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後日譚。黄金の王、帰る。

 ヴァスィリオ国主を含んだ使節団を迎えた、ラーバンド国の歓待の宴は、正式な国交開始前ということもあり、小規模なものだった。

 だがそれは、あくまでも参加する人員が限られていたという意味であり、参列者の身分も宴の豪勢さも、ラーバンド国の繁栄を他国に見せるに相応しいものだった。


 だがラーバンド国側も、ヴァスィリオ国主『黄金の王』と、その妹姫である『白金の姫』を前にした際には、感嘆の息を漏らさずにはいられなかった。

 美しい異国の衣装を纏いながらも、長い白金の髪と意志の強さを象徴するかのような黄金の眸そのものが、何よりも目を奪う姉王。

 姉王と同じ白金の美しい髪を高く結い上げて、ラーバンド国流のドレスを纏い、諸侯からの挨拶に完璧な礼節を以て応じ、姉王にそれを伝える妹姫。

 存在そのものが、どんな装飾品にも負けない程に、美しい姉妹だった。

 その二人の後ろには、ヴァスィリオへの非公式な使節の一員を務めたローゼが控え、第二王子の妃であるファーニャ妃と『黄金の王』との談笑を通訳していた。


 ラーバンド国でも有数の美女と名高い二人が共に並ぶさまは、その一角を、この場の何処よりも華やかな場所へと変えているのだった。


 そして、そんな美しい姫君たちが集う様子を見て--


「……思ってた以上に、ラティナって凄ぇよなぁ……」

 と、デイルは離れた場所で呟いてみたりするのであった。

「傍にいなくて良いのか?」

 そのデイルに、公爵家の一員として相応しい礼装姿のグレゴールが声を掛ける。

「はっきり、隣にいないのが珍しいって言いたいなら言えよ」

 言葉を濁したグレゴールに据わった目を向けた後で、デイルは再びラティナを見た。

 何処から見ても、完璧な『お姫様』である。

 普段の姿を見知っているデイルでさえも、『お姫様』に見えてしまうのであるから相当のものである。

 あの中身が、鍋磨きを娯楽の一種として考えている庶民派少女であるとは、とても思えない。


「あそこ、怖ぇよな」

「……まあ、確かに」

 侍女の如く付き従いながらも、実のところはラティナを厳しく採点中であるローゼ。フォローと周囲への牽制、更には友好な関係を隣国と結び己の立場を強固なものにするべく公務に勤しんでいるファーニャ。そんなラーバンド国の女傑相手に、自国の益を損なうことのないよう、加減をはかりながら応じるフリソス。

 宮中の縮図の如き、女の戦いの場なのである。

 デイルは、立場上振舞うことを求められるとはいえ、本来野山で剣を振り回す方が性に合っている。そんな彼にしてみれば、気後れする空間であった。

「姉上も、『黄金の王』陛下と近付きになれてご満悦のようだ」

 姉の様子を見て、グレゴールは断言した。彼の顔にも好き好んで近付きたくはないというものが見え隠れしている。

「……まぁ、俺が近くにいると、どうしてもラティナが気を抜いちまうから……少し離れているってのもあるんだが」


 甘えん坊のラティナが、素のそんな自分を無防備に出してしまう相手の筆頭がデイルである。現在緊張の極致に居るであろうラティナだが、デイルが隣にいることで緊張の糸を切る事態になりかねない。

「それに、ラティナのそんな可愛い所を知っているのは、俺だけの特権の方が良いからな」

 そしてやはりデイルは、どんな時もぶれていなかった。


 そうしてラティナは、時折発揮する天然由来のポンコツ成分を表沙汰にすることもなく、ヴァスィリオの深窓の姫君としての役割を終えた。

 当人的には、涙目でぷるぷる震える仔兎のような心境であったのだが、それは周囲にはわからない。

 交流の無い異国の地の言語や風習に通じる、博識の姫君。客観的に見た際のそのような評価に、当人だけが気付いていなかった。

 デイルもまた、ラーバンド国内の社交界でうなぎ上りに上昇している『白金の妖精姫』に対する評価を、当人に敢えて告げようとは思わなかった。

「終わった……終わったよ……」

 未だ立場上は異国の王妹という状態にもかかわらず、エルディシュテット公爵家の厨房の片隅で、泣きながら憑りつかれたように銀食器をクロスで磨き続けるラティナを見たからでもある。

 流石にラーバンド国有数の貴族の厨房は、どこもかしこも綺麗に整えられていて、彼女にとって磨きがいのある焦げ付いた鍋は存在しないのであった。


 余談となるが、公爵家お抱えの肖像画家によって描かれた双子姉妹の肖像画は、描かれた異国情緒あふれる精緻な装飾品などの風俗も相まって、一部に複製が出回り流行する事態になった。

 彼女たちの名が、故郷(ヴァスィリオ)で『太陽』と『月』に通じた意味があることから、「ヴァスィリオに至宝あり。陽花と月花、双つの花。すなわち『双花』と謳われる最も貴き宝である」などという煽り文句付きの流行だったのだがーーそれを知ったデイルは、やはり庶民派思考の彼女を思ってその事実を彼女に隠したのであった。

 隠したからとはいえ、事実は覆らないのだが、それはデイルにとっても現実逃避なのである。

 因みに更なる余談であるが、クロイツの極一部にも、その肖像画は流通したのであった。


 行きと同様にクロイツを経て、使節団はヴァスィリオに帰ることになる。

 行きと異なるのは、その中の『黄金の王』が替え玉ではなく当人であることであった。


 ラティナにぎゅっと抱き付くフリソスは、魔獣が牽く車の中で籠城態勢に入っていた。

 車の外にいるデイルを睨めつける。手を離したら、再び離れ離れになることを理解しているからこその抵抗だった。

「……ごめんね、フリソス……」

「……プラティナが、ヴァスィリオに戻りたくないと思うことも致し方ない」

 囁くようにラティナが発したのは謝罪の言葉で、それが意味することを正しく理解したフリソスは、妹の言葉を肯定する。


 ラティナにとっての故郷(ヴァスィリオ)は、戻りたいと願いたくなる場所ではない。

 優しかった両親は既に亡く、神殿の奥で秘匿されて育った彼女には、他に親しい知古もない。

 優しい思い出よりも、追放されて理不尽に全てを失った悲しい記憶の方が強い場所なのだった。


 だからこそフリソスは、己が王として国を変えてみせると思っている。

 そしてそれには、まだ時間がかかることも理解していたのだった。


「必ず、プラティナを迎え入れる場所にしてみせる」

「あのね、フリソス。……私、いつか必ずフリソスのところに行くと思うの。私とデイルにとって、たぶんその方が楽なことだと思うから」

『魔王』とその眷属である『魔族』の寿命は、人間族のものとは比べられないほどに長い。

 元々有する寿命が長い種族である魔人族の国の方が、色々と不都合がなく暮らすことが出来るだろう。そう、ラティナは考えていた。

「だから、本当に『お別れ』ではないのだと思うの」

「わかっておる。それに会いたいと願うのであれば、余が出向けば良いことであるしな」

「ねぇフリソス。王様って、そんなに簡単に外の国に出て来て良いものなの?」

 フリソスの発言に対するラティナは、真顔だった。


(ありえねぇなぁ……)

 デイルの突っ込みは、仲良し姉妹の別れの場面への気遣いから、心中に留められた。


「プラティナがヴァスィリオに戻れぬ以上、我等が束の間でも共に過ごす為には、余が出向く以外に方法がなかろう」

「そっか……ごめんね、フリソス……」


(納得するなよ)

 素直過ぎるのも、非常に問題である。


「でも、今度はちゃんと来る前に連絡してね?」

「余の動向は機密であるから難しいぞ」

「来るのは大前提なんだな」

 デイルの呟きは、流された。

 動向がどうとか言う前に、一国の王が場末の酒場に滞在しまくる方が問題だということには、この姉妹間では最後まで触れられることはなかったのだった。


 フリソスがヴァスィリオへの帰路に向かう際、ラティナはクロイツの外まで出て、一行を見送っていた。

 彼女の背中には、一言では言い表せない哀愁のようなものが漂っていて、隣に立つデイルは、そっと彼女の肩を抱いた。

「……帰るか」

「うん……」

 寂しげに微笑んだラティナを促すように、肩を抱く手に力を籠めて、デイルもまた微笑んだ。

 そうしてクロイツに戻る為に、踵を返す。

『当たり前』の日常を、当たり前のものとして繰り返す。互いにとってそんな最も幸福な時間を過ごす為に、『日常』に戻っていくのであった。


 --とはいえ、宣言通りに、某魔王が場末の酒場の常連に名を連ねることになるのも--別にそう遠くはない未来の出来事なのであったりするのである。

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