後日譚。黄金の娘、来る。
『森』からの帰路の時点では、パウラたちの目は、残念なものを見るものになっていた。
憧れを即座に残念対応なものに変えるのも、最近のデイルの通常仕様である。
デイルが彼女たちに実力を見せる機会がなかったことは、良かったとも言えるので、複雑なところでもあった。
「良かったのか? あんな短い時間で」
帰り道でデイルがそう言ったのは、ラティナが父親の墓参りを、周囲の掃除だけで早々に切り上げたからだった。
「うん。今日はフリソスが来る前に、荒れてたりしないか確認したかっただけだから」
ラティナは、そう答えて微笑む。
「後ね、ちゃんとフリソスともう一度会えたよって……報告はできたから、良いの」
微笑んでいるものの、ラティナの表情の中には寂しげなものも含まれている。
(……あんまり、感極まると、泣いちまう……かな)
ラティナのその表情からデイルは、彼女が、パウラたちがいる前で、そこまで自分の内面をさらけ出したくのはないだろうと推測した。
そんな風に、ラティナにとっての久しぶりの遠出は、何事もなく終了した。だが、その時のラティナの『爆弾発言』は、デイルが想像していたよりも早く動き出したのである。
『踊る虎猫亭』は、情報機関である『緑の神』の出先機関であることもあり、最新の情報が得られる場所になっている。
その為、正規の手段で最初にその情報を得たのは、リタであった。
「ヴァスィリオの使節団が、ラーバンド国に来るそうよ 」
「こんなに早くか?」
ケニスの反応は当然のものとして、デイルは微妙な表情でそれに応える。ラティナに至っては、少し視線を逸らした。
彼女のその反応を、デイルは見逃さなかった。
「ラティナ、お前、他にも何か知ってるのか?」
「……言えないの」
「その言い方は、まだ何か知ってるんだな」
「ちょっと待て、お前ら。何か隠してるのか?」
ケニスの質問に、デイルはもう一度ラティナを見てから、答える。
「その使節団の中に……あー……ラティナの姉さんが交ざっているらしい」
その言葉に、ケニスとリタが固まった。
『ラティナの姉』が、どの立場の者を指しているのか、二人も重々承知している。
ラティナは視線を皆の方に向けようとしない。
「ラティナ?」
ケニスにも問われて、ラティナはびくり。と肩をあげる。
「私が知ってるのは、フリソスが使節団に交じっていることだけだよ……?」
「いや、お前、絶対何か知ってるだろ」
「本当なの……ただ……」
「ただ?」
デイルに更に問い詰められて、ラティナは困りきった表情で彼を見た。
「何かフリソス企んでるんじゃないかな……って、思うだけなの」
「まあ、それは確かに」
即座に同意したデイルに、ケニスとリタは微妙な顔になる。そんな二人に、デイルははっきりと言いきった。
「ラティナの姉だからな」
「ああ……」
「それじゃ……仕方がないわね……」
それで納得されてしまう現実がそこにあった。
ラティナが、シルビア経由で知る情報は、確かに『黄金の王がラーバンド国に向かう』ということだけだった。
だが、そこに虫の知らせのようなものを感じていたのは事実である。
(でも……まさか……だよね……?)
確証できるものは何一つない。
だからこそ彼女は、デイルたちにそのことを話そうとしなかったのだった。
そしてその後、ラーバンド国、特に王都とヴァスィリオの中継点であるクロイツはその話題で持ちきりになっていた。
少数とはいえ、今まで国交のなかった異国の使節。そこには、若く美しい国主の姿もあるという。
元々『外部から訪れるもの』に、寛容な風土を持つクロイツであれば、他種族人であっても拒否反応は少ない。
『魔王』とは、人間族にとって仇敵とされる『災厄の魔王』と同一視される傾向が強く、ラーバンド国でも、今回の魔人族の訪問に拒否反応を示している人びともいる。
そんな最中でもクロイツは、友好的な雰囲気を保っている。珍しい地域と言えた。
「まあ、そういった輩の意識を改める為にも、若き女王というわかりやすい象徴は効果を発揮するだろう」
クロイツに、『人間族絶対主義』を唱える狭量な輩が現れる予測もできる。その為、時期を見て王都から護衛の兵士が訪れることになるとも言われていた。
「とはいえ聞くところによると、この街はラーバンド国でも屈指の『魔人族』に友好的な土地であるという」
それは、クロイツの一大派閥たる非営利組織の存在も大きかった。この集団が睨みを利かせている現状、この街で、魔人族ひいては我らがアイドルの姉君に対して、そんな輩が騒ぎを起こせる筈もないのである。
「だからこの街では、『魔人族』も比較的安全に過ごせると……」
「ちょっと待て」
そこでデイルは声をあげた。
額を押さえて、首を振り、ラティナを見る。
「ラティナ」
「何?」
「説明しろ」
「……私に聞かれても、困るんだけど……」
そう言って苦笑したラティナは、首を少し傾ける。
「ヴァスィリオの使節団を迎える関係で、デイルが王都に向かったでしょ……?」
「ああ」
この数日、デイルはクロイツを離れていた。
それはある程度予想していた通りだったが、ヴァスィリオの国主到着に合わせて、デイルもラティナと共に王都に滞在するようにという要請の為だった。
公爵直々に、ラティナを伴うようにと言われてしまえば、断ることも出来ない。
命令書では済ますことの出来ぬ諸々を打ち合わせた後、手配されていた飛竜 でデイルは帰宅してきたのだが--
「その間に起こったことではあるけど……私も、お洗濯してたら……いたって感じだったから……」
「何で、いるんだ」
「私に聞かれても……」
デイルが指差す先には、 ラティナと瓜二つの女性がいた。
わざわざ説明するまでもなく、黄金の色の眸の女性である。
彼女は、ラーバンド国では一般的なごく普通のワンピースに、深い緋のボレロを羽織り、同じ色の帽子を被っていた。
当人はデイルに発言を遮られた後、それを深く気にする様子もなく、殻付きのナッツの殻をひたすらに剥くという作業に勤しんでいる。
「リタが迎えたんだけど」
「とはいっても、私に聞かれても困るわよ」
第一発見者となったリタも困惑した顔で答えた。
「普通に扉から入って来たから」
「まぁ、流石に窓からとかは来ねぇだろ」
それは、本当に突然の出来事であった。
前触れもなく扉が開いた時、まずリタは、いつも通りに応じた。
「いらっしゃい……ま……?」
その言葉が尻窄みで消えたのは、客人が説明する必要も無いほどに見知った人物とそっくりであったからだ。
そして、だからこそ、硬直した。
その人物は、ここにいる筈のない人物である。
リタから少し遅れてその人物に気付いた常連客たちも、動きを止めた。
常連客たちも皆、硬直している。
客の一人が驚きのあまりに、手にしていたジョッキを落とした。
響き渡ったその音に、ケニスが眉を寄せながら厨房から顔を出す。
「一体、どうし……」
そして、ケニスも固まった。
そこに遅れてひょっこりと、空気を読まないマイペースわんこが現れた。とことこと前に進み出ると、客人に頭をぐりっと擦り付ける。
「ひさしぶりー」
「うむ」
「ラティナよぶー?」
「うむ」
ヴィントはそう言うと、くるりと来た方に戻って行った。
そしてすぐに、ラティナを連れて店内に戻る。
エプロンで手を拭きながら姿を見せたラティナは、不思議そうな顔をしていたが、ヴィントが再び向かった先にいる人物の姿に、すっとんきょうな声を悲鳴のようにあげた。
「フリソスっ!?」
「プラティナっ」
親愛を籠めて抱き付いてきた双子の姉を、振り払うことも抱き締め返すこともせず、ラティナは目を白黒させたのである。
デイルが帰宅したのは、間もなく後のことであり、誰一人状況を把握していない最中であったのだった。




