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青年、帰宅する。

「やっと、帰れるっ! 」

 エルディシュテット公爵邸で、そんな雄叫びがあがったのは、(デイル)がクロイツを離れてから、後少しで半月という程の日付がたったある日のことだった。


「帰るっ、即座に帰るっ! 今すぐにでも帰りの飛竜を手配しろっ! ラティナが俺を待っているっ! 」

「とりあえず、今夜の夜会の出席までは『仕事』のうちだ」

「いーやーだーっ! かーえーりーたーいーっ!! 」

「……メイドに手配させた、土産のリストは確認しなくて良いのか? 最近王都(ここ)で話題のものばかり、集めさせたが。お前自身(・ ・ ・ ・)が選ぶのに意義があるのではないか? 」

「そうだな! ラティナ喜んでくれるかなぁ」

 ころりと表情を変えるデイルの姿に、グレゴールはさほど動揺していない。


 もうこの半月で慣れた。

 諦めた。


『七の魔王』の眷属の討伐の為、デイルとグレゴールを含む少数精鋭で、アオスブリク近郊の山間部に向かった間も、終始この調子だったのだ。

 勿論、戦闘中や緊迫した状況のデイルは、今まで通り、一流と呼ばれる冒険者としての姿をみせていた。仕事振りも問題ない。

 その合間に、この駄目っぷりで、周囲をドン引きさせただけで。

 発作的だった。恐らく、ストレスの発散なのだろう。友人としては、そのくらいの好意的な解釈はしてやりたい。--と、『デイル係』となりかけていたグレゴールは思う。


『魔王』の眷属討伐に、少数精鋭で向かうことにも、一つの理由がある。冒険者を主体として討伐隊を組み、国軍を動かさないことも同様だ。

 国が主体となって軍を動かせば、『魔王』に対して宣戦布告するのと同義であるからだった。

 敵対するのを表明した『国家』相手には、『魔王』も全力で排除に向かう。『魔王同士』は完全に別個の存在であるので、共闘されるということはないのだが、ひとつの『魔王』との戦争という形であっても、国家として大きな犠牲を払うことになってしまう。

 リスクを最小に留めつつ、『魔王』の脅威を払う為には、不特定の所属である小集団による奇襲--つまりは暗殺が効果的なのだ。


 公爵家の人間であるグレゴールが、正規の軍属となっていないのも、彼は半ば冒険者として活動しているという建前で、それらの任務に就いている為でもある。


 とりあえず、飛竜に乗りきらない程の土産の山を作りかけたデイルを止めるまでが、今回のグレゴールの『仕事』であった。



「ラティナーーーっ!! 」

「第一声がそれなの? 」

『踊る虎猫亭』の扉を開け放ち、喜色満面で叫んだデイル。その半月振りに目にする彼の行動に、リタが呆れた顔をする。

 いや、半月前より、悪化しているかもしれない。

「なんだ、リタか。ラティナは? 」

「ラティナなら、ケニスのところに居るわよ」

 と、リタが答えかけたところで、表の騒がしさに気が付いたのだろう。ひょっこりと、奥から当の本人が顔を出した。

 ぱあぁぁっっ、と、輝くばかりの笑顔となって、駆け寄ってくる。

「デイルっ! おかえりなさいっっ! 」

 ぴょこんと抱き付いてきたのを、デイルも満面の笑顔で抱き止める。

 半月前より、だいぶふっくらとして、子どもらしい輪郭となったラティナは、デイルの記憶にあったよりも更に愛らしい。


「ただいまラティナっ! 留守番、偉かったなっ。寂しかったか、ごめんな。俺も寂しかったぞっ」

「ラティナさびしかったよ。でも、デイルぶじでかえってきてうれしいな。おかえりなさい」

「あぁー……やっぱり、ラティナは俺の癒しだぁ……」

 デイルにきゅっと抱き付いて、にこっと笑うラティナのそんな台詞に、デイルはしみじみと万感の思いを込めて呟く。

(俺、頑張った)

 頑張ったかいがあった。


「あのな、ラティナ土産が……」

「デイル、ちょっとまっててね」


 いそいそと、彼女相手に土産を披露しようとしていたデイルは、ラティナがあっさりと彼から離れたことに、愕然とした。

 とっとっと急ぎ足で厨房のケニスの元にラティナが向かうのを、うちひしがれた絶望の表情で見送る。焦点を失った眸で虚ろに呟いた。

「は……半月は、長すぎたのか……ふふふ……いっそ、この世から、魔族を駆逐すれば、今後……俺はラティナから離れずにすむのかも……」

「あんた相当疲れてるのね」

 彼の奇行が疲労故であることに気付けば、流石のリタにも同情の色が浮かぶ。

「……ラティナも、本当に一生懸命だったわよ。……一人で寝るの寂しかったら、私達の部屋に来ても良いわよって言ったんだけど、『デイルの部屋の方が良い』んですって。『デイルのにおいと一緒だから安心できる』って言ってたわよ」

「……ラティナ、大丈夫だったか? 何事もなかったか? 」

「まあ。寂しそうにはしていたわよ。それでも、目標ができたら、だいぶ持ち直したみたいだったけど」


 リタから留守中のラティナの様子と、クロイツの近況を聞いているうちに、ラティナが厨房から戻ってきた。

 その手にはしっかりとお盆を持ち、上には熱々の湯気の立つ焦げ目が見事なシェパーズパイの皿と、色鮮やかな角切りのフルーツが踊るゼリーが揺れていた。


「デイル、ラティナつくったの。デイルにたべてほしくて、がんばったの」

「ラ……ラティナが作ったのか? 」

「がんばったのっ」

 誇らしげな笑顔のラティナから、震える手でお盆を受け取ると、デイルは、感極まった顔で叫んだ。

「勿体無さすぎて、食えねぇ……っ! 」

「いや、食べてあげなさいよ」


 半月振りでも、リタのツッコミは健在であった。



「ということで、デイル。お前の留守中に、重大な事実が発覚した」

「は? 」

 にこにこ笑うラティナを隣に座らせて、彼女渾身の作であるパイとデザートを味わっていたデイルの前でケニスは、重々しく切り出した。

「先日、ラティナの友達のクロエって子に聞かれた訳だ。『自分たちはこの秋から学舎に通うが、ラティナも行くのか』とな」

「え? 」

「クロエとかね、マルセルとかね。みんないくんだって。みんなおなじとしだから」

 ラティナがデイルを見ながら言うのに、彼女の友達のことを思い出す。ラティナより少し歳上に見えたが、幼いラティナを可愛がってくれているんだな、と認識していた。

「ラティナもおなじとしだから、いくのっ? てきかれたの」


「…………は? 」

「いや、そういうことらしい」

 デイルがケニスに説明を求めるように視線を向ければ、ケニスはうむ、と頷いた。

「……ラティナ、来月、生まれ月なんだよな? 」

「うん」

「そうなのか!? 贈り物用意しないといけないじゃないかっ! 」

「……幾つになるんだったか、デイルにも教えてやれ」

「んー? はちさいだよ」


 何でそんなこと聞くの? と、こてん。と首を傾げるラティナ。

 一瞬言葉を失い固まるデイル。

 そのリアクションに、うんうんと頷くケニス。


「……ラティナ、今、七歳、なのか? 」

「ん? そうだよ。ラティナななさい」

「…………小さいなぁ、ラティナ……」

「そうだな。小さいな」

「ラティナちいさい? 」

 五、六歳だと思っていた。それほどラティナは小さい。

 だが、言われてみれば、ラティナの言動はそうは思えない程にしっかりしていた。言葉遣いが幼いのは、彼女が言葉を覚えて間もなく、文法も語彙も不自由だからだろう。

 間もなく、八歳。この時期の子どもの一、二年の差はかなり大きい。

 大人たちは自分たちの前提条件が間違っていたことを、認識したのだった。

「……『魔人族』だから、成長が遅いってこととか? 」

「そう思って客連中に聞いてみたんだが、『魔人族』も子どもの頃は『人間族(おれら)』とさほど成長速度に変化は無いらしい。成熟すると成長が止まる、大人の期間が長い種族なんだってさ」

「…………ラティナが……小さいのかぁ」

「小さいだけだ」

「ん? 」


 大人たちがしみじみとした様子で自分を見るのを心底不思議そうに、ラティナは再びこてん。と首を傾げた。



いつもお読み頂き誠にありがとうございます。

相変わらずのデイルさん通常運転でありました。

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