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後日譚。白金の娘と親友と。参

 結婚式は滞りなく進められた。

 クロエの家族よりも当人よりも、ラティナが場の雰囲気に呑まれて号泣した式だった。


 今日の為にクロエが自ら仕立てた服は、フリルなどの甘いデザインを排したすっきりとしたもので、彼女らしいと言ってしまえもするが、花嫁としては若干スタイリッシュに過ぎる。

 だが、ラティナから借りた大粒の宝石が光るブローチを留めたクロエが新郎の隣に立つと、その印象は改まった。

 新郎が纏うクロイツの憲兵の制服は、実用性を重んじたほとんど余計な装飾のないデザインでありながら、ラーバンド国が主神と定める『赤の神(アフマル)』を象徴する色である緋をあしらったものになる。

 新婦の一見飾り気のない服も、新郎を隣にすると、丁度良いバランスでしっくりとおさまる。二重に仕立てたスカートがふとした動きで揺れて、下のスカートにあしらわれた大きな赤い花の装飾が、悪目立ちしない程度に姿を見せる。胸元に留めた緋色の宝石が大きな存在感を主張しているが、それだけで主役になれる立派な宝飾品であり、シンプルなデザインの衣装だからこそ、センスの良さを感じさせるものになっていた。


 家族や親友に付き添われたクロエが『橙の神(コルモゼイ)』の神殿を訪れると、そこには既に新郎とその家族が待っていた。

 庶民の結婚式には、華々しい複雑なセレモニーなどなく、最低限の儀式のみが執り行われる。それを知っているからこそ、参列者たちは、そのままぞろぞろと神殿の中に入った。

 新郎新婦とその家族が参列者を置いて奥に行ったのは、神殿に寄進をする為だった。

 しばらくして案内の神官によって、礼拝室へと参列者が通される。


「デイル、なんだか難しい顔してる」

「職業病かなぁ……なんか段取りとか、気になるんだよなぁ……」

「わかんなくはないけど、あんまり難しいこと言わないでね」

 こそこそと会話を交わすラティナとデイルは、それぞれ一輪ずつの花を携えていた。

 それは参列者が全て携えているもので、『橙の神(コルモゼイ)』の神前に供える為のものだった。


 やがて礼拝室の扉が開き、新郎と新婦が姿を見せた。

「ふあぁ……」

 ラティナが親友の姿に、感極まったような溜め息を溢したのは、花嫁の象徴である、豪華なヘッドドレスを着けているのを見たからだった。幾重にもたなびく薄い紗と、華やかな花々で飾られた頭飾りは、クロエの濃い茶の髪やワンピースに合わせた落ち着いた印象のものだったが、『橙の神(コルモゼイ)』の象徴である橙の色の花が鮮やかに目にうつる。

「花嫁さんだぁ……」

 ようやく、親友が結婚してしまうという事実が現実味を帯びて胸に迫る。

 じわりと涙腺が緩んでいるラティナに気付いた親友は、彼女らしい苦笑を浮かべた。


「何でラティナが泣いてるの」

「わかんない。……でも、幸せになってね、クロエ」

「……うん」

 祝いの言葉と共に、胸に抱いていた一輪の花を差し出す。

 受け取るのは新郎で、彼はそれを改めて傍らのクロエに渡す。

 デイルも他所行きの表情で微笑みながら、同じように新郎に花を渡した。

 新郎と新婦が神官が待つ祭壇に近付くにつれ、参列者から贈られた花の束は大きくなる。周囲からの祝福の証であるその花の束は、『橙の神(コルモゼイ)』に報告と共に捧げる為のものだった。


橙の神(コルモゼイ)』の神官の祝詞の声が高まる中、儀式が最高潮を迎えると、感極まったラティナの涙腺が決壊した。

 デイルはそんな彼女の手を握り、自分にとっても身近な神への祝詞を諳じるのだった。


 式が終わった後、泣き腫らした顔になっているラティナの姿に、クロエは苦笑を通り越して笑い出した。

「だから何で、ラティナがそんなになってるの……」

「わかんない……わかんないけど、なんか泣けてきちゃったの……」

「まあ、ラティナらしいかな」

「シルビアとも、一緒に見たかったかな……」

 ラティナが隣国(ヴァスィリオ)にいるもう一人の親友の名を口にすると、クロエは微かに苦笑した。

「シルビアは……何より今は一番仕事が楽しいって感じじゃない?」

「そうかもしれないけど……」

「それにシルビアなら……ヴァスィリオから子ども連れて帰って来ても、なんだかありそうな気がするくらいなんだけど……」

「……」

 クロエの言葉にラティナも苦笑する。

 ここにいない親友は、自分たちの想像の斜め上なことを仕出かしそうな気が否めないのだった。


「さて、こうなったら、次こそラティナの番だね」

「……うん」

 クロエに言われ、ラティナは少し恥ずかしそうに微笑んでちらりとデイルを見た。

 二人の話の邪魔にならないよう、一歩引いた場所にいたデイルは、彼に気付いた『橙の神(コルモゼイ)』の神官たちと話をしている。

橙の神(コルモゼイ)』の高位の神官位を有しているデイルは、そんな立場上、邪険にあしらうことも出来ないようだった。


「私と違って、ラティナは予算も取れるんだろうから……今、貴族の間で流行っているタイプのドレスを仕立てるのはどう?」

 そう言うクロエは、職人としての顔になっていた。

 デイルの懐具合が裕福なのは、ラティナが肌身離さず持つ婚約の腕輪を見ても明らかであるし、スポンサーと成りそうな大御所が何人も控えていそうな親友の交遊関係である。

 市井の仕立て屋では、触れる機会もない素材を用いた、凝ったドレスを縫う機会には、職人として心が動くのだった。

「普通なら、そういったの仕立てるチャンスも、なかなかないから、是非私にやらせてね。どんなデザインが良いとか、検討出来るように、資料集めるのも楽しいよね」

「……ふぇ?」

 仕事柄前のめりとなったクロエを前にして、ラティナは、素で不思議そうに首を傾げた。


「私……結婚式やるとしたら、デイルの故郷でやることになると思うよ」


 デイルの故郷ティスロウは、独自の文化を守る地域である。

 故郷を誇りに思い、その一族の一員であることに強く思い入れを持つデイルのことを、ラティナはよく知っていた。

 だからこそラティナは、デイルにプロポーズされた後から、当たり前のように彼の故郷で結婚式を挙げるのだと思っていた。


「クロエたちに見てもらえないのは、残念だけど……デイルにとって、故郷の風習がとても大切だってことがわかるし……私にとって結婚は、デイルだけでなくデイルの家族にも受け入れて貰えるってものだから」

「……」

「ドレスも素敵だなって思うけど……デイルの故郷の花嫁衣装は、代々受け継いできたものになるの……そういうのも、素敵だなって思うから」


 その言葉に、親友が複雑そうな顔になったことに、ラティナは気が付かなかった。

 そして、親友が『虎猫亭』の常連をはじめとした、某巨大組織と伝手を持っていることを、ラティナは意識していなかった。

 クロエは『妖精姫』の記章を作った関係で、既に彼らと縁故を結んでいるのである。


 そして何よりもラティナは、自分がそれだけ大きな影響力を持っていることを失念していた。


 ティスロウで結婚式を行う。


 それは、クロイツに大勢存在している、『妖精姫』の一生一度の花嫁姿を楽しみにしている者たちにとって、死刑宣告にも似た絶望に満ちた宣言である。


 とはいえ、クロエも、自分が得た情報が、そこまで大事になるとは思ってもいなかった。

 だが、夫相手に親友の決心を愚痴った結果--夫が同期の同僚に話し--同期の同僚は、事の深刻さを悟って上司に報告した。後は本当に一瞬の出来事だった。


 戦時下に鍛え上げられた某組織は、その緊急時と同じほどの緊迫した空気を纏って行動を起こした。


 --結果、『踊る虎猫亭』に犯行声明が送り届けられ、ラティナは『白金の妖精姫を見守る会』を名乗る集団により、誘拐されたのだった。

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