでしょ?」

「……うん」

 にやりと笑ったクロエの言葉に頬を染めて、ラティナは頷いた。


 あの『馬鹿騒ぎ』の直後、ティスロウのヴェンデルガルド婆から、デイル宛に手紙が届いた。

 そこには、具体的な結婚式の日程と段取りの指示が書かれていた。

「糞婆ぁ……っ!」

 思わずデイルが毒づいたのは、そこにしっかりと、クロイツで披露宴を行ってから、式を挙げる為にティスロウに向かうように書かれていたからである。


 つい先日帰宅した際には何も言っていなかったが、やはり祖母は『親衛隊』の面々と打ち合わせ済みであり、更にデイルが彼らの要求を受け入れることまで折り込み済みであったらしい。


 結婚式を挙げた後で披露宴を行うのが一般的である。

 だが今回は少々変則的になるが、クロイツで披露宴という形で祝いの席を設け、ティスロウの風習の通りに『花嫁を送り出す』ことにする。その後デイルの実家でティスロウ式の結婚式を挙げ、一族に披露するという形にすることになっていた。

 クロイツでの花嫁衣装は、ティスロウの方式に拘る必要はない。

 ヴェンデルガルド婆は、しっかりとそんな一文を書き加えていたのだった。


 かくしてラティナは、『白金の妖精姫を見守る会』の切望していた、純白の花嫁衣装姿を御披露目するべく、クロエの手によるそれを正式に誂えることになったのだった。

 ラティナの体型に沿って誂えた仮縫いまでは完成していた為、デイルが携わったのは、装飾の範囲の細かなデザインの決定であった。

 その後の過程も含めて、デイルにウェディングドレスは結婚式当日まで見せないことになっていた。

 ただでさえ結婚式が近づくにつれ、色々残念さに面倒くささが加味された今のデイルが、更に面倒臭くなる予想が出来る為だった。

 それは既に、周囲の共通認識なのであった。


 放置された結果となったデイルであったが、彼は今回、それでくさくさすることはなかった。

 デイルは結婚も司る神、『橙の神(コルモゼイ)』の神官位を有している。

 彼にとって結婚式とは、自分の専門分野であるのだった。普段全く神官らしい姿を見せないが、根が真面目な性質である為か、準備に熱中していったのである。


 最愛のラティナとの結婚式である。

 正確に言うならば、溺愛しまくってきたラティナの結婚式である。ラティナが幼い頃から、彼女が幸せに嫁ぐ日が来ることに、色々複雑な心境を抱いてきたデイルである。

 彼は器用にも、恋女房をめとる新郎の気持ちと、手塩にかけて育ててきた娘と嫁がせる父親の如き気持ちを、両方体感していたのであった。面倒くささも二倍である。


「ケニス、ここの配置、ちょっと動かしても良いか?」

「終わったら、戻せば良いから構わないぞ」

「まぁ、どう考えても、客が店内には入りきらないよな……」

『踊る虎猫亭』で内々の披露宴を行う--ということで、デイルは店主であるケニスと、連日打ち合わせを重ねていた。

「披露宴当日は、臨時休業にする予定にして、その旨を掲示したんだが……」

「……必要なことだとはいえ、それって客全員に、披露宴の日時を告知したことと同義だもんなぁ……」

 一目でも、花嫁姿のラティナを見ようと、押し掛けてくる輩が大勢来る予想がありありと出来た。『内々』とは、一体どういう意味だろうかという状態である。

「裏庭の整地をして……そっちにも人を回せるようにするか」

「俺の魔法と……ヴィントにも手伝わせるか。あいつの『風』魔法なら草刈りとかに役立つし。そしてテオをこき使う」

「エマを巻き込んだことは、俺も許せん。たっぷりこき使え」

『妖精姫を見守る会』の騒動の際に、妹を餌にするという頭脳プレーを見せたテオであったが、デイルだけでなくケニスにもたっぷりと絞られていた。お仕置きは続行中なのである。


 そうして、その日は来た。


 まるで選んだかのような、美しい青空の日に、『踊る虎猫亭』は、待望のその日を迎えたのである。


「リタに髪結って貰うの、なんか久しぶりだね」

「そうね」

 ラティナが幼かった頃は、リタが彼女の髪を結うのが日課の一つだった。

「……うん、出来た。綺麗ね、ラティナ」

「ありがとう、リタ」

 リタは、ラティナの複雑に編み上げた髪に、最後の飾りを挿し入れて手を離した。微笑みながら目の前の花嫁にかける声を、少し詰まらせる。

 それに答えるラティナの声にも、感極まったものがある。

「こっちもおしまい……よし、上出来!」

「クロエもありがとう」

「別に良いけど……本当に良かったの? 故郷にお姉ちゃんがいるんじゃなかったんだっけ?」


 本来花嫁の身支度を調えるのは、身内の女性の役割であるのだが、身内の少ないラティナは、リタと親友たるクロエの手を借りて支度を調えていた。

 デイルとラティナが共に暮らす屋根裏部屋ではなく、『虎猫亭』の客室の一つを使っているのは、豪奢な衣装で屋根裏部屋の梯子を降りることが難しいからであった。


 生まれ故郷にいる実姉のフリソスは、一国の王という立場もあり、簡単に呼びつけることは出来ない。

「ヴァスィリオは……『結婚』っていう習慣自体が無いの。前にちょっとフリソスに聞いてみたんだけど……」

 少し困った顔でラティナは、姉の言葉を思い出す。

「結婚して男女が共に暮らすのが『人間族』の習慣であるのはわかったけど……それを言うなら、私は『魔人族』なんだから、ヴァスィリオで暮らして、用がある時だけデイルが来れば良いって言ってきてね……」

「つまり、ラティナ……面倒くさくなったんだね」

「うん。ちょっとそう思っちゃった……」

 クロエに苦笑を向けたラティナは、ドレスの裾を撫でる。

「でも、だからといって反対された訳ではないの。一緒にいられないことに、複雑そうにされただけ」

 そして少ししんみりと、つけ加える。

「……フリソスに、結婚するって報告自体を出来るなんて思ってなかったから……私はそれで充分なの」

「……そっか」

 幼い頃に故郷を追放され、知らない人びとが暮らす土地で育ったラティナを知るクロエとリタは、ラティナのその言葉に含まれた感傷に気付く。


 だからこそ、せっかく花嫁に施した化粧が、式の前に涙で崩れてしまわないように、二人は殊更明るい声を張った。

「さて、しんみりとするのは終わり!」

「もう待ちきれないって顔してるだろうから、デイルを呼んで来るわね。ラティナも心の準備は良い?」

「うん」

 リタは、そう言ったラティナを見た後で扉を開く、すると、呼びに行くまでもなく目的の人物がそこで待ち構えていることに気がついた。

「うわ……っ、何、あんた、ずっとそこにいたの?」

 呆れた顔のリタに、デイルは少々むっとした顔を向けた。

「流石にそこまではしねぇって……そろそろじゃねぇかって、様子を聞きに来ただけだよ」

「まあ、いいわ。ラティナの準備、出来たわよ」

 にやにやとした笑みを浮かべ、リタは扉を大きく開けた。

 二人の会話を聞いていたラティナは、幼い頃から毎日のように見てきた、二人のいつも通りのやり取りに、緊張もほぐれたように微笑みを浮かべてデイルを見る。


 少し驚いた顔をしたデイルは、次の瞬間には、面映ゆいような複雑な感情をのぞかせた。

「……綺麗だ」

 そして、短く賛辞を贈る。

 普段あれだけ「可愛い」を連呼しているデイルからだからこそ、ラティナは、そのたった一言に、嬉しそうに頬を染めた。

「ラティナが美人だってことは、よく知ってたけど……」

 照れの感情はあるのだが、デイルはラティナから目を逸らすことなく、その後も言葉を続けた。

「本当に綺麗な……花嫁だ」

 デイルは、真剣な表情を少し崩して、微笑む。


「花嫁姿をこんな風に見ることになるとは……出会った頃は、想像も出来なかったな」

「そうだね」

 デイルが自分のことを、ずっと幼い子どもとしてしか見ていないことを知っていたラティナも、微笑みで応える。

「……手放すことを考えていたなんて……今じゃ想像も出来ねえんだけどな」


 かつての自分は、『保護者』として、彼女がいつか嫁ぐとしたならば、それを見送る側に立つのだと思っていた。


 今では、どんな心境でそう考えていたのかさえ思い出すことが難しい。

 誰よりも美しい彼女のこの花嫁姿は、自分の隣に在る為に、装われた姿なのだ。それ以外に、あり得る筈がない。


「……ずっと一緒にいたいっていう……私のわがままに応えてくれて、ありがとうデイル」

 そんなことを言うラティナへ、デイルは微笑みを微かに苦笑めいたものにすると、珍しく携えていた神官の身分証でもある『聖印』を彼女の前にかざす。

 そして、表情を改め、祝詞を滑らかに唱えた。

『保護者』として、どうしてもやっておきたかった、彼女へ贈る祝福の儀式を、つつがなく終える。

「世界で一番幸せな花嫁になってくれ」

「うん」

 だからこそ「なってくれ」という、『保護者』としての言葉を口にしたデイルに、ラティナは心底幸せそうな笑顔で応えたのだった。

最後に、「もちろん、俺が、世界一幸せな花嫁にするのは決定事項だけどなっ!」と付け加えたら、とたんに残念さが増したので止めました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 誰が何と言おうとも自分はこの結末で良かったと思う。
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