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青年、裏側で行われていた事を知る。壱

 ラティナを離そうとはしないデイルに向かい、ローゼは微笑みを崩さなかった。

「デイル様」

「久し振りだな……ローゼ。ヴァスィリオに来ていたのか」

「その事も含めてお話を致します」

「そうか」

 そこで、沈黙が落ちた。

 ローゼは変わらず微笑みを浮かべてデイルを見ていた。

 無頓着を貫こうとするデイルはともかく、ラティナは狼狽も露におろおろとする。

「デイル様」

「何だ?」

「幾ら婚約者とはいえども、親密に過ぎるのでは?」

「別に、普通だろ」


 ローゼの笑顔は揺るがない。だからこそ、ラティナの狼狽は激しくなっていった。流石のデイルも、一筋汗を流した。

「デイル様」

 声も決してきつくはない。ローゼらしい優しく物静かなものだ。それなのに、妙に座りが悪いような心持ちにさせられる。

「……何だよ」

「公爵閣下の御命令で、私はこちらに参りました。それと同時に、デイル様宛の書状を預かって来ております」

「俺に……閣下からか?」

「いえ。デイル様の故郷からのものだとか。内容は、私も存じております」

「ティスロウから……?」

「当主名代として、一の魔王陛下との会談に臨むようにとのことです」


 ローゼの言葉に、デイルは舌打ちして、ようやく表情をまともなものに戻した。

「婆か……どこまで知ってたんだ?」

「そこまでは私は存じません。私自身も、こちらに来るまでは、ほとんど何も知らされておりませんでした」

 ローゼに応じる姿に、落ち着きを取り戻しつつも、それでもデイルはラティナを抱く腕を緩めなかった。

 ラティナはデイルのその腕にそっと触れた。


「デイル……」

「……はなしたく、ない」

「うん……勝手にいなくなって、ごめんなさい」

 平坦な声音で言うデイルに、ラティナはまた零れそうになった涙をぐっと堪える。

「だから、ちょっとだけ放して……デイルと一緒にいるために、部屋から出れる格好をするから」

「はなさないと、駄目、なのか?」

「あのね……私……あんまりヴァスィリオの服……着方がわからなくて……」

 ラティナの返答に、デイルは少し呆気に取られた顔になった。

「子どもの頃は、簡単なワンピースだったから……今のフリソスの服見ても、着方がよくわかんないの……自分ひとりじゃ、出来なくて……」

 風通しの良さを重視した造りとなるヴァスィリオの服は、ラーバンド国のものとは大きく異なる。釦等はほとんど見られず、ゆったりとした衣類は、どうやって留められているのか、一見してはわかり難い。

 今さっきまで、起きていることすら難しかったラティナは、ヴァスィリオに来てからずっと、侍女に全ての世話をされて過ごしていた。

 どうされていたのか、今一つ記憶にない。

「……そうかぁ」

 苦笑を浮かべるデイルは、元通りに見えて、ラティナは少し安堵する。

「だからちょっとだけ、待ってて」

「ちょっとだけ……か?」

「うん。ちょっとだけ」

 繰り返されたラティナの言葉に、デイルはようやく腕を緩めた。まるで無理に引き剥がすようなデイルのぎこちない動作に、ラティナは気付かない振りをした。

 デイルのそんな仕草を見る度に、胸が苦しくなった。

 息がうまく出来なくなる。それを気取られないように、ラティナは微笑んだ。


「じゃあ……すぐ、戻るんだよな?」

「うん」

 歩き出したフリソスに従い、ローゼたちが退室するのを追いかける直前、更に念を押したデイルをラティナは微笑んで見送る。

 デイルの姿が見えなくなると、ラティナは寝台にぱたりと倒れて、苦し気な呼吸をした。

 ラティナの身体は、まだ本調子ではない。これだけ長く起き上がっているのも久しぶりのことで、既に疲労で全身が気怠い。

 だが今これだけ苦しいのは、そんな身体の不調が理由ではなかった。


「ふ……ぇく……っ」

 ぽろぽろと、今まで堪えていた涙を流す。

 このほんの短い時間でも、自分がどれだけデイルを苦しめてしまったのか、わかってしまった。

 守りたかっただけなのに、うまく出来なかった。

(……わかってた。きっとデイルを苦しめることになるって、わかってた……なのに、私は……)

 ぐしぐしと手の甲で涙を拭って、起き上がる。

 ずっとこんな風に泣いている訳にはいかない。

「"『白金の姫』……"」

「"大丈夫。気にしないで"」

 服を用意していた侍女へと答えると、ラティナは彼女の手を借りて着替え始めた。


 デイルをこれ以上待たせることは、出来ない。

 これ以上、彼を苦しめることは出来ない。

  (私は……どうするのが、正しかったんだろう……)

 胸を締め付ける疑問には、答えはまだ出そうもなかった。


 フリソスがデイルとローゼを連れて行った部屋は、先ほどデイルと交戦した謁見の間ではなかった。

 魔人族の文化としては『上等』の部屋だが、ラーバンド国の文化圏から見ると、非常に質素で飾り気のない部屋だった。

 ベンチのような形状をしている長椅子が壁を背にして設えてあり、その前に石で出来た長方形のテーブルと、低い背もたれの椅子が並んでいた。

 一見するとシンプルな家具であったが、よく見れば脚の部分には彫刻が施されている。

 ふとデイルはあることに気付き、驚いた顔で呟いた。

「この石……珍しいな」

 テーブルに手を滑らせるデイルに、フリソスは、 ほうとばかりに嘆息した。

「わかるか」

「結晶を削り出して作っているのか?……これだけの大きさのものとなると、相当だろう?」

「ヴァスィリオは、気候が厳しく農耕に適さぬ土地も多いが、こういったものは有しておる」

 フリソスに言われて、そう言えば空中から見たヴァスィリオの街並みは、石造りのものも多かったことを思い出す。

 フリソスは長椅子に腰を据えて、デイルに自分の前の椅子を勧めた。その後、ローゼをデイルと同じ並びの椅子に座らせる。


「ヴァスィリオは、人間族の国家、ラーバンド国との国交を求めておる」

 それは、デイルもグレゴールから伝え聞いた話だった。

「この度の『災厄』どもの行動で、『魔人族』全体への不信は高まっておろう。余は民を率いる存在(もの)として、我が同胞(どうほう)を護らねばならぬ」


 魔人族は、長い間、閉鎖的に過ごしていた為に、偏った知識しか他の人族に知られていない。そのことで生まれる偏見が、今後の『魔人族』という種族全体の迫害に繋がりかねないと、フリソスを初めヴァスィリオの首脳陣は判断を下した。

 ヴァスィリオにとって、最も近い国家はラーバンド国であり、彼の国は、この度の『災厄』で大きな役割を果たした国だった。

 ラーバンド国に受け入れられれば、他の国にも働きかけ易くなる。

 これもひとつの好機であると、フリソスはラーバンド国に使者を送ったのだった。


「公爵閣下は、その調整の為に私をヴァスィリオに向かわせましたの。多くが機密でしたので、私自身もこちらに着いてからそのことを知ったのですけれど」

 そう言ったローゼに、デイルは問いかけた。

「ローゼは、貴族階級ではあっても、外交官ではないだろ? 何で閣下はローゼを……?」

「閣下が即座に動かせる人材の中で、私が最も秀でた『魔術士』だったからです。魔法を使うことが出来ることが、最低条件。そして魔術士を名乗る私のような者は、言語の意味に通じていなくてはなりませんから」

「あ……」


 魔人族が母語として用いる言語と、魔法を使う際に使用する呪文言語は同じものである。

 だが、魔法が使うことが出来る者全てが、語句の意味や文法を理解しているとは言い難いものもあった。ただ優秀な魔術士は、臨機応変に魔法を操る為に、魔術言語にも秀でているものだった。

 ローゼをはじめ、護衛にもヘルミネのような魔術士を送ったのは、語学の面で、それが魔人族の国への使者に必要であった為である。


「女王であらせられる『一の魔王』陛下に配慮して、女性であること。更には、ラティナさんと面識があったことが、閣下が私にこの役目を申し付けた理由です」

「え?」

 ローゼの言葉に、デイルは呆気に取られる顔になった。

「何で、ラティナが?」

「私は、デイル様がご存知なかったことに驚いております。閣下の元に『黄金の王』と、ラティナさんとの間に血縁があるということを伝えたのは、クロイツの『踊る虎猫亭』だったそうですよ」

「は?」

 更に呆気に取られたデイルに、ローゼは念を押すように繰り返した。


「恐らく現在のラーバンド国内で、最もヴァスィリオの詳細な情報を有しているのは『踊る虎猫亭』ですもの」

「……は?」

 デイルが、彼の預かり知らぬところで、『虎猫亭』の面々が暗躍していたことを知った瞬間であった。

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