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後日譚。白金の娘と、美味しいごはん。壱

更新は、基本、今まで通り毎週土曜日の朝を予定しております。

後日譚というよりは、裏話となる今回です。

 色々とあった--と、簡潔に言い表しては後年の歴史学者が嘆くような出来事を経て、無事にクロイツへとデイルとラティナが帰って来た日。

 夜の酒場の本営業の前に、早めに夕食をとることになった。

 来るなと言っても、今晩は、死ぬほど多くの客が詰めかけることになるだろう。現に今も、特にすることもない癖に、常連どもは帰ろうともせずに客席を陣取って待ちの態勢に入っている。


「ふあぁぁぁぁああっ」

 そこでラティナから発せられた声は、感嘆というよりも、歓喜の声だった。弾むような足取りで皿を運び、テーブルに置く。椅子に座っても尚、彼女は、うきうきとはしゃいでいる。

「そんなたいしたもんでもないだろう」

 困惑しながら更に料理の皿を置いたケニスに、ラティナはとんでもないと、顔を勢いよく上げた。

「久しぶりのケニスのごはんだよ!」

「……まあ、俺の料理は久しぶりだろうが……」

「これがどれだけ素晴らしいことか、どうしたらわかって貰えるんだろう……っ」

 ラティナの目には、ちょっと涙が滲んでいた。

 あまりのラティナのテンションの高さに戸惑って、ケニスが彼女の隣のデイルを見れば、彼は苦笑を浮かべていた。


「あっちは……ちょっと大変だったからなぁ……」

「フリソスには悪いけど、やっぱりヴァスィリオでは暮らせない……」

 行儀の良さでは定評のあるラティナが、珍しくぱくりと、パンの切れ端をつまみ食いした。そのまま文字通り噛み締めて、じーんと感動に浸っている。

「デイル、ごはんが美味しいよ……っ」

「良かったなぁ」

 未だ『親バカ返り』から戻りきっていないデイルは、よしよしと彼女の頭を撫でた。とはいえ、今のラティナには、デイル(元親バカ)でなくとも、思わずそうしてしまいたくなる雰囲気があった。

「……何があった?」

 自分たちの知らない何が起こっていたのかと、深刻になりかけているケニスに、デイルは苦笑を浮かべたままの顔を向ける。


「何て言うか……ヴァスィリオは、飯が異常に不味かった」

「……は?」

「そりゃあ、びっくりするくらい、不味かった」

「……はあ」

 あまり深刻ではない話題だった。


 だが、その事態に直面した当人たちにとっては、決して『深刻ではない問題』ではなかった。


「ごはん……美味しいよ……美味しいよ……」

 感涙しながら食事を始めているラティナの姿は、その一端をありありと語っている。

 本格的にえぐえぐと泣きながら、彼女はケニス謹製のジャムをパンに山盛りに載せて頬張っていた。その直後に香辛料とハーブでマリネした鶏肉のグリルを一口食べて、溢れる肉汁に頬を押さえ感動に震える。

 甘いものとしょっぱいものを交互に食べることは、如何なものだろうかなどと思ってしまうのは、常のラティナは、研究の為にか、それぞれの料理の味をじっくりと確かめながら食事をしていくからである。このように、とりとめなく思いつくままに口に入れることは、非常に珍しい。


「……お前ら、ヴァスィリオの王城にいたんじゃないのか?」

「ごはん、美味しい……」

「一応城になるんだろうし、扱いも悪いもんじゃなかった」

 姉(フリソス)が妹(ラティナ)を溺愛している為に、貴人相当の扱いをされていたのはデイルにもわかる。

「だからこそ、あの不味さは驚きだ」

「そこまで言われると、逆に興味が湧くな……」

 真顔で考え込むケニスに、ラティナは口の中のものを飲み込んで、きっぱりと答えた。

「ヴァスィリオのごはんを食べると、美味しいごはんの幸せさを凄く感じる」

「言い切ったな……」

「フリソスは、頑張って、ラーバンド国との文化交流するべきだと思うの。特に食文化……お願いだから、食文化……改善して欲しい……」

 ラティナが手にした次のパンにも、ジャムがこんもりと載せられた。

「ごはん……美味しい……」

「さっきからそればっかりだなぁ……」

「ちいさい頃は、あれ(・ ・)が普通だったし……クロイツに来て、自分が暮らしていた環境は、ちょっと普通じゃないものだってわかったから、ああいうごはんも、だからだったからなのかなって思ってたの」

「そうか……」

 遠い目をして言うラティナの顔には、ある種の達観があった。


「ヴァスィリオでの私の立場は微妙だから……政治に関わるのは怖いし……フリソスが、私の言葉で左右されちゃうのは、もっと怖い」

 ラティナが、頑なにクロイツに帰ることを主張したのは、そういった恐ろしさを感じていた為だった。

 フリソスは否定し、ラティナもかつてほど深刻には考えていなかったが、『罪人』とされ、追放された過去は覆ることはない。それを心良く思わない者は、あの国には多く存在しているだろう。

 あの国(ヴァスィリオ)で『角を折られる』ということは、それだけ大きい意味を持っている。

「会えない訳じゃないし……フリソスの治世が安定したら、状況も変わるだろうけど……今はまだ、私の『ただいま』を言う場所は、クロイツなの」

 にこり。と微笑んだラティナは、たっぷりの野菜を煮込んだ『虎猫亭』定番のスープを飲んで一息つく。無論ケニスは母親ではなかったが、この味はラティナにとっての『おふくろの味』のようなものだった。


「それに……ヴァスィリオのごはんが美味しくないのは、本当につらい」

「そこに戻るんだな」

「流石に、フリソスには言えなかったの……ごはんが美味しくないから、ヴァスィリオでは暮らせないって……」

 クロイツでも料理自慢で知られた『踊る虎猫亭』育ちのラティナにとって、食事のクオリティは非常に重要である。

「いっそ、私にやらせてくれれば良いんだけど、そういう訳にもいかなかったし……」

「流石にそういう訳にはいかんだろう」


 ラティナがヴァスィリオの元首、『黄金の王』の妹姫であることは、『虎猫亭』の面々も既に知るところである。


「そう言いながらラティナ、お前時々、厨房に入り込んでいただろ」

 デイルがそう口を挟めば、ラティナは気まずそうに、さっと視線を逸らした。




 デイルは『八の魔王の眷属』となったことで、ほとんど食事や睡眠を取らずとも行動を続けることが可能になっている。

 その為、ヴァスィリオの食事事情には、当初、全く意識を向けていなかった。


 最低限の栄養さえとれれば、味など気にする暇もない。全ての時間は、未だ一日の長い時間を夢の中で過ごすラティナを見守ることに割いていた。

 というよりも、彼女を見ているだけで、この時のデイルは何よりも満たされた。三大欲求よりも優先されるのは、『うちの娘(ラティナ)欠乏症』の特効薬だった。

 やがてラティナの体力が回復しはじめ、動き始めるようになった頃、デイルもようやく『食事』を気にするようになった。


 不味そうな顔というよりも、非常に悲しそうな顔をして、食物を咀嚼するラティナの姿を見るようになったからとも言える。

「……ラティナ?」

「ごはんが……美味しくない……」

 初めは、彼女の体調が優れないのだと思った。

 デイルが、ずっと幼い頃から見てきたラティナは、毎日、見ている方すら幸せになる様子で食事をしていた。

 食事を楽しむことが出来ないほど、まだ回復していないのだと思った。


 そんなデイルも、ラティナと共に食卓を囲み、出された食事を口にして理解する。

「不味っ!」

 思わず叫びつつ、ふと気付いた。

 どうやらラティナは『不味い』という表現が嫌いであるようである。つくづく『食事』が好きな娘であるようだった。


「うわぁ……驚くぐらい不味いな……」

 デイルが、ずけずけと本音を漏らすのは、離宮にいるのがラティナと魔人族の侍女たちだけであるからだった。

 フリソスならばともかく侍女たちは、デイルが普段使う『西方大陸語(人間族のことば)』を解さない。


 元々卓の上の料理は、外観からしてラーバンド国のものとは異なっていた。その為、味の想像もつかなかったのだが、これは想定外だった。

「ラティナ……これ、なんだ?」

「"***"って言われてる。"******"を"***"と一緒に煮込んだもの……だったはずだよ」

「……じゃあ、こっちは?」

「確か……"******"だったと思う。"******"の肉を"***"と"****"で漬け込んで焼くの」

 必要な情報の大半は伏せ字(魔人族言語)だった。

 全くわからなかった。


 デイルが始めに指したのは、恐らく何らかの穀物で使った粥のようなものだった。粒が所々に浮いた糊のような、よくわからない物体である。味はほとんど無い。だが飲み込むことも難しいねとりとした食味が、非常に理解しがたい。ざらざらと粒が残っているのも、尚更理解できない。

 次に指したのは、一応肉料理であることがわかる物体である。

 狩人の一族であるデイルは、まず食肉の処理が悪いことに気が付いた。この獣の肉は、満足に下処理もされていないらしい。酷く臭みが強い。しかも、肉汁が抜けきってパサパサした食感のところに、ハーブというには癖の強い、薬膳のような香りと苦味が付いていた。


 正直に言って、不味い。

 デイルが、人間族であるからそう思う訳ではないようで、ラティナは、悲しい顔をして、もそもそと硬い肉を咀嚼していた。

「ヴァスィリオで……一番のご馳走は、"******"って果物だよ……」

「そのまま食うのか?」

「うん。そのまま……」

 それは料理とは言わない。


 デイルはそんな風に、ヴァスィリオが非常に飯マズ文化圏であることを知ったのであった。


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