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後日譚。白金の勇者vs妖精姫親衛隊。壱

シリアスなんてありません。

 犯行声明を見た、デイルの表情から感情が抜けた。

 だがそれも一瞬のことで、デイルは、ケニスにいつも通りの苦笑いを向ける。やたら達筆に綴られたその犯行声明を、乱雑にカウンターの上に放り投げた。

「あのおっさんどもも、暇だなぁ……今回はこんな悪ふざけ始めたのか」

 デイルは、流石に常連客たちとの付き合いも長いこともあり、これがジョークの類いであり、激昂するに至らないという判断を下したのだった。

 ラティナ至上の価値観に於ては共有するおっさんたちである以上、彼女に危険は無いだろうという判断もある。


 そしてそんなおっさんたち相手だからこそ、大人げない狭量な男だと謗られることを嫌ったとも言えた。


「まあ、悪ふざけではあるだろうな」

 ケニスの声に心配な色はない。

 犯行声明を届けに来た常連客から、ラティナは『虎猫亭』の夜間の営業には、ちゃんと出勤するという話を聞いている。

 誘拐先から毎日通勤するという段階で、緊迫感はない。


「ラティナも、常連客(あいつら)には、可愛いがって貰ってきた実感があるからな……面と向かって拒絶も出来なかったんだろ」

「まぁ、ラティナにとっちゃ……親戚のおっさんみたいな存在だからなぁ……」

 実の家族との縁が薄かった彼女にとって、幼い頃から連日のように側にいて、自分を見守ってくれたおっさんたちは、血の繋がりがなくともやはり『特別』な存在だった。

 だからこそラティナは、大人しく従ったのだろうと思われた。


 お互いに、事前にちゃんと話をする。

 それがデイルがラティナと交わした『約束』だった。

 ラティナがその約束を簡単に反故にするとは思えない。デイルと常連客の間に挟まれて、途方に暮れた顔で今頃は困惑しきっているに違いない。


「まぁ……ラティナを捜すことも難しくねぇだろうし、首謀者は一、二発ぶん殴って……」

「……ところでデイル。俺はこんなのも預かっていてな……」

 口を挟んだケニスは、一通の文書を別に取り出した。

 封蝋に捺された印章で、それが誰からのものであるのかを悟ると、デイルの表情が強張った。

 それは彼の知る限り、最も『悪ふざけ』が大好きな人物からのものである。

「糞婆も一枚噛んでやがるのか……っ!?」

「……いや、ただの偶然の可能性もあるだろう」


 デイルの実の祖母と面識のあるケニスは、少しだけ視線を泳がした。状況として『疑わしい』の方が圧倒的に強いのである。

 それでもデイルは比較的丁寧な手つきで封筒を開けた。中身を取り出し内容を確認すると、眉間に深い皺を寄せる。

「どうした?」

「……直ぐに実家(こっち)に顔を出せってさ……あの時(・ ・ ・)貸し作ったこと匂わせてきやがった……」

 魔王関連で世界中を動いていた際、実家の助力が大きかった自覚があるからこそ、デイルはそれを出されると返す言葉が無いのだった。

 そして祖母には、実家に戻るのに、本来なら一月近く掛かる旅程のところ、デイルは数日で踏破出来る実績を知られている。簡単に呼びつけられる理由はそこにもあるのだろう。

「う……」

 そして何よりも、祖母の言葉をデイルが拒絶出来なかったのは、その目的にあった。


「……俺とラティナの結婚について確認したいことがあるから、一旦来いってことらしい」

「それは、まあ。めでたいことだな。ラティナは居なくて良いのか?」

「儀式も準備も実家(あっち)でやるからな。ラティナはそん時に説明すれば良いかって……だからって、ラティナに何も言わずに行ける筈もねぇし……即座にこの馬鹿騒ぎを終わらせて……」

「行って来たらどうだ?」


 そうケニスが言ったのは、双方の感情がわかる中立の位置に居るからとも言えた。彼には、デイルの考えも、だからこそこんな騒ぎを起こした常連たちの思惑も透けて見えるのである。

「ラティナには、俺からちゃんと話を通しておく。お前が少しこの場から離れることで、馬鹿どもに冷静になる時間をやるのはどうだ?」

「……」

 ケニスの提案に、再びデイルの表情から感情が抜け落ちる。

 そんなデイルの視線にぞっとするものを背中に感じながらも、ケニスはそれ以上に呆れていた。


「……お前……どれだけラティナに……依存してるんだ……」

 ぶへっと、間抜けな音で、デイルは吹き出した。

「んなっ、な、な……っ、何……何言って……っ!?」

 図星であったらしい。

 動揺による挙動不審と共に戻ってきた感情は羞恥のもので、デイルは一瞬で顔を真っ赤に染めた。

「ラティナが行方不明になった時のお前の様子は、まだ理解出来るとして……流石にこの程度の『悪ふざけ』に本気になるのも、どうかと思うぞ」

「……そりゃあ……まぁ、そうだけど」

「ただ単に、お前……ラティナといちゃつく時間が減ったから、怒っているだけだろう……?」

「その言い方、身も蓋もねぇよな……?」

「事実だから、言葉を飾っても仕方ないだろう」

 照れ隠しのようにぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜるデイルを見ながら、ケニスは一つため息をついて肩に入った力を抜いた。


「お前も冷静になれ。その後でこの『馬鹿騒ぎ』の相手を、真っ向からしてやれ」

「やけに向こうの肩を持つな……」

「『勇者様』にとっちゃ、それぐらいハンデにもならんだろう?」

 そんな会話の間に、デイルから完全に険が抜けていった。見せかけではなく、ようやく本来の様子に戻った『弟分』に、安堵するのはケニスの本心だったが、呆れているのもまた本音であった。

「『馬鹿騒ぎ』……馬鹿なことを大真面目にやるってことは、まぁ、一種の祭りみたいなもんってことか」

 吹っ切れたようにそう言ったデイルは、どうやらこの『馬鹿騒ぎ』を楽しむことが出来るほどの心の余裕を取り戻したらしい。


 伝説級の『勇者』を含んだ、荒事の部門の実力者たちによる、大真面目な馬鹿騒ぎの開催場所が、街中であることによる、周囲の迷惑については会話に上がらなかった。


「仕方ねぇな。……じゃあとりあえず、うちの糞婆がこの件に絡んでねぇか見て来るから……ラティナにそう、伝えておいてくれ」

「ああ。いざとなればヴィントに追わせればなんとかなるだろうからな」

 有能過ぎるわんこである。

 デイルは笑いながら椅子を立ち、荷物を取りに屋根裏部屋へと向かって行ったのだった。


 夜の営業の前に、ラティナは本当に帰って来た。

 デイルが故郷に向かって旅立った--とはいえ、往復で一週間程度で帰って来るという、本来ならばあり得ない予定ではあった--ことをケニスから聞くと、彼女は少し悲しそうな顔をした。

「ちゃんとお見送り出来なかった……デイル、怒ってた?」

「まぁ、怒っていたり、呆れていたりといったところか」

 ケニスはそう答えながら、少し膨れた顔で周囲の常連客たちを見回しているラティナを見る。どうやら彼女のこの様子では、デイルが故郷に急に向かったことはラティナにとっても想定外の事態であるようだった。

「デイルにはいろいろ内緒だって言われたんだけど……それでも出来る限りは相談しようって思ってたの」

 その返答を見るに、ラティナは、この一時帰宅の間にデイルと話をするつもりであったらしい。それもデイルが留守であることで、目算が狂ったのだった。

更にラティナは、おっさんどもがデイルに『犯行声明』を届けたことは聞かされていなかった。ちょっと驚かせるためのあれこれの準備の為に、しばらく外泊する--という認識であるのだった。


「結局、あの常連客(バカ)どもは何を企んでるんだ?」

「私には、デイルを説得する為だって言ってたよ……何を、どんな風に説得するのかとかはよくわからないんだけど……」

 よくわからないことに巻き込まれている本人である筈なのだが、ラティナは何処か楽し気だった。

「なんだかみんな楽しそうにしてるから……つい、ダメって言えなくなっちゃって……」

「まあ。あいつらもラティナのそう言う性格がわかっててやってるんだろうからな……」

「デイルに危ない真似をさせるようなら、絶対反対するんだけど……そういう訳じゃなさそうだし。何だかそんなお客さんたち見てたら、デイルも結局は、一緒に楽しむんじゃないかなって思えて……」

「それで大人しく連れて行かれたのか」


 ラティナはそう言ったケニス相手にちょっと困ったように微笑んだ後で、少しばつの悪そうな顔をした。

「それにちょっとだけ、私も楽しくなってきちゃったから」


『悪ふざけ』の輪は、こうやって広がっていくのであった。


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