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白金の娘、省みる。(前)

 ヘルミネとローゼが離宮を出た後、ラティナはしばらく寝台の隅で膝を抱えていた。ころりと転がり、ごろごろと寝返りをうつ。衣服が乱れることも気にせずに、転がった拍子に裾が捲れ、脚が際どい位置まで露となるのもそのままにする。


「……ふぁ」

 溜め息が溢れた。

 誰も聞く者がいないからこそ、自分自身に言い聞かせるように呟く。

「……失敗ばかり。成長できてないなぁ……私……」

 ヘルミネには、ああ言ったが、どうすれば良かったのかはわからなかった。


 結果として、フリソスの助力で自分は助かったが、他の魔王たちに『敵』として認定された『八の魔王(じぶん)』は、あの時、消滅()されてしまってもおかしくはなかった。

 隠れて逃げても、逃げ切れるとは思えなかった。そしてそうしたら、自分が見付かる時まで、魔王たちは、それこそ全てを焦土にしても自分のことを捜し出そうとするだろうと思った。


 デイルに、自分が他の魔王に『敵』として狙われていることを打ち明ければ、彼は自らの身を犠牲にしても自分を護ろうとしてくれただろう。デイルが自分のことをそう想ってくれるのと同じくらいに、自分も彼を護りたかった。『犠牲』になんて、なって欲しくはなかった。

 デイルだけではない。自分が暮らすクロイツも、直接、魔王たちの標的とされたことだろう。友人たちも街の人びとも、長い時間自分を育んでくれた優しい思い出に溢れる街並みも、全てがラティナにとって護りたいものだった。

 そして、フリソス。

 共に生まれ共に在った、大切な自分の半身。全てをわけあって生まれた、唯一同じ血が流れている、たった一人の姉妹。


 大切な全ての存在と、ちっぽけな自分一人の命。

 秤にかけることなんて出来はしない。大切なひとたちを護れるならば、自分の命なんて惜しくはなかった。


「でも……私でもそうするかもしれない……デイルが、だからといって、簡単に諦めちゃうなんてなかったよね……」

 無理をして欲しくはなかった。

 それに、冒険者として一流と呼ばれるデイルが、全ての魔王を敵に回すなんて、無謀なこと、実行に移すとは思っていなかった。

 --だが、可能性が全くないなどと思っていなかったのも事実だ。『デイルならしてしまうかもしれない』そう思っていたからこそ、何の事情もわからなくとも自分は、『玉座の間の惨状』をデイルの所業だと、直感的に考えてしまったのだから。


「どうすれば良かったのかなぁ……」

 自分だけがいなくなれば、状況は『元』に戻ると思った。

『災厄の魔王』が、彼方此方を蹂躙していくなんて、考えていなかった。

 何の罪もない災厄以外の『魔王』を、デイルが傷つけていくなんて、思ってもいなかった。


「……それを、考えなかったのが、私の一番の『罪』だったのかな……」


 あまりにも目まぐるしく変化した状況に、ただ流されていた自分自身を振り返り--ラティナは力無く、枕に頬を押し付けた。


「ラティナ?」

 そのまま、うとうととしてしまったラティナは、自分を呼ぶ声に目を覚ました。心配そうなデイルの顔が近くにある。

「どうした?」

 優しい声には不安が滲んでいて、ラティナはその理由を考えた。デイルは手のひらで、彼女の頬をすっぽりと包む。指先があやすように目尻のあたりを撫でた。そこでラティナは、自分が泣いた跡もそのままに、眠ってしまったことを思い出した。

「大丈……」

 答えかけて口をつぐむ。


 考えてみたものの、 『答え』はまだ出てはいない。それでも、もう俯いて泣くだけの自分ではいないと、決めたのも事実だった。

「……考えてたの。私は、いっぱい間違えちゃったんだなって」

「ラティナ?」

「デイルのことも、いっぱい傷つけた。いっぱい苦しめた。ごめんなさいだけじゃ、とても、とても足りないけれど……私はどうするべきだったのか、考えることをやめちゃいけないって思ったの」

 自分の言葉に、微かに苦笑したデイルは、そのまま優しく頬や頭を撫でてくれる。

 優しい慈愛の籠った視線も、優しい愛撫も、大好きな彼の仕草であるけれど--そこでラティナは、はっとしたように灰色の眸を見開いた。


(……私が、間違えちゃったのは……忘れてたのは、それだけじゃなかったんだ)

 ふと、降ってきたのは、そんな考えだった。

『間違えていた』--もっと昔の自分はわかっていたこと。『子ども』だった頃の自分は、いつも思っていたはずなのに、いつの間にか忘れてしまっていたこと。


(私は……)

 デイルに「結婚しよう」と言われて、幼い頃からの想いが叶って--浮かれて夢心地になってしまった自分は、いつの間にか忘れてしまっていたのだ。

 自分がなりたかったのは、デイルに「可愛い」と、一方的に可愛いがられる存在ではなかった。それでは、『可愛いうちの娘』だった時と何一つ変わらない。それだけでは、自分のなりたかった『大人の女性』には、足りていない。


(私はデイルの……()に在れる大人になりたかった……デイルを、支えることが出来る存在になりたかった……)


 今の自分は、デイルに一方的に可愛いがられているだけだ。幸せだと、それ(・ ・)に満足してしまっていた自分は、『なりたかった自分』の姿すら、見失ってしまっていたのだ。

『お嬢ちゃん』と、呼ばれてしまっても仕方がない。自分はそう呼ばれてしまうだけの、『子ども』であったのだ。


「……やっぱり、私は、いっぱい間違えちゃったんだね……」

「そうか?」

「そうだよ。私は間違えてばっかりなの……だからデイルも、ちゃんと駄目な時は駄目って言って……こうして欲しいって、デイルの思うことをちゃんと言って……」


 ヴァスィリオで目を覚ました自分に、デイルが血を吐くような声で言った言葉を思い出す。

 あまりにも辛そうで、胸が張り裂けそうになったデイルの言葉。「護らせてくれ」それは、自分にとっても同じことで、だからこそ、どうするべきだったのかわからなくなってしまった、彼の本心だった。


「私は、間違えちゃったけど……デイルのことを護りたかったのは、本当なの」

「……ああ。そうだな……ラティナなら、そうしちまうだろうなってのは……俺にもわかった」

 困った顔で、自分のことを肯定してくれるデイルの両の手に、ラティナはそっと触れた。

「デイルがそうやっていつも優しいから……私、デイルにたくさん甘えてしまっていたの。デイルならきっと、私のすることを、全部許してくれるって……甘えていたの。それが、デイルを苦しめても……わかってくれるって思っていた」

「甘えてくれる……のは、良いんだけどな」


 デイルも理性や思考の一部では、ラティナのとった行動の全てを否定することはできなかった。

『魔王』という脅威の代名詞を全て敵に回したラティナが、誰も犠牲にせずに場をおさめようと願った時、自分を犠牲にと考えるのはあり得る行動だ。

 実際に自分も、『この状況を認めること』が、一番犠牲を出さない結論であると、自覚もしていたのだ。

 とても認めることが出来なくて、全てを力でなぎはらってでもと、足掻いてみせたのだが。


 そんなことを考えて、苦笑したデイルを、ラティナはそっと覗き込んだ。自分がしてきた血にまみれた残虐な行動すら、見付かってしまいそうで、デイルは少し落ち着かない気持ちにさせられる。


「もし……また、同じようなことがあったら、私は、また同じ選択をしてしまうかもしれない……」

「それは……困るな……」

「デイルがそうであるように、私がデイルを護りたいのも、本心だから……でも」

 ラティナはそう言って、デイルの手に触れる自分の手に力を込めた。

「ちゃんと、デイルと話すから。どうしたいのか、どうするべきなのか、デイルと一緒に考える」

「……ん」

「私は、デイルと一緒に在りたいの。……私は、一方的に護られる存在じゃなくて、デイルのことも護れる存在になりたかった。だから、これからの私が、ちゃんとデイルの隣に在れる存在でいられるように……次からは、デイルの気持ちもちゃんと聞いて、デイルと一緒に考えたいの」


 ラティナの言葉を聞き終えて、デイルは苦笑を浮かべた。

 それは今まで浮かべていたものとは、少しだけ異なる意味を含んだ『苦笑』だった。


「反省しなくちゃなんねぇのは……俺もだよな」

「デイル?」

「俺も、ラティナとちゃんと話すべきだったこと、たくさんあるもんな……」

 腕の中に収めた愛しい少女を、目映い錯覚を感じながら見る。

「俺は、ラティナにプロポーズしたんだ。辛いことを分け合ってこその夫婦だよな」

「……うん」

「だから、今度がもしもあったら……俺に隠そうとはしないでくれ。ラティナが無理だって思ってることでも、なんとかしてやるから」

「うん」

「そうだな、俺がしんどい時は……その時はラティナを頼っても良いか? とはいえ、俺としてはそこんところは、格好つけておきたい部分なんだが……」

「デイルのぶんまで、その時は私が頑張るよ。いつも助けてもらってばかりだから……ちゃんと返せる自分になりたいの」

 彼女の返答に、デイルは表情を緩める。

 幼い頃からずっと、彼女は隣にいてくれるだけで、自分にとっての支えであり救いだった。

 それでもきっと彼女は、『それだけ』では足りないと答えるのだろう。


「……もう姉妹がいたりはしねぇか?」

「それは、いないよ」

「お前の家族の話……聞いてみてぇな。フリソスのことを隠してたから、話せなかったんだろ?」

「フリソスに聞いたの?」

「ああ」

 デイルが答えると、ラティナは少し苦しいような顔をした。

「話せなくてごめんなさい。でもね、私にとってフリソスは、デイルとは違う意味で、誰よりも大切な存在なの」

「たった一人の姉妹だもんな」


 魔人族は、本来仲間意識の強く、身内を大切にする種族だ。

 唯一の姉妹にして唯一残された血の繋がった家族。ラティナとフリソスが、互いに互いを深く思いあっていることは、デイルにもよくわかっていた。


「隠しごとは、もうねぇか?」

「……恥ずかしい内緒のことは、あるよ」

「それは、夫婦でも隠していて良いかもなぁ……」

「デイルは?」

「ん?」

「デイルは……私に内緒のこと、ある?」

「あー……」

 思わず反射的に言葉を濁そうとして、思い直す。

 彼女に強いておいて、自分のことだけ棚上げにするのは、いくらなんでも都合が良すぎると反省した。


 彼女はもう、自分に護られるだけのちいさな幼子ではないのだ。

 そして自分は、彼女をそういう存在として扱うと決めた筈だった。


「俺、実は『勇者』なんだ」


 だからデイルは、今更にも程のある情報をラティナに告げたのだった。

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