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後日譚。わんことわんことわんこ。壱

前回までのシリアスの反動で、全く深刻さのない『後日譚』開始であります。

「うむ。そろそろ一度帰るとするかな」

 そう巨体をむくりと動かしてハーゲルが言い出したのは、デイルとラティナがクロイツに戻ってほどなく。当たり前の日常が戻ったある日だった。

「そうなの?」

 首を傾げたラティナに、ハーゲルは、うむと頷いた。

「一度体験してみたかった、人族の『都会暮らし』なるものも味わった」

 存在自体が希少である幻獣、『天翔狼』であるわけだが、俗な物言いを知っているのは、故郷の祖母の影響だろうとデイルは思った。


「帰るのか。それはそれで寂しくなるな」

「結構お前と呑むのも、楽しかったからな」

 そして、いつの間にか、『虎猫亭』の常連客のおっさんの一部と飲み仲間になっていた事に、デイルはおののく。

 世界広しと言えども、幻獣が居着く酒場の話など何処にもないだろう。

 多少濁った目でデイルが兄貴分であり、店主であるケニスの方を見れば、てちてちと歩き回る愛娘を見ていたケニスは、デイルに呆れた視線を返す。

「お前の祖母殿が、酒の味を教えたらしいぞ」

「あの……糞婆……っ」

 やはり元凶は、デイルの祖母ヴェンデルガルドであった。

「エマの前では、あまり汚い言葉を使うな」

 すっかり娘に甘い顔を見せているケニスだが、デイルはそれについては何も言うことはなかった。この店に出入りする者が総出で「お前だけはそれを言うな」と、突っ込みを入れることが目に見えている為である。

「ラティナは、こんな俺のそばでも、あんなに良い娘に育ったぞ」

「よほどラティナの実の両親は、出来たひとだったんだろうな」


 すげなくケニスは言い返し、エマを抱き上げる。三人目は男と女どちらが良いかと検討するケニスは、最近現役引退後はご無沙汰だったトレーニングを再開していることを、デイルは知っていた。

『師匠』というかたちではあったが、ラティナの成長を保護者の一人として見守ってきたケニスは、女の子があっという間に年頃になってしまう事実を見てきた。

 今はこんなにちいさなエマも、驚くべき早さで大人になってしまうことだろう。


 来るべきその日の為に、トレーニングを重ねる。

 そんなケニスに、デイルは少なからず思うのである。

(俺のこと、あんまりどうこう言えねぇよな……)

 因みに、息子よりも愛娘に、護身術として戦闘術を教えるべきだとの思考に至るケニスであったりする。面倒見の良いデイルがその計画にのったお蔭で、ケニスの息子と娘は、そこそこの冒険者相手でも張り合える猛者となるのだが、それは現在では先の話であった。

 街の一酒場に、軍隊を凌駕する過剰戦力が集まる現状は、常連客を含めて皆が皆、気付かないふりをする現実となっていた。


「お前の姿に驚いた駆け出しが、腰抜かして這い回るのも、日常茶飯事だったんだかなぁ」

 それは立派な営業妨害ではなかろうか。

「これしきのことで、立つことすら出来ないのであれば、戦場では物にならぬ」

「そうだよなあ。まあ、多少骨のある奴は、今はヴァスイリオとの中継点に行っちまってるから、仕方ないってのもあるんだが」

 がははと、大声で笑うおっさんどもの中に、当たり前のように紛れる巨体の獣。

「……あんまり違和感がねぇことが、逆にやばくねぇか?」

「今更との声の方が高くてな」

「そういや、ハーゲルの酒代って誰が出してるんだ?」

「それはラティナが払ってくれてるぞ。『餌代』は、自分の負担だって言っていたからな」

 普通『飼い犬の餌代』に、酒代は含まれないと、誰も言わなかったのだろうか。と、デイルは思う。

 今更である。


 そんなデイルの前で、ラティナは再び首を傾げた。

「ハーゲルだけ? ヴィントはどうするんだろう」

 現在、この店の長男たるテオと共に外遊びに興じている、この店のもう一匹の『飼い犬』の名前を上げる。そんなラティナに、ハーゲルは再びうむと応じた。

「一度あれも連れて帰る。奥も、様子が見たいと思うておる頃だろうからな」

「おく?」

 聞き慣れない単語に首を傾げたラティナに、常連客から補足が入る。

「嬢ちゃん。奥方のことさ」

「ハーゲルの奥さん……ヴィントのお母さんのこと?」

「うむ」

 どうして誰も、幻獣が夫婦関係を築き上げていることに突っ込みを入れないのだろうかと、デイルは思った。

「夫婦関係の円満の秘訣を、嬢ちゃんも聞いておいたら良いんじゃないか?」

 常連客の言葉に、ラティナが少し頬を染める。

 周囲は恥じらうラティナの様子に、からかいまじりの笑い声を上げた。

 獣相手にそれを問うのか。

 デイルの心中の突っ込みは、もう既に間に合わなくなりつつあった。

「牡は牡のみで在るのではない。牝をうまくたてることこそ、群れ全体を円滑に纏める秘訣である」

「お前も、本当に苦労してるんだなあっ」

 おっさんたちが、飲めとばかりにハーゲルの前の皿に酒瓶を傾ける。日頃『虎猫亭』で使っていない色皿は、(ハーゲル)専用の杯であることを遅れて悟って、デイルは堪えきれずに突っ込みを放った--

「真理だぞ」

「本気か?」

 寸前で、結婚生活の先輩であるケニスに、真顔で同意されて言葉を飲み込んだ。未だ甘い婚約期間を満喫しているデイルには、わからない苦難が、世の夫婦の間には隠されているらしかった。


 翌日、ハーゲルは、空に舞いデイルの故郷であるティスロウの集落のある方に飛び去って行った。

 遅れてヴィントが飛ぶ、と見せかけて、ヴィントは尾を振りながらラティナに頭をぐりぐりと擦り付ける。

「いってくるーっ」

「気を付けてねヴィント。お母さんにも宜しくね」

 挨拶を交わした後でヴィントは、トコトコと、街の端である門のある方に向かって歩いて行った。


 後日、『飼い主』として、デイルはめちゃくちゃ憲兵に怒られた。

 一応『犬』という建前になっている以上、街中から不用意に飛ばれるのは、非常にまずいのである。そこのところは、四六時中クロイツの南の『森』を遊び場にして、南の門番と顔パスの関係になっているヴィントの方がうまくやっていたのであった。

 門の中に入るのには、通行料がかかる筈だというデイルの疑問は、

「お前は犬から金を取るのか?」

 という真顔の質問を受けて、妙に納得のいかない思いを抱く返答を貰ったりするのであった。


 そして一週間程の里帰りを経て、クロイツにヴィントが帰ってきた。

 ハーゲルは、まだしばらく故郷の隠居生活を満喫するそうであり、ヴィントのみの帰還である。

「ただいまー」

「お帰り、ヴィン……ト?」

 弾んだラティナの声が、疑問符付きで尻窄みとなったことで、デイルも異常に気付く。

 ラティナと彼女が出迎えたヴィントの方を見る。

『虎猫亭』の入り口を当たり前のような顔で入ってきたヴィントは、旅の埃を感じさせる様子はあるが、一見いつも通りである。

『一見』と、但し書きを付けた違和感は、直ぐにはっきりと見分けることができた。

 常にラティナ手製のポンチョ状の衣服を身に付けているヴィントであるが、そのポンチョがもぞもぞと動いていたのである。

 流石にデイルもぎょっとして、腰を浮かせた。

「なんだ?」

「どうしたの?」

「うまれてたー」

 ヴィントの返答の意味を聞き取ろうとした瞬間、ぽむ、ぽむ、ぽむ。と、毛玉が三つほど転げ落ちた。

「きたいって、いうから、しかたなく」

 口では「仕方ない」と言っているが、全くそんな様子はヴィントにはない。いつも通りであった。

 よく見ればそれは、羽を持つ仔犬の如き生き物であることがわかる。

「つれてきちゃった」

 てへぺろという顔をする幻獣の前で、ヴィントと同じ色の毛玉が二つと黒い毛玉が一つ。同じような姿勢で小首を傾げていた。

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