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200/213

後日譚。黄金の娘、駄々をこねる。壱

気が付いたら、200話です。

これだけ長い期間、拙作にお付き合いくださいまして、本当にありがとうございます。

「げきおこー」

「それは、とても怒っているって意味で良いの? ヴィント」

「そー」

 短い言葉で肯定の意味を表したわんこは、ぱふぱふと尾を振りながら再び口を開いた。

「あれは、げきおこぷんぷんまるー」

「ぷんぷんまる?」

「もっともっとげきおこー」

「うーんと……とても怒っているよりも、もっと怒っているってこと?」

「そー」

 そんな気の抜けるような会話を、ヴィントとラティナが交わしていたのは『踊る虎猫亭』の片隅である。


 一人と一匹が見ているのは、裏庭だった。そこでは殺しあいという訳ではないが、修練というには物騒な光景が繰り広げられている。

「いい加減にしろってのっ!」

 一方的にぎゃんぎゃん喚くのはデイルであり、その相手は無言のまま、煌めく剣筋を幾本もはしらせていく。


 武術の心得のないラティナには、別次元の光景過ぎて、何だか危険だという意識も持てないのだった。

 規格外魔族となったデイルのスペックが高すぎて、回避行動に徹する彼に、何処か余裕があるのもその印象を強めていた。


「怒りに晒されておるとな。よし、もっとやるが良かろう」

「たぶんグレゴールさまが怒っているのは、フリソスが原因だから。そういうこと言うと、私も怒るよ」

「おこ?」

「おこだよ」

 上機嫌なフリソスは、器をひとつ持った状態で姿を見せた。

 水を満たしたそこに挿してあるのは、野菜の切れ端である。根を残している為に水耕栽培の要領で、すくすくと芽を伸ばしているのだった。この様子を観察することが、最近の彼女のマイブームなのである。

 フリソスにちょっと据わった目を向けてから、ラティナは再び目の前の光景に意識を戻す。

 そこでラティナは、何かを思いついたように、ひょいと立ち上がった。


「……やはり、思い切り動くのは、心持ちが良いものだな」

「すっきりした顔しやがって……」

 愛用の太刀を納めた後で、グレゴールは爽やかな表情で友人を見た。

 デイルは、肩で息をするジェスチャーをしているが、全くその動きに疲労の色はない。薄々察してはいたものの、友人は『ひと』という範疇を乗り越えてしまっているようだった。

(……『一の魔王』陛下が義姉となるとはいえ……デイルが陛下とお会いしたのは、ヴァスィリオに行った後の筈だが)

 釈然としないものを感じながらも、いずれ何かしらの報告を受けるであろう推測はしていた。


「そうではないかと予想はしていたが……護衛する筈の人物に、中継点ではあるが目的地で、出迎えられる此方の心境をどう思う?」

「だからといって俺に当たるなよ」

「当の本人に当たる訳にはいくまい。憂さ晴らしの運動位、付き合ってくれても罰は当たりはしないぞ」

「はっはっは。お前程の腕の奴に、真剣で斬りかかられるのは、軽い運動とは言わねぇんだぞ?」

「俺の腕を知っているなら、致命傷はよほどでなければ負わせることがないことも、知っているだろう」

 わちゃわちゃとやりあう二人の側に、ラティナは、ととと、と走り寄る。

 汗を流すグレゴールに洗いたての手布を渡した。

「ご迷惑おかけして、本当に申し訳ありません、グレゴールさま」

 ぺこりと謝罪の言葉を発したのは、グレゴールの心労が、姉によるものが原因であることを知っているからだった。

 冷たい水を入れたグラスをお盆に載せたまま差し出す。


「君が謝る必要もないが……デイルは、まあ……デイルだからな」

 友人故の酷い扱いであるが、常日頃迷惑を掛けている頻度を思えば、グレゴールがそう言うのも致し方なかった。


「止めたんですけど……フリソス、せっかくだから見に行くって……」

 ラティナがそう言ったのは、つい先日クロイツにヴァスィリオからの使節団が到着したからであった。

 ヴァスィリオの衣服や装飾品はラーバンド国の文化と大きく異なる。隣国でありながら今まで全く交流のなかったヴァスィリオの使節団の様子は、人びとの好奇心を大きく刺激するものだった。


 パレードのような豪華さで、使節団はクロイツの街中を厳かに進んだ。

 ラーバンド国の兵士により先導されているのは、護衛と案内故だった。ラーバンド国大貴族エルディシュテット家の旗を掲げて、一行を率いる黒髪の青年剣士は、『白金の勇者』と並び英雄と称される次期公爵の地位に在る青年である。

 名高い英雄を一目見たいと、集まる人びとの目的は、そこにもあった。そんな群衆ではあるが、クロイツの治安を守る憲兵隊と、臨時で雇われたらしい冒険者たちによって酷く混乱することなく捌かれていく。


 そんな群衆の前を、色も形も様々な艶やかな角を露にした、魔人族の使節団が歩んで行った。

 ゆったりとした衣服はラーバンド国では見ない造りになっている。角に装飾品を掛ける文化や、色とりどりのビーズを連ねた首飾りも、全てが人びとにとって、目に新しく写る。

 前後に別れた魔人族たちが守るのは、豪奢な細工が施された一台の『車』だった。馬車ではなかった。それを牽いているのは馬ではなく、ラーバンド国には生息していない鱗に覆われた魔獣なのだった。

 魔獣の鱗がきらきらと、陽光を反射して輝く。

 明らかに雲上人が乗るものだとわかる、美しい芸術品のような乗り物は、それだけでも異国の雰囲気を大きく伝えた。

 人びとは、あるものは装飾の素晴らしさに溜め息をつき、あるものはこれだけ見事な車に乗る、若き国主の姿に思いを馳せた。


「まあ、荷物の運搬に使っておる訳だがな」

「せめて替え玉を乗せとけよ!」

 悪びれることなく言い放ったのは、わかりきっていることではあったが、フリソスであった。

 彼女は本来、あの一行の中心にいるべき存在である。

 それなのに、妹と並び、野次馬の群衆の中でその様子を眺めているのだった。

「ある程度食料は現地調達が出来るとはいえ、物資の運搬は重要だぞ。合理的な判断だろう」

「……ラーバンド国への献上品とかは、用意してるのか……?」

「今回の訪問は、正式な外交の前段階だからな。正式な国交が樹立した際には、そういった物も整えようぞ」

 問いかけたデイルに、フリソスはそう答えた。

「まあ最低限の物は用意しておるぞ。当然のことなればな」

 そんな二人の会話に割り込む形で、ラティナは震える声で口を挟んだ。

「デイル……今、グレゴールさまと目が合った気がするんだけど……気のせいかな……」

 それにデイルは、乾いた笑いを浮かべて首を振る。

「気のせいじゃねぇな……ありゃあ……気付いたぞ。ほら、ちょっと動揺してるだろ」

「それはわかんない」

「わからぬな」

 感情をあまり面に出さないグレゴールの動揺具合は、一同の中では付き合いの長いデイルにしかわからないことであった。


 そしてお忍びで『踊る虎猫亭』に駆けつけたグレゴールは--


 とりあえず一発殴っておくか、くらいの反応で、デイル相手に愛刀を抜いたのだった。


「死ぬ前に一度くらいは、お前と本気で殺りあいたい気もしないではないが……」

「俺はやりたくねぇよ」

 純粋に剣術の更なる高みを目指すグレゴールには、若干の戦闘狂のきらいがあった。

 とはいえ決してそれが理性を上回ることがないことも知るデイルは、友人相手に溜め息をつきながらやり過ごす。

「お前は、訓練や模擬戦闘では、本来の実力を出せないタイプだろう」

「……そうなの?」

 グレゴールの言葉に、ラティナが首を傾げる。

 彼女は幼い頃からずっと、鍛練を欠かさず真面目に己の腕を磨くデイルの姿を見ていた。それでもデイルに、そのような波があることなど、思いもしなかった。

「デイルは、明確な目的がないと実力を発揮出来ない男だ」

『護る』という在り方に己のアイデンティティーを置くデイルは、それ故、明確に失うもののない場面では、今一つ実力を出し切れなかった。

 友人にはっきりと言い切られて、デイルが少し不服そうな顔をした。


「それにしても……」

 グレゴールが汗を拭った後で言葉に悩む様子を見せる。彼の視線の先には、黄金色の眸の女性がいた。

 視線の先にいるフリソスは、先日使節団の様子を見学した際、グレゴールを見ていた為、彼がどういった地位の人物であるかは知っていた。

「余は、何処にでもおる、ただの、其処なるラティナ(・ ・ ・ ・)リッソ(・ ・ ・)お姉ちゃんであるぞ」

「え?」

「露骨だな」

 急なフリソスの言葉に首を傾げたのはラティナだけで、デイルとグレゴールは苦笑した。


「そのような御意向であるならば、御心のままに」

「うむ」

 そうやってグレゴールは、フリソスの意を汲み、跪くような真似はしなかった。

 不躾にならない程度に並ぶ姉妹を眺めて、感嘆するように息を吐く。

「噂通り、よく似ている姉妹だな」

「性格は似てねぇ……って言い切れないくらいは、似てるとこがあるかな」

 具体的に言うならば、箱入り天然娘である点である。

「中継点で『黄金の王』一行を出迎えた俺の心情を慮って欲しいところだが……」

「……だから、俺に言われてもなぁ……」

「余の顔を知る者など、おらぬだろうに」

「お前はせめて、少しだけでも、隠しておこうという気はみせねぇのか」

 ついさっき否定してみせたにも関わらず、そんな発言をするフリソスに、デイルは呆れた顔をした。一方グレゴールは、達観したかのような表情になっていた。

「まず、あの場の冒険者たちが、替え玉であることに気付いてな……暴徒化するのではないかと、肝を冷やした」

「……」

「俺も、別人であることには気付いていたからな……兵は冒険者たちが暴発しそうになっている理由はわからない……俺もどうやって場を収めるか腐心したぞ」

「……」


 ヴァスィリオとラーバンド国の中継地点で仕事をしている『虎猫亭』の常連客たちの、血を吐くような絶叫が聞こえるような錯覚がした。

『黄金の王』と面識がなくとも、彼等は瓜二つの(・ ・ ・ ・)妹姫を見知っているのだ。

 --ちらりとでも良いから、見るのを楽しみにしていたのに……っ!--そんなやるせない叫びの意味を理解出来る者は、軍内には、ラティナと面識があり、しかもラティナの素性を知るグレゴールに限られていたのだった。


「そのような危険な場であったか。余の判断は曉幸であったのかもしれぬな」

 そう、原因そのものが自慢気に言い放った時には、デイルは流石に友人相手に頭を下げたのだった。

「……俺で良ければ……いつでも剣の相手くらいするからな……」

 一応この『原因』は、義姉という身内なのである。

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