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閑話。ちいさな娘、はじめての『夜祭り』の日。

『うちの娘』投稿二周年記念、閑話ゲリラ投稿にございます。いつもお読みくださり誠にありがとうございます。

時間軸は『ちいさな娘』時代、『赤の神の夜祭り』に初めて行った話となります。

 クロイツの南にある森でデイルに拾われ、虎猫亭で暮らし始めた当初のラティナは、本当に我が儘を言わない子どもだった。

 与えられた物を喜びはするが、何ひとつ自分からは欲しいと言い出さない。強いて自分からやりたいと言い出したものを探してみれば、それは『虎猫亭』の仕事や家事を手伝いたいというものだった。


 既にというか、即座に彼女に骨抜きのでろんでろんにさせられたデイルは、そんな彼女の姿に首を傾げるのであった。


「本当にラティナって……我が儘ひとつ言わねぇんだよなぁ……」

 自分がこの位の歳の頃はどうだっただろうと考える。

 当初彼女の外見から考えていた、五歳という歳の頃の記憶は既に遠い。八歳という自己申告の頃は、一族の次期当主教育は二の次と、弟と遊びに行くことばかり考えていたような気がする。

 それも直ぐに父と祖母にばれて、連れ戻されて、よりきつい訓練を課せられるのだが、めげずに毎日どうやって出し抜こうかということばかりを考えていた。

 とてもではないが、ラティナのような聞き分けの良い子どもではなかった。


「そんなところは間違いなく可愛いんだけど! 『良い子』過ぎねぇか?」

 デイルの疑問に、ケニスも眉間に微かに皺を刻んだ。

「あの子は、ずいぶん賢い様子だからな。自分の立場もわかっているんだろうな」

「子どもが気にする必要もねぇのにな……」

 ケニスの言葉にデイルも溜め息をつく。

 ラティナは歳不相応に賢い子だ。本来なら縁も所縁もないデイルが、自分の面倒をみてくれている現状が、『幸運な出来事』であることを理解している。

 あの幼さで、我が儘を言わないのではなく、我が儘を言える立場ではないと考えていても驚かない。


「子どもが子どもらしくねぇって生き方は、嫌だな」

「デイル……」

「子どもは、大人に甘えるもんだろ」

 まだ幼さが残る年齢で郷里を出て、その頃から『大人』の振りをしてきた青年を知るケニスは、微かに溜め息をついた。

 周囲の大人に甘えることも頼ることも苦手だったその青年は、だからこそ、ちいさな彼女にはそんな思いをさせたくないのだろうと、思い至ってしまう。

「ラティナの為なら、俺、頑張っちまうんだけどなぁ」

「お前なら際限なくやりかねないから、自重は忘れるな」

 それでもケニスは、釘を刺すことだけは忘れなかった。



「ラティナ、『赤の神(アフマル)の夜祭り』の日は、俺も休みだから一緒に行こうな」

「『赤の神(アフマル)の夜まつり』?」

 繰り返して首をこてん。と傾けたラティナに、デイルは笑顔で言葉を継いだ。

「この街で一番賑やかな祭りだよ。夜が本番だけど、昼間のうちから賑わうからな。色々見て歩こう」

「デイルといっしょ?」

「ああ。俺と一緒に、だ」

 その言葉にラティナの表情が緩む。そんな彼女の様子にデイルは、単純に笑顔とは形容し難い、緩みきった笑みを浮かべた。

「友だちと一緒に遊びたいかもしんねぇけど、祭りの間は余所者も多いから、子どもだけでうろつくのは危ねぇからな」

「クロエといっしょも楽しいけど、デイルといっしょだと、もっとうれしいの」

 えへへと笑うラティナを見た途端、デイルの自制心メーターは振りきれた。

 ラティナをぎゅうっと抱きしめて、ぐるんと一周振り回す。


「本当にラティナは可愛いなぁ……ごめんな、本当は俺も毎日毎日ラティナと一緒にいたいんだけどな。仕事なんて全部ほったらかして、ラティナと一緒にいたいんだけどなっ!」

「デイル、デイルっ、ラティナおるすばん大丈夫だよ」

「ラティナは、俺と一緒にいたくねぇのか?」

 少し寂しげに問いかけたデイルに、ラティナはちょっとだけ下を向いて考えた後、答える。強がって我慢しているだけだと、表情が能弁に語っていた。

「ラティナ、デイルといっしょ、いっぱいいっぱいうれしいよ」

 幼子の方が明らかに我慢と自制をしている様子であったが、自重することを放棄している駄目な大人には関係なかった。

「早く引退して、ラティナと毎日べたべたするだけの生活がしたい……」

 発言が既に末期であった。


 デイルの言葉に、ラティナは少し首を傾げて考えこみ、うん。と決意のこもった顔をした。

「そしたらね。ラティナがいっぱいはたらいて、デイル、はたらかなくても大丈夫にするね」

 その言葉には、素直に頷くことの出来ないデイルではある。彼は彼女に養われたいのではないし、何より彼女が仕事に勤しんでしまえば、べたべたする時間が限られてしまい、本末転倒である。

 だが、そんな健気な発言を否定できるはずがないではないか、とも思う。

 結果、デイルはラティナを抱き締めたまま、つむじのあたりにうにうにと頬擦りするのであった。

「ラティナは本当に良い子だなぁっ……なんでこんなに可愛いんだろうな……っ」


 いつも通りと言ってしまえる二人の様子に、ケニスは店の卓を拭く手は休めずに、呆れ半分の溜め息をついた。

「ラティナなら本当にやりかねんな……」

 そんな想像が簡単過ぎる程に出来て、ケニスは手にした布巾を、バケツに微妙な顔で放り込んだ。




赤の神(アフマル)の夜祭り』の当日、ラティナは新品の服に袖を通していた。

 誕生月祝いにクロエの家に注文した、よそ行きの淡いピンクのワンピースである。花の飾り刺繍が施されている、見るからに上等な服だった。

 勿体ないような気持ちと、新しい服を嬉しく思う気持ちに、ラティナは、落ち着かなさげに服の裾を皺を伸ばすように撫でていた。

「よく似合っているわね、ラティナ」

「へんじゃない?」

「ちゃんと可愛くなっているわよ」

 リタに髪を結い上げてもらい、大きな飾り紐(リボン)を結んでもらう。蝶結びのはねの形を微調整してから、リタは満足そうに微笑んだ。


「はい、出来た。でもちょっと残念ね。ワンピースがとても綺麗な色だから、合わせた飾り紐(リボン)があったら、良かったわね」

 ラティナの白金色の髪に映える桃色の飾り紐(リボン)は、彼女が愛用している濃い色の物だった。充分に彼女の愛らしさを引き立ててはいるのだが、ワンピースが上等であるからこそ、小物も合わせた物があれば良いと思ってしまう。

「まあ、そういう発想は男どもにはないからね……」

 冒険者なんて生業の男どもに、そんな繊細な配慮がないことは、リタは百も承知である。


「うすい色?」

「ラティナの髪は淡い色だから、あんまり薄すぎる色もよくないかしら……」

「むずかしいねえ」

「そうね」

 うーん。と唸ったラティナに、リタも苦笑する。だが、その後すぐに、表情を優しげに緩めた。

「でも、女の子の特権だからね」

「とっけん?」

「だって特別なひととのお出かけで、いつもより可愛い格好をしたいっていうのは、女の子の『当たり前』だもの」

 そうリタに言われて、ラティナは少し照れくさそうに、ふにゃん。と微笑んだ。


 いつもよりもおめかしをしたラティナを見たデイルは、相好をゆるっゆるに崩しまくって、彼女を迎えた。

「どうしよう、可愛いって言葉じゃ足りねぇ位に可愛いなぁっ」

 デイルの称賛しかない言葉に、ラティナは恥ずかしそうに微笑んで彼を見上げた。

「あたらしいふく、ありがとうデイル」

「どーいたしまして、だな」

 ラティナの『いつもの返答』を真似てから、デイルはちいさな淑女(レディ)をエスコートするべく手を差し出した。

「じゃあ、行くか」

「うんっ」

『虎猫亭』を手を繋いで出ると、二人は祭りの見物客で賑わう中央方向へと歩き出したのであった。


 まだ『夜祭り』が始まるまでには時間がある。

 その為にデイルは、商業区域である東区へと足を向けた。普段とは比べものにならない人びとの数に、ラティナが目を丸くする。

 そんな彼女の反応も愛でながら、デイルはラティナを抱き上げた。

「いつもよりひとが多いからなぁ。疲れるか?」

「ううん。ラティナ、びっくりしただけ。いっぱいだねえ」

「祭りの為に、見物客が集まって来てるからな」

 ゆっくりと進みながらラティナの様子を見れば、彼女は人酔いをすることもなく、活気溢れる街の空気すら楽しんでいるようだった。

 ラティナは自らねだることがないので、デイルは彼女を観察する目に力を入れる。興味を抱いたらしく視線を止めた先を察する度に、該当する店の前では、殊更歩く速度を落とした。


 デイルが足を止め、更に数歩後ろに戻ったのは、ラティナが何物かを、熱心に見ていることに気づいたからだった。

 デイルの行動に、ラティナが驚いた顔をする。デイルは彼女に微笑みを向け、店の扉を開けた。

「おお……」

 そこは、レースを扱う店だった。

 デイル一人では、決して入ることのない種類の店である。表の喧騒が嘘のように静かな店内には、ところ狭しと、まるで額装された絵画を展示するかのように、様々な品物が並べられている。

 デイルは、抱いて歩いていたラティナを床におろす。

「見事なもんだなぁ」

 興味があっても、言い出さない彼女の為に、彼は水を向けた。そこでようやくラティナは品物を近くで眺め始めた。

「きれいだねえ」

 ラティナは、繊細な細工にうっとりとした表情を見せた後で、どのように出来ているのかを確認するかのように、しげしげと眺めている。


 ウィンドウショッピングのように、目的意識もなく、品物を眺めるだけで満足出来る女性に対して、目的を見出だせない買い物に興味を抱くことが出来ず、苦痛を感じるのが、男性の性質であるという。

 デイルも本来ならば、購買意欲の欠片も掻き立てられない、このような店では、数分経たずに飽きても然るべきであった。

 だが、

(ラティナを眺めているだけで、俺、いつまでも大丈夫だなぁ)

 彼は、相変わらずの通常運転であった。


「ラティナ、気に入ったのはあるか?」

「見てるだけで、たのしい。きれいだねえ」

 ある意味予想通りの返答に、デイルは少し困った顔で、それでも『微笑み』に該当する表情を浮かべた。

「そーか」

 デイルは軽く答え、店員を呼んでレース作りの花飾りを注文した。

「デイル?」

「ちょっと動くなよ」

 こてん。と不思議そうに首を傾げるラティナを制して、店員に頼んで彼女の飾り紐(リボン)の結び目に飾りを付けてもらう。

「うん。やっぱりラティナは可愛いなぁ」

 濃いピンクの上の白いレースの花飾りは、色彩の明度差もあってよく映えた。元々愛らしい容姿の彼女に、その装飾は印象をより強める。

 デイルのいつも通りのコメントも、無理がないと思わせる説得力が生じる程である。

 少し遅れてラティナは、ふにょん。と嬉しそうに微笑んだ。

 もう、デイルにとっては、心臓を撃ち抜かれて悶絶してしまう程の微笑みであった。


「後、これもプレゼントだな」

 ラティナが、殊更熱心に見ていたレースの飾り紐(リボン)を包んでもらう。口にしないだけで、ラティナがそれに目を奪われていたこと程度、そばで彼女をずっと見ていたデイルにはわかることであった。

 ラティナは驚いた顔で包みを受けとると、ぎゅっとそれを胸に抱いた。

「ありがとうデイル」

 その笑顔の為ならば、この店の品物全部を買い占めても良いと、デイルが思ってしまう表情だった。



 夜の帳がおり、『夜祭り』が本格的に始まる頃、デイルはラティナを抱いて人混みの流れの中、祭り見物をした。

 きらきらと、鎧が篝火を反射して煌めく神官兵の行列にも、薄物を靡かせる巫女の舞にも灰色の眸を輝かせたラティナであった。そんな彼女が、一番好奇心を抑えきれないように見入ったのは、夜空を彩る『火の花』だった。

 はじめは爆発の音が雷のようで怖いと、デイルにぎゅっと抱き付いていたラティナだったが、それが大輪の炎の花となって夜空を照らすと、いつの間にか恐怖を忘れてしまったようである。


「なぁ、ラティナ」

「なあに?」

 腕に抱く彼女の耳元に口を寄せて、問いかけた。

 大勢の人びとのざわめきと『火の花』が生む喧騒に、邪魔をされることなく声を届ける為に、大きな声を張り上げるのではなく、距離を詰める。

「楽しんでるか?」

「うん」

「そうか」

 迷いのない返答に、デイルは表情を緩める。


(ラティナがもっと自分の気持ちや、我が儘を言えるようになって欲しいって言っても……そんな焦る必要もねぇよな……)

「ラティナ、また来年も一緒に見に来ような」

「デイルといっしょ?」

「ああ」

 自分の首のあたりに、ぎゅっと抱き付いてくれるという反応だけでも、今は充分だ。

 デイルはそう思って、大切なちいさな少女を抱く腕に、ほんの少し力をこめた。

 焦る必要はない。来年もそのまた先も--彼女と共にいられる時間をゆっくり使って、彼女が彼女らしく健やかにあれるように、心を配っていけば良い。

 まだまだ新米の『保護者』である自分だが、そうやって年数を重ねるうちに、ひとかどの『保護者』となれるだろう。


 同時に見上げた空で、咲き誇った一際大きな大輪の炎の花の見事さに、デイルは、ラティナと微笑みを交わしあったのだった。

コミカライズ版の確認などで、最初部分を読み返していたら、ちっさかった『娘』書きたい欲求にかられました。だが、あまり『保護者』は変わらないという謎……

三年目突入の『うちの娘』となりましたが、今後もお付き合い頂ければ幸いと存じます。

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