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後日譚。黄金の娘、来る。弐

「で、何でいるんだ?」

 少し冷静さを取り戻してデイルが問えば、一通りナッツを剥き終わって満足気な顔をしたフリソスは彼の方を見た。

「ヴァスィリオは長く外部との交流を絶っておった故、『魔王』、ひいては『魔人族』は、人間族の中で誤った認識で捉えられておるのだろう?」

「まあな。人間族の国(こっち)で『魔王』っていえば、『厄災の魔王』のことを指してるし、『魔人族』と『魔族』も混同されてる」


 魔王が、己の力の一部を与えた眷属である『魔族』は、全てが魔人族ではないのだが、やはり身近な同族の者を眷属にすることが多い。更に『魔族』の外見上の差異は、(あるじ)によって刻まれた『名』だけとなる。

 デイルのように『加護』を以て見分けることができるものは別として、それを知らない者が区別することは難しい。


「此度の余の訪問は、それらの印象を改める為でもあるのだが、やはり快く思うておらぬ者もおるだろう」

「まぁ、そりゃあな」


 人間族は七種の『人族』の中でも、数が非常に多い。

 それは、状況によっては他種族と関わることがないということになり、外見に異質なものを有する他種族を、忌避するという感覚も生み出している。

『人間族絶対主義』と呼ばれる差別的な感覚だが、人間族全体でみれば決して珍しいものではないと言えた。


「そういった輩は、この度の訪問を快く思うておらぬだろう。直接妨害に出る輩もおるかもしれぬ」

「まあな」

「故に、使節団の中に余の替え玉を置き、余は単身でこの街を訪れたのだ」

「うん。それはやっぱりおかしいよな」

 思わず突っ込んだデイルの姿に、ケニスと常連客たちも頷いた。

「そうだよフリソス。いくら『魔王』は、勇者以外から害されることがないって言っても、一人でなんて……」

 口を挟んだラティナに、この場の何人かが、彼女が突っ込みを入れる側であるのは珍しいと思った。

「一人で、自分の身の回りのことも出来ないでしょ……?」

「プラティナが出来るのであるなら、余にも可能だ」

「確かに、ラーバンド国のお洋服は着替えるのヴァスィリオのより楽なんだけど……そうじゃないと思う」


 やはりラティナの突っ込みは何処かずれていた。

 そしてそれに答えるフリソスの発言も、何処かおかしかった。


 そこでデイルは、ふと、思った。

 ヴァスィリオでのフリソスは、国主としての立場に相応しい姿を見せていた。彼女のその素養を疑う余地はない。

 だが、他国という勝手のわからぬ場所で、国主という立場を取っ払った状況に身を置けば--残るのは天然素材の箱入り娘である。


「お前らって……根本的な部分はやっぱり似てるんだなぁ……」

「ふぇ?」

「似ていても仕方なかろう」

『常識知らず』という点では、ラティナ以上に質の悪い、瓜二つの天然娘であることをデイルは悟ったのであった。


「……でも、来ちゃったのは、正直、もうどうしようも無いんじゃないかなって思う」

 困った顔ではあったが、ラティナがそう言い出す。デイルだけでなく周囲の人びともぎょっとした。

 その反応の中、ラティナは続けて口を開いた。

「それにね、ちょっと心配していたことがあったから……」

「心配?」

「ヴァスィリオのご飯は、ラーバンド国のものと全然違うの」


 やはりというべきか、ラティナの関心は、飯マズ文化由縁のものだった。


「……ラティナ」

「あのね。だから、ヴァスィリオから来たひとにとっても、ラーバンド国のご飯は見たこと無いものばかりなんだよ」

「うむ……」

 少し呆れた顔をしたデイルと異なり、ケニスはラティナの発言に少し考えるような仕草になった。


「ラティナは、ヴァスィリオの使節団がこのままラーバンド国で歓待を受けるのは、問題になると思うのか?」

「うん。フリソスも、シルビアたちから聞いて、食文化が違うことは知ってると思うけど……このままだと、マナー以前の問題だもの」

「なるほどな……」

 納得してしまったケニスと、周囲に温度差が生まれた。デイルだけでなくジルヴェスターとリタも、食を追求するこの師弟に、少々呆れた顔をする。


 だが、ケニスはいたって真面目な顔で、一同を見た。

「このままだと、相当うまくやらないと、ヴァスィリオの使節団を歓待するというのは難しいということだ。そうだろうラティナ?」

「うん……ヴァスィリオには、パンも無いんだよ。全部が全部、見たことの無いものなの。使節団が到着したら、クロイツでも王都でも、きっと歓待の宴とかあるでしょう? その時に全部誰か説明してくれるのかな?」

「説明されても難しいだろう。食材自体、無いものになるのだろ?」

「穀物とか、お肉だってことはわかるだろうけど……逆に言えばそれぐらいだよ」

「そんなに難しいことか?」

 首を傾げるデイルに、ケニスは身も蓋もない例を突き付けた。

「俺が前行ったことのある国では、蟲を蛋白源として常食していたな。向こうじゃ一般的なものだから、もてなしの料理としても普通に出てくる」

 魔獣に該当する大型の生き物になれば、食用に適した部分も多くなる故に珍しくはない事態であるが、具体的な料理の外観の描写は、避けておこうと思える発言である。

緑の神(アクダル)の神官たちは、そんな見たこと無い食材も面白いって言うけど……全てのひとがそうは言い切れないでしょ」

「知っていればまだ気構えも出来るんだがな。全てが全て食材の見当もつかない土地の食事は、かなり度胸がいるぞ。それに、文化が違うっていうのはそれだけじゃない」

 ケニスの言葉に、考え込む仕草になったのはラティナだった。


「ねえフリソス。ラグが、モヴは街のひとたちよりも慎ましいご飯だって言ってたことがあるような気がするんだけど……そうなの?」

「うむ? モヴは、民を率いる者こそそうあるべきと在ったな。余も、それには同じ思いだ」

 フリソスの答えを聞いたラティナは、デイルに困ったような顔を向けた。

「ラティナ?」

「ラーバンド国では、お客さんにたくさんのご馳走を並べて……珍しい美味しいものをたくさん食べてもらうのって、歓迎の意味があるでしょ?」

「まぁ、もてなしっていや、そうなるよな」

「ヴァスィリオでは、食べきれないほどの沢山の料理を並べるのは、やったらいけないこと……だったはずなの」

 そう言いながらラティナがフリソスを見れば、彼女はナッツをポリポリと咀嚼しながら頷いた。

「それは罪悪だな」

「そこまでのことなのか」

 驚いた顔になったデイルに、フリソスは何でもないことのように答えた。

「ヴァスィリオの環境は農耕に適しておらぬこともあり、食料事情は良くない。特権階級が暴食に耽り、食料を独占する事態になれば、民は飢えることになる。それはあってはならぬことだ」

「それにね、魔人族は人間族よりも少ないご飯の量で大丈夫なの……そのあたり、ちゃんと誰か調整してくれるのかな……?」


 しばし、『虎猫亭』の中に沈黙が下りた。

 沈黙を破って口を開いたのはケニスだった。

「……公爵閣下のことだから、報告を受けて準備は整えている筈だろうが……ラティナの懸念は、一応伝えておいた方が良いかもしれんな」

「……そうだな」

 頭を抱えるような仕草をしたデイルは、溜め息まじりにそう答えた。


「フリソスは使節団とクロイツで合流するつもりなの?」

「そのつもりだぞ」

 一方でラティナは、フリソスとそんな会話をしていた。

「その間どこに泊まるの? 宿は……」

「それなら心配無用だ。この街には、其方を捜す拠点として用意した館がある故にな」

「……え?」

 フリソスが言う『館』というのが、以前束の間の再会を果たしたあの館のことである推測はラティナにもできた。


「今では、この国と本国との連絡役の拠点ともなる故に、手入れは続けさせておる。荒れ果てているということもなかろう」

「あのね、でも、フリソス……一人で来たんだよね……?」

「うむ?」

「身の回りのこと、どうするの……」

 震えた声で聞いたラティナに、フリソスは自信に満ちた様子ではっきりと答えた。

「プラティナに出来ることならば、余にも出来る」

「ケニス、ジルさん、どうしようっ! 私も一緒にしばらく西区で暮らした方が良いかなっ!?」

「落ち着け嬢ちゃん」

「下手にラティナが動くと、余計に目立つだろう」

 この街でのラティナの知名度は、時に領主のものを超えているのである。

「口の堅いもんに、周辺を警護させるとして……」

「問題は、館の内部で場合によっては世話も出来る人物か」

「こうなったら、フリソスの素性を知らない方が良いんじゃないかなって思うの。魔人族がラーバンド国のことを知らないってっだけなら、あまり珍しいことじゃない筈だし……必要以上に畏まらない方がかえって目立たないんじゃないかなって……」


 そんな風に喧喧囂囂とやり取りをしている最中だった。

「あら、いらっしゃい」

 リタの声に、一同は黙り込み入り口を見る。

「取り込み中?」

 そこには、一斉に注目され気まずそうな顔をしたアデリナたちの姿があった。


「……私と、あんまり年が離れてない方が、街の中とかでも目立たないよね……」

「街の中をうろつくこと前提なのか?」

 そう言ったケニスには、デイルが何かを諦めたような顔で答えた。

「好奇心の塊みたいなラティナの姉だからな……うろつかないようなつもりなら、初めからこんなこともしねぇだろ」

「まあ、そうだな」


 そして当人たちの同意もないままに、巻き込まれる形でアデリナたち三人は、マイペース魔王に振り回されることが決定していったのであった。

『娘』がケニスとジルヴェスターに聞いて、『元保護者』に問わないのは、姉と暮らすことに反対するか、付いて来るという回答の予測が出来る為です。

因みに「付いて来る」には、姉が嫌な顔をします。

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