とある王都勤めの一兵士、戦々恐々とする。
第三者の視点のちょっと短い話となります。
彼は非常に今回の任務に緊張していた。
相棒である小型の飛竜とともに、ラーバンドの首都アオスブリクから、このクロイツの街の郊外に降り立ったのは、昨日の事だ。夜間の飛行に飛竜は向いていない。この場で一夜を明かし、明くる早朝である現在、王都に送る人物と合流する予定となっていた。
「うわぁー……どうしよう、ティティ。すっごい難しい人なんだっていうんだよぉ……」
相棒相手に愚痴る彼はまだ年若い。
彼は珍しい魔力属性である『央属性』持ちで、その能力を用いて飛竜を使役する『竜騎兵』だった。
とはいえ、彼の相棒であるティティと名付けられた飛竜は穏やかな性格の雌の個体で、荒事には向いていない。
彼等の主な任務は物資や人の輸送だった。
キュウ? と小さく鳴いた飛竜の前で項垂れたまま、若い竜騎兵は相棒を相手にした体裁の独白を続ける。
「公爵様が契約している冒険者の人らしいけど……俺の前任者は、機嫌損ねたから、辺境に左遷させられたっていうし……折角、王都勤めの高給取りになれたのに……ううぅ……大丈夫かなぁ……」
その冒険者とは、まだ年若いが、幾つもの功績をあげている高名な冒険者だ。ラーバンド国王の片腕である公爵の子飼いの冒険者という立場だが、彼の機嫌を損ねるという事は、即座にかの公爵にその行状が伝わる。
彼の前任者は、その冒険者を年若いと侮り、軽んじたが故に、逆鱗に触れ、しいては公爵の命より辺境の地に送られたのだと専らの噂だった。
わざわざ、クロイツに住む彼を、飛竜を派遣して送迎するほどに優遇しているのだ。
公爵の彼への信がそれだけ厚いという証にもなるだろう。
「っ! ティティ、来たっ……」
キュイ、と相棒は相槌を入れてくれた。
黒い革のロングコート。左の腕には魔道具の籠手。腰にロングソードを提げた青年が、クロイツの方向からこちらに向かって歩いて来ていた。
まだ若い竜騎兵はぴしりと直立して彼を迎える。
この冒険者は、彼の相棒の飛竜ですら、一刀の元に切り捨てられる程の実力者なのだ。
あまり好戦的ではないとはいえ、竜種。普通の冒険者ならチームを組んで仕留めるのが定石だというのに。
「エルディシュテット公爵閣下の命により、お迎えにあがりました! 」
「ああ。デイル・レキだ」
低く静かな声で応じた青年は、落ち着いた表情で竜騎兵とその相棒を見た。自分より若く見える彼の、自分では到底及ばぬ存在感に、竜騎兵の青年はゴクリと唾を飲み込んだ。
「こちらにどうぞ」
飛竜の背中に付けられた鞍に彼を誘導し、彼の持っていた荷物はしっかりと固定する。
馬などより遥かに高さのある飛竜の鞍だが、彼は体勢を乱すこともなく、軽々とその身を鞍にのせる。慣れた様子でベルトを締め、準備を整えていた。
竜騎兵の青年も急いで自分の鞍へと向かい、手綱を握る。この手綱は竜騎兵の魔力を伝達しやすい特別な素材で作られている。手綱を握ることで飛竜に意思を伝えるのだ。また逆に、飛竜の意識も手綱を通し竜騎兵へと伝わる。竜騎兵にとって最重要の装備だった。
「行くよ、ティティ」
短く声をかけて魔力を伝えると、飛竜はその翼を広げた。クルルルルと、独特の鳴き声をあげ、周囲に風の魔力を集める。
天の種族特性を持つ竜種であり、風の魔力を纏う飛ぶことに特化した飛竜は、その翼を一度羽ばたかせただけで、巨体を空に浮かせた。
二度目の羽ばたきで天高く舞い上がると、三度目で王都のある方向に向かい飛行を始めた。
地上の道を王都へ向かい移動すれば、馬を走らせて3日といったところだろう。
だが、飛竜の速度なら半日もあれば王都に到達する。
竜騎兵の適性を持つ者が高給取りとして働くことの出来る所以だ。
だが、飛竜の飼育法や手綱などの専門の道具のメンテナンス方法は、国等の大きな権力が握っている。個人の『飛竜乗り』のような者は存在しなかった。飛竜に乗る為には、国仕えになる以外の選択はない。
(ううぅ……気まずい……)
キュイ? と飛竜が鳴く。普段と異なる竜騎兵の様子に心配してくれているようだ。
飛竜の背中の上は、風の魔力渦巻く周囲と大きく異なり、とても静かだ。台風の目のようなものといった感じか。
そよ風程度の風が汗ばんだ額に心地良い。
(このまま、無言で、通すか……でも、気まずい……)
背後の彼の気配に、喉の渇きを覚えた。
竜騎兵の青年は、自分の鞍の下からいつも通りにそれを取り出して、器用に片手で中身を一つ口に入れる。
容器をそのまま後ろに差し出したのに、深い理由などなかった。
深く理由を考えることが出来る程、今の竜騎兵の頭は働いていない。
「宜しかったら、召し上がりますか? 」
「……飴玉? 」
彼の低い声にそのまま硬直した。
(終わったあああぁっ)
彼への最大の禁句は、年を理由に侮ること、だ。
竜騎兵は、ひきつった笑いを浮かべながら--背中を向けた相手にその顔が見えないことも気付かずに--この状況を好転しようと、言葉を重ねた。
「今、王都で話題の商品なんですよ! 全部色によって味が違うんです。それにほら、今までのキャンディにはなかったくらいに色とりどりで、色も鮮やかじゃないですか! 宝石みたいだって、庶民から貴族まで人気の商品なんですよ! 」
片手から瓶が消えた。
とりあえず興味は持って貰えたようだと、竜騎兵は更に言いつのる。
「その瓶も、凝った細工でしょう? 女性や子どもなんかは、空になった瓶を小物入れなんかにしているらしいですよ! 大きさも、大中小と様々なサイズがあり、ちょっとした贈り物なんかにも、重宝されているんですよ! 」
必死な、まるで飴屋のセールスマンと化した竜騎兵が、今背後を振り返ったら、何を見ただろうか。
(そういえばラティナに、キャンディって食わせた事なかったよな。色も綺麗だし、女の子は喜びそうだ。ラティナ、髪飾り買った時とか、やっぱキラキラしたもんとか目で追ってたもんなぁ。ちっさくても女の子だもんな、やっぱり好きなんだろう。あぁ、そういえば、ラティナの友だちにも女の子いたなぁ。その子の分も必要かな。それに……)
少なくとも、この後の王都までの道行きの間、彼相手に必要以上に気を張る必要が無いことを悟ったはずだった。
それまでの彼だったらば、地雷であったはずのものを踏み抜いた竜騎兵であったが。
その地雷なんぞ、当の本人の意識の外であった。今の彼の脳裏には、そんなことを考えるだけのスペースはない。
ちいさなラティナが、当人の全く預かり知らぬところで、一人の将来ある青年の未来を救ったことを知る者は、誰もいない。
……あれ? ……おかしいな。
デイルさんは周囲からは、こんな風に思われているという、描写の為のエピソードだった筈なのに……なんだかいつも通りのアレな感じに、……