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後日譚。黄金の娘、白金の娘と詣でる。壱

 まだ使節団がクロイツに辿り着くまでに日数がある内にと、フリソスが亡父の墓に参りたい意向を示したのは、更に数日を経たある日のことだった。

「まぁ、それに関しては予想はしてたからなぁ……」

「私も一緒に行くね。ラグに報告したいから」

 ラティナの言葉に、フリソスは何を当たり前のことをという顔をしていた。

「パウラたちは……置いて行った方が良いか」

「私とフリソスが、魔人族言語で話ししたら良いのかもしれないけど……それじゃデイルにも内緒話しているみたいになっちゃうし」

「それはちょっと、切ないな」

 などという話の結果、三人組はクロイツに残すことが決定した。

 フリソスの素性を公に出来ない状況で、あのうっかり姉妹のフォローを全てやり切る自信は、デイルにもない。

 父親の墓を前にしたら、あの姉妹はいつも以上に、思い出話を含めた機密情報をぽろぽろ漏らしていきそうな怖さがあるのである。


(むしろ、フリソスが一人で来た理由の中には……それもあるのかもしんねぇよな……)

 そうデイルが思い至ったのは、部下や侍従を控えさせた際のフリソスは、あくまでも公人である『一の魔王』であるからだった。

 ラティナの姉のフリソスとして、亡き父親を偲びたいとしたならば、何のしがらみもない状態でと願うものかもしれない。

(まぁ。だからといって、普通はやらねぇだろうけど)

 そう独白した後で、デイルは自分の装備を再確認する。


 とはいえ今の彼の格好は、魔獣の黒いコートと左手の籠手、腰には長剣といういつも通りのものだった。先日のような夜営の準備などはしていない。

 階段を下りて、店内に行くと、そこにはお茶を飲んでいたラティナとフリソスがいた。

 常連客たちに、ほんわかとした視線で見られていることを気にすることのない二人は、デイルの目から見てもやはりよく似ている。

 ラティナは、足元はしっかりとしたブーツで固め、彼女にしては珍しい長ズボンを穿いている。腰に赤い革の鞘に収められたナイフを一本さしていたが、それは武器としてのものではなかった。料理だけでなく、下草を払ったり枝を切ったりと、森の中の移動には刃物を必要とする機会が多い。

 一方フリソスは、はじめてこの店に現れた際の緋のボレロと帽子、そしてワンピースという姿だった。ヴィスィリオで携えていた王笏の代わりに、似た長さの杖を持っている。

 そしてそんな二人の足元では、ヴィントがぱふぱふと尾を振っていた。


 ケニスがデイルに気付いて、若干呆れ交じりの声をかけた。

「心配する必要なんてないかもしれんが……まあ、油断だけはするなよ」

「正直、俺の仕事もねぇかもしんねぇからなぁ……」

 デイル一人でも過剰戦力であるのだが、繊細な魔力制御を得意とし魔術の応用にも長けたラティナと、巨大な魔力を生まれ持ちつつそれを全て御することの出来るフリソスという、得意とするものが異なる魔法使いの姉妹。更には、個別に状況を判断できる幻獣というメンバーなのである。

 そこいらの冒険者でも、後れを取ることの無い面々であった。

「行ってきます」

 笑顔でそう言うラティナには、全く気負いのようなものはない。

 つい先日もそうであったが、彼女は魔獣の生息地に向かうことにすら危うげなものは感じていないようである。

 常連たちに手を振って、ラティナは如何にも楽し気に『踊る虎猫亭』を出たのだった。


「『森』までは、大人の足なら十分日帰りで帰って来れる距離だ。それでも、念のために夜営の準備をする場合も多いんだが……今回はヴィントも同行してるからかなりの軽装で向かう」

「うん」

「うむ」

『森』の中で道を見失ったり、はぐれた場合には遭難する危険もあるのである。だが、『地』属性魔法の恩恵により方向を見失いことの無いデイルと、かなりの広範囲の中からも目的の人物を捜し出せるヴィントが含まれている一行である。定石に当てはまるメンバーではなかった。

 照りつける日差しは、デイルの黒いコートの内側に熱を籠らせる。

 まだ夏の暑さを残す今の季節は、『森』に向かう道中ですら、ラティナの額に汗の球を浮かばせた。

「暑いね。フリソスは大丈夫?」

「む? ヴァスィリオではこのくらいの気温は日常的なものであるからな」

「でも、いつもは神殿の中にいるんでしょ? こんな風に外に出ることってないんじゃないの?」

「なればこそ、外に於ける開放感は、これしきの暑さで参ることなど無いとは思わぬか」

 ラティナに負けず劣らずフリソスもはしゃいでいることを見て取ると、デイルは微かな苦笑を浮かべた。

「無理はしないで、体調が悪くなったら必ず声は掛けろよ。俺は『地』属性の回復魔法が使えるし、いざとなったらヴィントに運んでもらうってことも出来るんだからな」

「わふ」

 仔わんことはいえ、成人女性程度ならば易々と運ぶことの出来る幻獣なのであった。

「そういう其方の方こそ、暑さでやられておるのではないか。余の魔法で冷やしてやろうか」

「俺は慣れてるから平気なんだよ。それにどうせ、どさくさに紛れて俺を凍らせるくらいに温度を下げてやるって言うんだろ」

 そのデイルの発言には、フリソスは笑顔を返すだけで返答をしなかった。

 下手に「はい」と肯定すると、ラティナに本気で怒られるところであるから賢明な対処であるとも言えた。


『森』は、うっそうとするほどに木々が生い茂っている為に、日差しが遮られた分、心なしか体感気温が楽になる。

 フリソスはぐるりと周囲を見渡して、ふむと一つ頷いた。

「この場は、『橙の神(コルモゼイ)』の神気と『青の神(アズラク)』、それに『緑の神(アクダル)』の神気が影響を及ぼしておる地だと聞いておるが」

「そうなの?」

 首を傾げるラティナに、デイルは微かに笑いながら答える。

「『神域』ってされる場所ほど恩寵が強い訳じゃないがな。魔獣の生息域ってところでは割とよく聞く話らしい」

「開拓が難しい場合が多くてな。ひとの手が入らぬからこそ魔獣は多くなり、それ故更に、ひとの手が入ることをを困難にするのだ」

「植物が異常繁殖するなんてのが、この『森』の状態だ。道を通すってのも、だから難しいんじゃねえかって思うんだが……」

「困難ではあるが、やりようはある。この『森』全てを、ひとの領域にしようなどと驕ったことを考えなければ、何とでも出来るものである」

 フリソスの自信満々な様子には、デイルも少々感心する。

 前を向くフリソスは、自分の思い描く未来すら見ているように感じられた。そして、そう思ったことを少々面映ゆくなったデイルは、少し空を見上げてみたのだった。


 デイルがまず二人を連れて来たのは、小川の辺だった。

 やはり暑さを感じていたらしいヴィントが、尾を振りながら水の中に飛び込む。浅い清流からきらきらとした飛沫が周囲に飛んだ。

「あー……やられたな。割と簡単に魚も捕れる場所なんだけどな」

 これだけ派手に飛び込まれてしまえば、近場に残っている魚はいないだろう。

 そんな様子を穏やかな表情で見ていたラティナが、そっとデイルの腕を掴んだ。

「ラティナ?」

「……此処は、私がデイルに見つけてもらった場所だね」

 複雑な感情を含ませながらも微笑んだラティナを、デイルは自分の傍に抱き寄せる。

「ラティナが俺を見つけた場所なんじゃないのか? あの時、ラティナの方が俺を見つけて傍に来てくれたんだからな」

「傍に来ても良いって……デイルが言ってくれたからだよ」

「帯剣した見ず知らずの男の傍に、近付くなんて怖がってもおかしくなかったんだ。ラティナがやっぱり一歩を踏み出したから、俺たちは出逢えたんだと、俺は思ってる」

「デイル……」


 あっという間に自分たちだけの世界に入りこんだ二人に、フリソスは据わったような目を向けた。

「はぜろー」

 水遊びを一時休止して呟くヴィントに、フリソスは手にする杖をくるくると回しながら、短く命を下す。

「ヴィント、あの二人の方向に水飛沫を飛ばせ。出来るか?」

「『風』まほーで、いっぱいとばせるー」

「よし、やれ」


 その後、局地的に巻き起こった季節外れのブリザードにより、時と場所を選ばない熱々空間の温度は、物理的に下げられたのだった。


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