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ちいさな娘、ある夏の日

 ラティナの誕生月は6の月だった。

 世界を司る神々が七柱存在し、多くの理が七で表されるこの世界では、一年もまた、七に因んだ周期で分けられている。すなわち季節が巡り戻るまでの一年を、七の倍の数、十四で割った期間が一ヶ月なのだ。


 一日もまた、十四の区切りで分けられており、こちらは神名をもじり、マルの刻、セギの刻などと呼ばれている。

 昼時間に当たる方を『表』、夜時間に当たる方を『裏』と呼んだりもする。

 明け方を『表のマルの刻』、日の入りの頃を『裏のマルの刻』と呼び、夕暮れ時を『表のセギの刻』、日の出前を『裏のセギの刻』と呼ぶのがそうだ。


 ラティナの誕生月祝いは、クロエの家に頼んだ。

 彼女の家は仕立屋で、自分の店こそ持っていない下請け業だが、腕は確かだった。そこで彼女の家を名指しで表通りの店に注文を入れたのだ。

 ラティナが、服を作る工程に興味を持ったというのもある。

 自分の服が縫い上がる様子を、クロエに頼んでちょこちょこと見に行ったりしていたようだった。


 その過程でラティナは、針の持ち方の基礎を覚えてきた。


 そこまでクロエの家に、ラティナの面倒をかける気のなかったデイルは、少々慌てて、礼の品片手に、挨拶に向かった。

 けれど、クロエの母は、

クロエ(うちのこ)が、ラティナちゃんと一緒なら、良いとこ見せようと頑張るのよね。筋は悪くないんだけど、飽きっぽくて、ちゃんと練習しようとしなかったのに。感謝しているのはこちらの方よ」

 と笑って言っていた。


 ラティナに似合う、所々に花の刺繍で飾られた、淡いピンクのワンピース。

 そんな晴れ着が縫い上がった頃には、クロイツは夏を迎えていた。



「" 冥たる闇よ、我が名の元に我が願い叶えよ、熱を奪い温度を下げよ《温度軽減》 "」

 パキパキと小さな音をたてて、ラティナの目の前のボウルの中身が凍る。彼女はそれを見届けると、手にしたヘラで中身をかき混ぜ始めた。

 氷を作るという行為は『冥と水』の複合魔法になるため、水の属性を持たないラティナには扱えないが、温度を下げ凍らせるという行為自体は『冥』属性単体で行う事が出来る。

 デイルに教わった簡易式を、自分の使いやすい方法に直して使いこなす位には、彼女は生活の中に魔法を取り込んでいた。


 夏になってからラティナが好んで作っているのは、氷菓の類いだった。

 シャーベットや、アイスクリームといったそれらを、様々な材料で日替わりで作っている。もちろんレシピはケニスに教わったものだ。

 彼が自分で作るとなると、魔道具を使い、時間をかける必要のある工程を、ラティナならば魔法で一瞬で行える。

 魔法使い向きの調理とも言える。

 普通の『魔法使い』に、そんな依頼など出さないが。


 何度か凍らせるのと、かき混ぜる工程を繰り返し、目的のふわふわしたシャーベットを作り上げると、ラティナはいそいそと店へと、それを運んで行った。

「リタ、おしごとごくろうさま。きゅうけいしてね」

「ありがとう、ラティナ」

 カウンターの定位置で書類と格闘していたリタは、暑さでバテ気味だ。窓と扉を開け放っても風が通るとは限らない。

 しかも客層は、見るからに暑さ倍増の男連中だ。この商売に長く携わっているリタも、辛くなるときだってある。

 ラティナ謹製の冷たい菓子を口に入れて、素直にリタは幸せそうな顔をした。

「あー……美味しい。ケニスに頼んでも、たまにしか作ってくれないのに。ありがとう、ラティナ。本当に美味しい」

「どういたしまして」

 自分の分を口にして、ラティナもその出来に笑顔を浮かべる。

「でもね。ケニスのつくったほうがおいしいの。なんでかな」

「ケニスもまだラティナには、負けられないからね」

 むう。と少々不本意そうな表情をしたラティナに、リタは笑いながら答える。

「ケニスも頑張っているのよ? 」

「んー? 」

 リタの言葉にラティナは不思議そうにしているが、ラティナがこの店に来るまで、ケニスが作る菓子の類いなどほとんど無かったのだ。

 今では、ちょっとした菓子店でも開けそうな程にレパートリーを持っている彼が、ラティナの為にせっせと新しいレシピ開発に勤しんでいることを、妻であるリタはよく知っている。


「ラティナは故郷では、どんなもの食べていたの? 」

「んー? " *** " とか、" ****** " だよ」

「……えーと……、どんな味なの? 」

「えと、ねー……あんまりあじなかった。そればっかりだったから、ケニスのごはんびっくりしたの。いろんなのが、いっぱいおいしいの」

 リタが言葉を失ったことも気に止めず、ラティナはにっこりと笑顔になった。

「だからね、ラティナ。おいしいごはん、つくれるようになりたいの。おいしいごはん、しあわせなんだよ」




「この季節に黒のロングコートなんて、本当、俺馬鹿なんじゃないかって毎年思う」

「それを、フルプレートメイル装備の重戦士の前で言ってみろよ」

『踊る虎猫亭』に帰って来て早々に、ぐったりした様子で言うデイルに、グラスに冷たい水を並々と注いでやりながらケニスが呆れた声を出す。

 デイルのコートは魔力を帯びており、並の鎧よりも軽量の上、防御力に秀でている。刃を通さぬ素材で編まれた上衣と組み合わせれば、充分にその身を守ってくれる優れた防具だった。

 だが、それでも夏場は暑い。暑いものは暑い。


「デイル、おかえりなさい。つめたいの、たべてね」

「ん。ただいま、ラティナ。あんがと」

 ころりと今までの不機嫌そうな表情を引っ込めて、デイルは微笑んでみせる。ラティナはお盆の上に氷菓をのせていた。

「……最近、ラティナよくこれ作っているけど、魔法、使い過ぎて疲れたりしねぇのか? 」

 器を受け取りながらデイルが尋ねれば、ラティナはこくん。と頷く。

「だいじょーぶだよ。なんかいかやったら、ちょっとのばしょだけできるの、やりかたわかったよ」

「……そうか」

 彼が、普段ラティナに見せるのと異なる、真剣な顔つきであることに、ケニスが不審がる。

「デイル、どうした? 」

「いや……『魔人族』ってのは、皆これだけ魔力の制御に長けてるのかね。……ラティナ、もう範囲指定の制御をマスターしてるみたいだ」

「……そんな凄いもんなのか? 」

「理論も修めていない子どもだぞ? 実践を経た後、経験則で、魔法の効果範囲を絞って、魔力と威力を効率化して使っている。……確かに、『そういう事が出来る』って事は、教えたけどさ、やり方を教えた訳じゃねぇ」

 ケニスがまじまじとラティナを見ると、彼女は不思議そうに大きな眸で見返してきた。

「呪文式もさ、俺が教えた簡易式じゃなく、元々知ってた治癒魔法の呪文式に当てはめて精緻な術式を組んでる。本来なら、制御の負荷が大きくなるはずなんだけどな」

「デイルおしえてくれたから、ラティナおぼえたよ? まえは、ぱあーっ。っていっぱいまりょくひろげてたの。いまは、ここっ。ってまりょくそこだけにつかうの。らくちんになったよ」

「……ほら、な」

「そうだな。天才肌ってタイプかもしれねえな。元々ラティナ、何でも覚えるの早いしな」

「そうなのか? 」

 デイルの反応に、ケニスは何を今更という顔となる。

「料理も掃除も、最近は針仕事とかもだな。ラティナは一度教えただけで飲み込みが凄い早い。むしろこんな何でもこなせる子が今まで(・ ・ ・)何も(・ ・)出来な(・ ・ ・)かった(・ ・ ・)って環境にあった方が、不思議でならねえな」


「え? 」

「だってそうだろう? こんなに覚えの早いラティナが、何で今の今まで、魔法も家事もろくに教えてもらった痕跡がないんだ? この子なら、『教えなくても出来て不思議はない』のにさ。いくら違う種族だからって、そんなに大きな違いは出ないだろうに」


「そうだよな……」

「なぁに? 」

 こてん。といつものように首を傾げるラティナの姿に、大人たちは推測を重ねる。

「何も教えて貰えなかったような環境にいたか、自分で何もせずとも、良かったような環境にいたか……だな」

「ん? ラティナのこと? 」

「ああ。……ラティナは、生まれたところでは、こういう風に何か教えてもらったりはしなかったのか? 」

「んー……ラティナはね。まだきまってない。だったの」

 よくわからない返答がラティナから戻って来て、今度は大人たちが首を傾げた。

「何が『決まってなかった』んだ? 」

「ラティナもよくわかんない。でもね、……ううん。ラティナなにもしらない」

 彼女は、はっと両手で口を押さえて、ぷるぷると首を振った。


 何か言いかけてはいたが、口をつぐんでしまった以上、これ以上ラティナは何も話さないだろうとケニスとデイルは目配せし合う。

 この小さな子は、こう見えて、結構頑固なのだ。



かき氷食べてないまま、夏が終わりそうです……

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[気になる点] 明け方と日の出の頃、夕方と日の入りの頃を分けているのがよくわかりませんでした。
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