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青年、王都を訪れる。

「久しぶりだな、グレゴール。お前の婚約者殿紹介してくれねぇ? 」

「ふむ。わかった、デイル。斬っても良いか」


 王都で久しぶりに会った『友人』との会話は、そんな感じで始まった。


 デイルが普段拠点にするクロイツから、わざわざ王都アオスブリクまでやって来たのは、この友人の父親であるエルディシュテット公爵の要請を受けた為であった。

 公爵は、建国王の末裔で、ラーバンド国内でも由緒のある家柄だ。現在も宰相として国王の信厚く、その権力は強大だった。


 とはいえ、グレゴールは公爵の末の三男。後妻であった母親が東の辺境国の出身という異国人であることもあり、国内の後ろ楯は弱い。長子である兄に子どもが生まれていることもあり、彼は早々に公爵家の後継という可能性には見切りを付けていた。


 母方の血が色濃く、顔立ちに異国の気配が強いグレゴールは、まっすぐな黒髪を後ろで束ねた精悍な面立ちの青年だった。デイルより頭半分程長身で、細身の体を今日は貴族らしい上等な服に包んでいる。


 東の辺境国流の剣技を磨き、彼の国にて研鑽も積んだグレゴールは、あまり貴族という地位に固執していない。将来冒険者となる道も一つの視野に入れている。

 一介の冒険者であるデイルと親しくしているのも、そうした事情によるものだった。彼等が同年齢であったというのも、大きいだろう。


 グレゴールの『婚約者』と呼ばれた女性は、正式な約束のあるそれではなく、幼なじみで互いに憎からず思い合っているという少女のことだった。

 互いに立場的に微妙な問題があり、正式に婚約することは難しいものがあるという。同時に、グレゴールが貴族という立場を捨てきれない一つの理由だ。


「土産買って帰りてぇんだけど、ちいさな女の子が喜びそうなもの、見繕って欲しいんだよなー……」

「来て即座に帰る算段か」

「本心的には、今すぐ帰りてぇ」

「ちいさな女の子とは? お前が間借りしているところに子でも産まれたか? 」

「いや。俺のとこの子」

 グレゴールが固まったことに、デイルは気づかなかった。

「もう、すっげぇ良い子で、可愛くて、可愛くて、可愛いいんだ。本当。すげぇ健気でさ、今も留守番してくれてるんだよ……あぁー……早く帰りてぇ。泣いてたりしたらどうしよう。……育ち盛りだもんなぁ、留守の間にまた、出来ること増えてるかなぁ。どうしよう、成長見逃しちまうなんて、どんな拷問だろう。うん、帰ろう。即座に帰ろう。おい、グレゴール。今回の仕事は何だ? 今すぐにでも出てって、即座に殲滅してくれば帰って良いだろ? 」

「お前に一体何があった」


 多分、グレゴールの反応が正しい。


「片角の魔人族の幼子を引き取った……お前が? 」

 公爵家のグレゴールの私室でデイルに話を聞き、ラティナを引き取った経緯を聞いたグレゴールは呆気に取られた顔をした。

「あぁ。すげぇ可愛いんだ」

 そして、ラティナの可愛いさを語れて満足気なデイルは、デレッデレである。誰だお前。と言いたくなるグレゴールを誰が責められるだろう。

「『緑の神(アクダル)の伝言板』で調べたが、ラティナに合致する情報はなかった。完全に閉ざされた魔人族の集落の出か、探す者の居ない天涯孤独の可能性もある。何も手掛かりが無いから、郷里を探してやることは出来ない。……片角だけど、あんな子どもの『罪』なんて、当人にはどうしようも無い理由だろうよ。他種族の俺が、ラティナを疎んじる理由にゃならねぇ」

 デイルの言葉はグレゴールにも理解は出来る。

 理解出来ないのは、デイルの変貌っぷりだ。どれだけその魔人族の子が、彼の琴線に触れたというのか。

「魔人族だからといって、全てが敵対的である訳でもねえ。俺がラティナと暮らしても問題は無いはずだ」


「問題があるとすれば、お前が『同族(・ ・)』を屠ることがあるということを、その子に知られることではないのか」


 グレゴールの静かな声に、デイルはしばらく沈黙する。

「……仕事の内容によっちゃ、『人間族(どうぞく)』だって、斬る。魔人族だけの話じゃねぇよ」

「まあ、そうだな」

 剣を握る、というのはそういうことだ。魔獣などだけが、ひとにとっての害悪ではない。『人間族』の国家が『他種族』と敵対することも、珍しくは無いのだ。


 そして、『魔人族』は、『魔王』と関係が深い。


 世界に七つの存在である『魔王』は、それぞれに数が冠せられて表されている。『一の魔王』、『二の魔王』といったように。

 その能力も在り方もそれぞれに異なるが、全てに共通しているものもある。

『魔王』は、角を有しているのだ。『魔人族』と同じように。

 そして各魔王は、眷属として『魔族』を従えている。

 生まれながらの『魔族』はいない。『魔族』は『魔王』に従うことで、元の種族を遥かに越える力を手に入れたものたちだ。

 それらは、ひとに限らない。なかには獣の姿でありながら高い知性を持つ『幻獣』と呼ばれるものすら含まれる。だが、割合的には、圧倒的に『魔人族』が多い。


 これらのことから、『魔王』とは、『魔人族』の王なのではないかとも言われている。


「七の魔王の配下らしいモノが確認された」

「魔族か? ただの下僕か? 」

「まだはっきりはしていない。だからお前を呼んだのだろう」

 グレゴールはそう言って、デイルを見た。

「俺も同行することになる」

「お前なら大丈夫か……」

 デイルは溜め息混じりに答えて、体を起こす。

 そろそろ公爵閣下との面会の時間が近づいている。いつも通りの革のコートの装備では具合が悪い。それなりに身形を整える必要があった。

 王宮の執務室に居る公爵の元に向かう前に、公爵邸を訪れたのはその為だ。友人と無駄話する為ではない。

「とりあえず父上の御前では、もう少ししゃっきりしろ」

「わかってるよ」

 ひらひらと手を振り、デイルは自分に宛がわれた部屋に向かって行った。



 エルディシュテット公爵家の紋章の入った馬車から降りた青年は、黒を基調とした服に身を包んでいた。

 貴族にはない野性的な気配を漂わせているその青年には、歳に似合わぬ歴戦の戦士としての風格すら感じられる。

 王宮の衛兵たちは、彼が誰であるか察すると背筋を伸ばした。


 一礼して案内に立つ兵士にくれた一瞥も、ひどく冷静な凪いだ表情のものだった。

 苛烈で冷酷な、魔術にも剣技にも長けた一流の戦士。

 そう噂される『彼』のことだ。その印象は大袈裟ではないだろう。



 デイルに並んで歩くグレゴールはそんな『普段通り』のデイルの姿に、安堵したような、そうではないような。複雑な心境を抱いていた。

 そう。これがいつも(・ ・ ・)のデイル・レキという男だ。

 親しい間の人間には、人好きのする穏やかな顔を見せているが、戦場での彼は、敵対するものに容赦などしない冷徹なまでの戦士だ。

 まだ若い彼が、仕事に徹する為には、そうならざるを得なかったとも言えるだろう。


 王宮で背筋をまっすぐ伸ばしたまま歩く彼は、その戦士としての顔を見せている。

 彼にとって、王宮(この場)もまた戦場なのだから。



グレゴールの名前にあれっと思った方。もしもいらっしゃっいましたら、他作品もお読み頂き誠にありがとうございます。

とはいえ、当作品とは関係してはきません。



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