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150/213

青年、ほぼ通常仕様に戻る。

気付いたら150話です。皆さまいつもお付き合い下さり、誠にありがとうございます。

 デイルは、ラティナを抱き締める腕は緩めぬまま、視線だけを部屋の入り口の方へと向けた。

 本当は、ラティナ以外の何物も、自分の視界に入れたくはない心境ではあるのだが、彼女の安全を思えば仕方がない。

 出入口は扉がなく、薄布が風に揺れるだけとなっている。それは、暑いこの土地に適応した造りとなっているのだろう。


 先ほどまでは、ひとの気配がほとんどなかったこの場に、今は複数の気配が動いている。

(ひとり、ふたり……敵意は無い、な。後は……あれはフリソスか)

 気配だけを辿っても、フリソスのことはすぐにわかった。彼女は改めて気配を探れば、それもまた、ラティナと似たものを纏っている。

 --似ているとはいえ、無論ラティナのことは、誰とも間違えるつもりはなかったが。

 デイルは、フリソスが従えていることから考えて、他の気配が侍女であろうと推測する。

(後宮みてぇな建物の位置関係だったし……女王の生活空間と隣接してるんだ……衛士がいるにせよ、男の出入りは制限されるだろうからなぁ……)

 まごうことない侵入者である自分の事は、棚に上げて考える。

(そう考えりゃ……ラティナは安全な場所に隔離されてたんだなぁ)


 こんな可愛いラティナが、弱った姿で無防備に眠っているのだ。もう、庇護欲を煽りまくるに決まっている。それだけならまだしも、滅茶苦茶にしてしまいたい欲望に火を付けてしまっても致し方ない。

 けれども、今は我慢だ。

 長く具合を悪くした結果、少し痩せてしまったラティナの身体は、最高だった抱き心地を損ねてしまっている。痛々しくて、辛い。

 甘やかして、甘やかして、甘やかそう。

 療養させて、たっぷり一緒に過ごそう。もう、べったでたで過ごそう。

 そういえば、纏う香りが少し異なる。いつも使っている香油と違うのだろうか。でも、やっぱり彼女は良い匂いがした。


 そんなことを考えるデイルは、すっかり通常(ざんねん)仕様(モード)に戻っていた。

 ラティナを幼い頃にしていたように自分の膝にのせ、横抱きにして腕の中に収める。髪の匂いを嗅ぐついでに、肩のあたりに顔を埋め、唇を押し当てた。

 凄く癒された。ぬくもりとアロマのダブル効果はてきめんだった。


 本気で、何もかもがどうでも良くなってきた。

 このまま寝台に二人で転がって、全身全霊で彼女を甘やかしたい欲求に駆られる。とはいえ、本調子で無い彼女相手に、何処まで『甘やかせる』かの自制心に信用が置けない。

 そんな理性的な判断だけが、今のデイルを押し留めていた。

(でも、ちょっとだけなら、良いかな……)

 理性は風前の灯で、ぐらぐらしていた。

 緊張の糸は、ぷっつりと切れていた。反動で、全力でだらだらしたいと思ってしまう。ぶっちゃけた言い方をすれば、今はラティナとイチャイチャだけしていたい。

(良いよな……)

 と、デイルが肉食獣に通じる気配を滲ませ始めた時、入り口の向こうから涼やかなガラスを鳴らすような音がした。

 デイルが疑問に思った時、腕の中のラティナが声を上げる。


「"*****"」

(ん……? 疑問、かな)

 ラティナが誰何した声は、呪文言語と同じものだった。『魔人族』にとって母語であるその言葉は、魔法使いであるデイルは、使うことが出来るものの、会話に於ては完璧とは言い難い。端的に単語の意味を拾うこと程度までは可能だった。

 角に細い金細工の飾りを垂らしたふたりの女性たちが入って来て、頭を垂れる。

 揃いのシンプルな衣装を着た魔人族の女性たちに、ラティナは静かに声を掛けた。

「"*****?"」

「"********"」

 交わされる会話を、デイルは半分も聞き取れなかった。

「"******、**************"」

「"**……?"」

「"*************"」

「"*********"」

「"********"」

 首を傾げたラティナは、デイルを見上げる。

「あのね……ヴァスィリオでは、神殿にいるひとだけが、角に飾りを付けているの。角の飾りを見れば、だいたい役割もわかるんだよ。『魔王』であるフリソスと魔族のひと、後は高位の神官たちだけが、その飾りに、複数の色を使うことが許されているから。人間族の王様みたいに、冠は着けないんだよ」

 単色の金細工の飾りを着ける眼前の女性たちは、やはり侍女にあたる女性たちであるらしい。

 人間族の王侯貴族に相当する特権階級が、『魔王』とその眷属となるらしいと、デイルは理解する。


「私に、お客さんみたい。フリソスが通したってことは、ちゃんと理由があるんだろうけど……どうしてだろう」

「そうか」

「"********"」

 デイルに会話を通訳してから、ラティナは侍女に了承の意を告げた。

「"**"」

 それを受けて、片方の侍女が頭を下げて部屋を出る。

 残った侍女を見てから、ラティナは困った顔をデイルに向けた。

「デイル……」

「なんだ?」

「お客さん、来るんだって……」

「そうか」

「……おろしてほしいんだけど……」

「嫌だぞ」

 膝の上でデイルに拘束さ(だきしめら)れているラティナの困惑の様子にも、デイルは全く動じなかった。

 何を言っているのかとばかりに返事をされて、ラティナはますます困った顔になる。


「あのね……今着てるの、寝巻きなの」

「そうか。そうだよなぁ」

「着替え……したいんだけど……」

「そうか」

「デイル離してくれないと……着替え……できないの」

「そうかぁ」

 当たり前のことを懇切丁寧に告げられても、デイルはラティナを放そうとはしなかった。

 それでもこの無防備極まり無い格好を他人に晒すことはデイルにも出来かねた。そんな理解は出来るのだが、一秒でも、もう離れないと決めてしまったのだから、仕方がなかった。

「着替えできないなら、無理じゃねぇか?」

「え……えぇと……」

「無理だから仕方ないよな。だから、このまま一緒に、ぎゅってしてような」


 一言で言うなれば、『激しく悪化している』デイルの様子に、ラティナは自分のしたことの『罪』に更に戦いた。

 元々、ラティナの記憶は、魔王による『封印』以降、ほとんど無いのだ。大部分の時間を眠り続け、起きている間も、朦朧としていて思考するのもままならなかった。

 その為、ラティナにとってのデイルとの別離の体感時間は、つい先日からのものだった。それでもデイルの様子から、決してそれが短いものではなかったことは察しはじめていた。


 あまり感情が見えない侍女も、困惑している様子がわかる。

 自分の着替えの為に、そのひとが控えていることがわかっているので、ラティナはおろおろと視線を泳がせた。

 訪いも告げずに、そこに再びフリソスが入って来た。

 頭を垂れる侍女の方に見向きもせずに、寝台の上で抱き合う二人に、据わった目を向ける。

「"フリソス……"」

「"やはり、こんなことになったか"」

 情けない声を出すラティナにため息をついたフリソスは、人目を憚るという言葉に全く頓着しないデイルに、低い声を向ける。

「プラティナを放して貰おうか」

「嫌だな」

「左様か」

 意外にもあっさりとそう受けたフリソスは、背後を振り返る。

「だそうだ。入ることを許す」

 フリソスの言葉に、ラティナは驚いた様子で更におろおろとしたが、デイルは全く頓着しなかった。


 だがそんなデイルも、入室してきた客人の姿に、ぎょっとしたような顔をする。

 少なくとも、客人の方に意識を向けることが出来るという判断に至る程度には、衝撃となった。


「ご無沙汰致しております、デイル様」

 鮮やかな薔薇色の髪を揺らしたローゼが、静かな微笑みを浮かべて貴婦人らしく礼をした。

「ラティナさんも、無事に『戻られた』ようで何よりです。『黄金の王』陛下には、予めご許可を頂いておりますが、プラティナ姫とお呼びした方が宜しいのでしょうか?」

「お客さんって、ローゼさまだったんですね……」

 驚いた表情をしたラティナは、ローゼへと目礼をした。

 きっちりと頭を下げることすら、現状ではままならないのである。

「フリソスは『王』だけど、私には何の権限も無いの。ヴァスィリオは、ラーバンド国とは違って世襲制で権力を受け継ぐ訳ではないので……」

 少し困った顔をして、ラティナは更に言葉を継いだ。

「公式な場では、本当の名前の方を使うべきだろうけど……私、あんまりそっちの名前に慣れていないので、今まで通りの方が良いです」

「わかりました。では、そのように」

 ラティナとローゼは、歳の差もあって友人というよりは姉妹のような関係になっている。それでも二人の仲が良いことには変わりなかった。

「ご挨拶が遅くなってすみません、ローゼさま。久しぶりに会えて嬉しいです。それに……」

 ラティナはそう言って、ローゼの後ろで使用人の如く控える妙齢の美女を見た。


「ヘルミネさんも、お元気そうですね……」


 ブロンドの髪を結い上げた碧眼の美女は、にこりと微笑むことでラティナの言葉に応じたのだった。


 一方、苦手とする美女の急な出現に、デイルは、ほんの少しだけラティナから身体を離すという行為に出た。

 それでもラティナは未だデイルの膝の上であり、束縛から解放された訳ではないのであった。

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