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後日譚。白金の勇者vs妖精姫親衛隊。弐

 デイルは、半月も経たないうちに、故郷から帰ってきた。

 本来ならば、片道だけでゆうにそれだけの時間がかかる筈であるが、『魔族』となった規格外の能力のごり押しで、道なき道である山岳地帯を踏破した結果である。

 長期間クロイツを離れる際には、公爵閣下の許可を求める必要があるデイルが、無断でこの旅程を組んだのは、それだけの短期間で帰る算段が付いていたからである。そして、その理由を公に出来ないからでもあった。


 既に、標準よりも長寿の部類に入っている祖母であったが、相変わらず飄々としていて、『常連客たちの馬鹿騒ぎ』に加担している確証は得られなかった。

 とは言えこの祖母のことである、十中八九は関わっているだろうという確信だけは、デイルの中で揺るがなかった。


「俺にどうこう言う前に、さっさとラティナちゃんとの結婚の儀式を行わんか」

 そして相変わらず祖母ヴェンデルガルドは、口が悪かった。

「俺だって、ちゃんと考えてるよ」

「お前に任せておくと、俺が生きてるうちにラティナちゃんの花嫁姿が見れねぇ気がしてなぁ」

 ヴェン婆はそう言うと、自分の私室の隅に広げられているティスロウの伝統的な花嫁衣裳を煙管で指す。

 そこでは、デイルの母親のマクダと義妹になるフリーダが、針を動かして手直しの作業をしていた。

「デイルの話を聞く限り、ずいぶん華奢みたいだからね。この辺りを少し詰めておいた方が良いかな」

「お義母さん、そちらは私がやりますから、帯の方の直しをお願いします」

 ティスロウの出身ではないフリーダでは、まだ全てをこなせない難しい箇所の直しをマクダが請け負い、二人は分担して作業を進めていた。それが自分にとっての花嫁のものだと思えば、デイルの表情は照れを含んだ微妙なものになる。

「お前の方の手直しも必要かねえ。まだでかくなるとは思っていなかったよ」

 デイルの二の腕のあたりを見て、マクダは少し呆れたような顔をする。ラティナを連れて里帰りした頃に比べ、身長の成長は止まったデイルであったが、体格は少々がっちりとしてきていた。父親に似てきたような気もして、微妙な心情になる。

「俺は、別にそこまでしなくても大丈夫……」

「お前が、そういうことを言うのは、いつも通りなんだろうけどね。花嫁さんのことを考えたら、みっともないことは出来ないだろう」

 デイルのぶっきらぼうな発言も、照れ隠しであることは母親にはお見通しであり、あっさりと切り捨てられた。

 最恐の勇者の異名を欲しいままにしていたとしても、実家の女性陣の前では、どうにも強気になれないデイルである。


「こっちはこっちで準備を進めておくから、ちゃあんと,花嫁の支度を調えてくるが良いさね」

 ニヤニヤとしながら煙管を吹かせ、細く煙を吐き出した祖母は、悪戯小僧と大差ない表情をしていた。



 そんなこんなでクロイツに帰って来たデイルは、独り呟きながら左手に意識を向けた。

「……さて」

『八の魔王』の眷属としての『名』であり、魔王(あるじ)である彼女と繋がっている証がそこにはある。

「向こうは、俺がラティナを捜すのにどういう手段を取ると思ってんのかは、しんねぇけど……」

 陽動などを含めて、偽の情報をクロイツ中に流していると考えて良いだろう。普通に考えれば、有効な手段である。

 ただ現在のデイルは、聞き込みなどを必要とせずとも、この彼女との『接続』を辿り、彼女がだいたい何処にいるのかはわかるのであった。

(とはいえ、奇襲は難しいだろうな)

 内心で独白し、彼女の気配が濃い方向に歩みを向ける。

 ラティナのそばには、高性能レーダーわんこが、当たり前の顔をして侍っていることだろう。デイルがクロイツに戻ったことも、自分たちの方向に近付いていることも、把握している筈だった。

「『馬鹿騒ぎ』だもんなぁ。真っ向から蹴散らしてやるくらいが、礼儀だよな」

 囚われの姫君を迎えに行くべく、デイルは肩をぐるりと回しながら、西区へと歩いて行ったのだった。


 クロイツの高級住宅街である西区だが、全く縁がない場所ではない。ジルヴェスターを始めとして、『踊る虎猫亭』の常連客の中でも、成功者として数えられる者の中には、そこに邸宅を構えている者もいるのである。

 今回の『馬鹿騒ぎ』の開催場所は、そのうちの一軒だろうとは、当たりをつけていた。あのおっさんどもが、愛でてやまないラティナを、薄汚れた廃屋などで寝泊まりさせる筈がないのだ。

 --ラティナはそれも楽しんで、廃屋をこの半月で磨きあげたうえで、リフォームしそうな想像が出来てしまったが--ないことにしておくのである。

 デイルはそんなことを考えながら、庶民の生活区である東区や南区とは比べものにならない規模の敷地を持つ、一軒の邸宅の前で足を止めた。

 隠す気のない、大量のひとの気配にデイルは苦笑いを溢す。

 どうやら予想通り、向こうも自分のことを待ち構えていたらしい。


 剣には手を掛けない。

 これはあくまでも『お遊び』である。


 邸宅の敷地の中、門を越えた先の広い庭園へと足を踏み入れる。

 訪いも告げずに不法侵入している自覚のあるデイルが、獰猛な笑みをその顔に浮かべたのは、一斉に彼の元に覆面姿の大勢の男たちが躍りかかったからであった。


 目の部分にだけ穴を開けた麻袋を被った集団である。

 各々、手には長い棒や棍棒などの得物を携えている。刃物こそ持ってはいないようだったが、充分に殺傷能力はある。

 隠しているのは、あくまでも顔だけだった。


「ちょっ……流石にこれは酷いだろっ……お前らの方が、不審人物だろうがっ!」

 突っ込みをデイルが入れざるを得なかったのは、半数近い『不審人物』たちが、本来不審人物を取り締まるべき憲兵の制服を着こんでいた為だった。


 残りの半数は、衣服も装備もバラバラであるが、おおよそ『冒険者』である予想が出来た。犯行声明を送り付けた集団名からも、そのあたりははっきりとしている。


 一方、襲撃した側にも戸惑いがあった。

 デイルの姿を確認したのと同時に、彼らは事前の打ち合わせ通り、網を投げ、第一陣が襲いかかった。--筈なのに、一瞬でその姿を見失ったのだった。目標を失った網が空のまま地面に落ち、降り下ろした棒が硬い地面を打つ。

 彼らも、ある程度は腕に覚えがある。

 だが、今回に限れば腕に覚えがあるからこそ、相手の実力を見誤ったのだとも言えた。


 助走もなく、成人男性の背丈をやすやすと飛び越えるという動作は、『人間』に出来るものではない。

『人間相手』という前提が彼らにあるからこそ、この残念勇者の動きを予測しきれなかったのだった。


 そしてその事に彼らが気付いたのは、包囲の外側から、デイルに蹴り倒されるという反撃を受けた後であった。

 文字通り人外に属している残念勇者は、己が『伝説級』という域に達していることを、この場の面々にはっきりと示していったのである。

 千切っては投げ、千切っては投げという喩えの如く、デイルに投げ飛ばされた巨漢の男が次々宙を飛んだ。

 その次に蹴り飛ばされた男は、吹っ飛んだ先で、数人を巻き込んで倒れる。

 致命傷にならなければ、回復魔法でなんとかなるだろうと、デイルはこの場の面々を淡々と処理していったのだった。


 全ての覆面の男たちが、呻き声を上げながら倒れ伏したのを確認すると、デイルは息を乱した様子も見せずに、邸宅の扉に手をかけたのである。

 相手の人数を考慮すれば、瞬殺と言っても良い、無双っぷりであった。



「はー……っ」

 そんなデイルの背中を見送った後で、覆面姿の彼は大きな息をつき、覆面を剥ぎ取った。汗で額に貼り付いた生まれつきの赤い髪(・ ・ ・)を、乱雑にかきあげる。

「かすりもしなかった……」

「痛てて……お前は大丈夫か?」

 同じように覆面を脱いだ仲間に声を掛けられて、力無く応じながら寝転んでいた身体を起こす。叩きつけられた背中だけでは無く、あちこちが痛む。

「……何だか、ここまで来ると、逆に笑えてくるよな」

「ありゃあ……文字通りの化けもんだよなぁ……」

 どうやらそう思ったのは自分たちだけでは無いようで、周囲の幾人かは、同じように力無く笑みを浮かべていた。


 投網に加え、容赦無く得物を使い、圧倒的多数で襲撃したのにも関わらず、相手は無傷。格上の余裕を見せ付けて、結局最後まで相手は己の武器に手を掛けることすらなかったのだった。


「一発くらい、殴ってみたかったんだけどな……」

「これだけ見せ付けられたら、諦めもつくな」

『妖精姫親衛隊』に所属する者の中で、彼女と同年代の若手の構成員たちは、彼女に恋愛感情を抱いている者も少なくはなかった。

 そんな彼らは、『親衛隊』の上層部のおっさんたちによって焚き付けられたのである。


 それが今回の『デイルを一発殴っておくか大会』の開催であった。


 まあそれは、『虎猫亭』の常連客たちが、多かれ少なかれ考えたことのあることである。

 あの残念勇者は、周囲の視線もところも構わず、隙あらばラティナとイチャイチャしだすのである。そんな光景に、傷心の男心を抱えている野郎どもが存在していることに、全く頓着しない暴挙なのであった。

 あいついっぺん殴りたい--そう思ってしまうのも、致し方なかった。


 この計画(馬鹿騒ぎ)に賛同した一同の心情の中に、決して少なくはない憧れ--後の世に、伝説として謳われるであろう英雄相手に、一度は挑んではみたいという心--が潜んでいることは、焚き付けたおっさんどもは、誰も指摘をすることはなかった。ある意味では一同の心情を隠しておいてやる為に、殊更おっさんどもは、殴っておけと馬鹿騒ぎとして焚き付けたのかもしれなかった。

 現実は、力と格の差を見せ付けられるという結果となったが、襲撃者たちは卑怯なことをしている自覚もあるので、もう笑うしかない心境に至っていた。

 そしてそれ以上に、『憧れの勇者』が、圧倒的な強者であってくれて良かったという安堵も含まれていたのである。


「はー……っ」

 もう一度ため息をついて、赤毛の青年は周囲を見渡した。

 次に『彼女』に会った時には、本心はどうあれ自分は祝福の言葉を贈ることになるのだろう。

「一生越えられない相手でいてくれた方が……まあ、良いのかもしれないんだけどな」

 幼い頃から追い続けた背中が、今もまだ遥か遠いところにあることを知っても、青年の顔に翳りはない。

 そして彼は、同じ志--一発殴ってみたかった--仲間たちと共に、撤収作業に移るべく、痛む身体を引き摺って歩き出したのであった。

初撃の投網が成功していたら、捕縛して簀巻きにする流れでありました。失敗しましたが。

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