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白金の娘、省みる。(中)

 デイルの今更ながらの告白に、ラティナはしばらく無言でデイルの顔を見た。ローゼから聞いていたこととはいえ、やはり驚きは並大抵のものではない。

「えーと、ラティナ?」

「ん?」

「大丈夫か?」

「びっくりした……」

 デイルに声をかけられて、ようやく再起動したラティナは、ぷしゅう。と音をたてる勢いで肩の力を抜いた。

「ローゼさまにもね、聞いたの……デイルが『勇者』だって」

「そうなのか?」

 言われてみれば、別に口止めをしていた訳でもないので、そういうこともあるかと、デイルは改めて思った。むしろ今の今までラティナに知られていなかったことの方が、驚くべきことだと思う。


「ローゼさまには、聞けなかったんだけど……魔族になって大丈夫なの?」

「たぶんそれは、俺よりもラティナが知ってる筈の情報じゃねぇかなぁ?」

 流石のデイルも、困惑するしかなかった。ラティナは、一応自分にとって『魔王(あるじ)』たる存在である。

 確か彼女は自分で、『魔王は世界の根幹の一部を知ることができる』と言っていた筈だった。

「え? ……あ。そういえば、そうだね……」

 自分の『魔王』としての恩恵を、使うことを放棄していたラティナは、すっかり自分にそういった能力があることを失念していた。


「まあ……お前が『八の魔王』で……『勇者』という魔王を排する存在と相反しねぇから、成立したんだろうとは言われたけどな」

「そっか……」

 成程と頷いているラティナには、やはり『魔王』らしさの欠片もない。

「やっぱり私は、もっとしっかりしないといけないんだね」


 そうきっぱりと答えたラティナの姿に、反射的に「ラティナはこのままで良い」と、言いかけたデイルは、なんとかその言葉を飲み込むことができた。

 如何にも真面目な顔で頷くラティナは、可愛いなぁなんて思ってしまうのだった。それはもう一種の条件反射である。

 だが、大人になる為に省みようとしている彼女に、そう扱うと決めた前言をまるっと撤回したその発言は、さすがにないだろうと留まることに成功した。

 成長する必要があるのは、どちらだろうかと、内心で汗をかく。


「デイル?」

「いや……本当にラティナは大きくなったなぁって思ってさ」

「……?」

 自分の未熟さを痛感した直後に言われ、ラティナは少し首を傾げた。

「俺も、ちゃんとしねぇといけねぇな」

「デイルはもう、充分大人じゃないの?」

「んー……」

 ラティナを対等の伴侶として扱うということや、自分にとって唯一の『魔王(あるじ)』として見ることは置いておいて、やはり彼女には頼ってもらえる自分でありたいと思う。

 それは男としての矜持であり、譲れぬところである。


 だが、せっかくまたこうして共に在ることが出来るのだ。


「これからは、ちゃんとやっていこうな」

「うん」

 失敗を重ねても、いつかそんなことがあったと、二人で語り合えるようになれれば良い。

 そう思って互いの手を握りあった。



 デイルとは、そう話しあったラティナだったが、夕食の後、フリソスの私室を一人で訪れた。

 かつて幼い頃、共に暮らしていた部屋ではない。

 王としての権威を感じる上等の部屋ではある。だが、侍女や護衛が、隣室に常に控えているという為に、完璧なプライバシーというものが存在しない窮屈な空間だった。

「フリソスを前にしてるのに、『西方大陸語(人間族のことば)』を使っているなんて……なんだか変な感じだね」

「あまり、他人に聞かれたくない話なのだろう? 片言ならば理解出来るものもおるが、全てを解せる者は少ない。内緒話には適しておるだろう」


 少し悪戯っぽい表情を浮かべたフリソスは、ラティナが淹れた茶を目を細めて口に含んだ。

 本来ならば、茶を用意するということも侍女がやる仕事だった。だが、二人きりの時間を作りたかったラティナは、シルビアから分けて貰ったラーバンド国のお茶を理由に、侍女を下がらせることに成功した。ヴァスィリオとラーバンド国では、茶器の使い方も茶葉の扱い方も異なるのだった。

 ラティナが自分に話があって、そうしていることを察したフリソスも、特にそれを制することはなかった。


「ラーバンド国との国交が始まった折りには、我が国の者に、言葉を学ばせることが必要となるだろうがな」

「魔人族の言葉は、他の種族のひとは、適性がないと発音出来ないからね……」

 魔法を扱えるかどうかの判定基準は、『呪文言語』とも呼ばれているその言葉を、発音出来るかどうかというところにある。魔人族の言葉は、適性がない者には、扱うことが根本的に不可能なのである。

 だが、他の人族の言語は、単純に学べば扱うことが可能となるのだった。


「……で、どうした、プラティナ?」

「デイルには、聞けなかったの……」

 ぽつり呟くように言ったラティナは、自分の手にする茶器の中をじっと見詰めた。淡い褐色の水面の中で、落ち込んだ顔の自分がこっちを見ていた。

「フリソスは、知っていたの? デイルが……『勇者』だって」

「……」

 少し沈黙したフリソスだったが、双子の妹に嘘をつく気にはなれなかったらしく、直ぐに肯定してみせた。


「そうだな。プラティナを封じた後……間を置かずに、『魔王』を葬る存在が現れた。余の立場では、それが誰の仕業であるのかは知ることが出来なかったが……シルビアたちの話で直ぐにそれと知れたよ」

「シルビアが……」

「プラティナの傍に『勇者』がいた。それが、本来ならばあり得ぬほどの勢いで、魔王を駆逐して回っている。其方との関係を聞いた後ならば、其方がその『勇者』を眷属にしたのではないか……という推測は出来たな」

「そっか……」

「プラティナが、余の元に帰れぬなどと言いおった理由が、其奴が理由だということもな」

 ぷう。と、どこか膨れたようになったフリソスは、ラティナとやはりどこか似ていた。


 ラティナは、ほんの少しだけフリソスのその仕草に表情を緩め、再び視線を下に向けた。

「やっぱり……『魔王』を……倒した(・ ・ ・)のは、デイルなの?」


『殺した』という単語を出すことを躊躇って、ラティナは言葉を濁した。

 フリソスは妹の様子に、内心で溜め息をついてから、平然とした声音で答えた。

「そうだな」

「『玉座』の様子……あの姿からわかるように……デイルは、他の魔王を皆……?」

「……今更、否定しても仕方がないな」

 妹の聡さに、嘘をつく気にもなれず、フリソスは答えた。

 ラティナの表情が苦し気なものになる。

「それは……私のせいなんだね」


 周囲からの話を聞いて察していたことではあったが、フリソスは改めて思った。ラティナは、優しく素直な幼い頃の性質を残したまま成長している。それは、安堵と幸福な思いを抱く事実だった。

 この国を追放され、父親を亡くしたラティナが、それでも健やかに安寧と、歳を重ねることの出来た証明にも思えたからだった。


「"……あの男には、感謝するべきなのだろうな"」

「え?」

「いや、何でもない」

 フリソスが発した小さな呟きは、ラティナの元にも届かなかったらしい。そのことに、ほっとする。あの残念勇者に甘い発言を自分がしたことは、妹が大切だからこそ、誰にも気付かれる訳にはいかないのだった。

「……プラティナは、やはり『一の魔王』には、なれそうもないな」

「フリソス?」

 小さく笑って、フリソスはラティナと目を合わせる。


「何も気に病むことなぞないぞ、プラティナ」

「だって……」

『厄災』と呼ばれる魔王以外の者たちは、殺されるだけの咎などない。理不尽に殺され、その魔王が守護していた眷属や民たちも不幸にした。

 それを気に病まなくて良いと言われても--といった内心の独白がありありと面に出ているラティナの様子に、再びフリソスは小さく笑った。


其方という(・ ・ ・ ・ ・)『魔王』……下位とはいえ『神』を害しようとしたのだ。それを『罪』と呼ばずして何と呼ぶ?」

「でも……」

「それによって起こったことは、云わば『神罰』……『魔王』を排することが赦されて(・ ・ ・ ・)いるのは、対存在たる『勇者』のみ(・ ・)なのだから」

 それは上位にして世界のそのものである『七色の神』が定めた理だった。

 フリソスは微かに笑い、妹の頭を撫でた。甘えん坊な双子の妹を、親の仕草を真似て慰めていた、幼い頃そのままの動作だった。そんな仕草がすんなりと出てくる自分に、微かに驚き、同時に安堵する。

「魔王が魔王を害することは、可能ではある。同列の存在であるからな。だが、それは『赦されてはいない』こと。相応のしっぺ返しを受けて然るべきことだ」


 唯一『魔王』の中で、他の魔王に干渉することが赦されているのは、『八の魔王』であるラティナだけであった。それは『魔王を制する』という性質の中、発生する存在なのだから当然だった。

 かつて『二の魔王』が『一の魔王』を殺めたように、魔王が他の魔王を滅ぼすことは、可能となっている。だがそれは、同時に『世界』にとってはイレギュラーな事態でもあった。


 滅ぼしたのならば、同様に滅ぼされる可能性も高まる。


 それをフリソスに教えてくれたのは、稀代の神官と呼ばれ、魔人族の歴史の中でも例のない力を有していた『(モヴ)』--神の色の名を有した--女性だった。

 語られた当時は、詳しい意味などわからなかった。

 今にして振り返り、ようやくそれと察することが出来た。


「だからいわば因果応報。其方が思い悩む必要はない。この結果は、当然の帰結であるのだからな」

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