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青年、白金の娘と自らの想い。

 フリソスがラティナの封印を解く為に、自らの意識を『玉座』のもとへと向けていた間、デイルは自分の無力さに歯噛みする思いだった。

 魔族としての強大な力を得ても、『魔王』ではない自分ではどうすることも出来ない事実に苦しくなる。

 頭では理解している。

 出来ることと出来ないことは、必ず誰にでも存在しているし、それぞれに役割というものはあるのだろう。

 それでも、祈ることしか出来ぬことは、待つしか出来ぬことは、酷く苦しい。

(だから俺は……全てを薙ぎ払っても、剣で成せるなら……そうすることを選んだんだな……)


 デイルは、ラティナとフリソスに視線を向けた。ラティナを抱き締めたい衝動も、自分の余計な干渉が不確定要素となるとフリソスに言われれば、耐えることしか出来なかった。

 寝台の上に並ぶ二人の姉妹は、不安に揺れるデイルから見ても、嘆息する程に美しい。

 上質なシーツの上に広がる白金の髪は、光を優しく含んで輝きを放っており、改めて見れば少し体型の異なる二人の肢体は、それぞれに柔らかな曲線を描いている。

 二人の最大の違いである眸の色は、今は見えない。


(プラティナ……白金と、フリソス……黄金……か、二人の名も対になっていたんだな)

 フリソスと言葉を交わしたのは短い時間だが、ラティナを預けることに不安を抱かないでいられる程には、彼女が妹姫であるラティナを大切に思っていることがよくわかった。

『一の魔王』として、ラティナを封じたことに憤りがないかと自問すると、複雑にはなる。

 それでも、今は、フリソスを斬らなくて良かったと思えた。


 先に目を覚ましたのはフリソスだった。

「……っ!」

「そのような顔をせずとも、余が仕損じる筈などなかろう」

 根拠の無い虚勢だろうと、フリソスの声には相手を言い含める力があった。

 フリソスは半身を起こし、ラティナの頭をそっと撫でた。

「全ての封印を解いたとは言えぬ。プラティナは、『魔王』として行使できた筈の多くの力を、代償とすることになる」

「……そうか」

「それでも今のように、動くこともままならぬ状況は脱する筈だ。他の『魔王』が再び現れ、その力を強めればプラティナは影響を受けるやもしれぬが……もう、命の危機には陥ることはなかろうよ」

 フリソスの回答に、デイルもようやくに肩に入った力を抜く。ラティナの頭はフリソスに独占されてしまった為に、彼女の手をそっと取った。

 いつも繋いで歩いた手。この手を再び取る事が出来た安堵に、息苦しさすら覚えた。


 フリソスとデイルが見守る中、ラティナがゆっくりと眸を開いた。

 ぼんやりと天井を見ていたラティナが、数度まばたきした後で、デイルたちの姿に気付く。ふにゃらと緩んだ彼女らしい微笑みに、デイルは震える声で彼女の名を呼んだ。

「ラティナ……っ」

「プラティナ」

 フリソスの声にも、隠そうとしない喜びと安堵がある。

「デイル……リッソ……」

 フリソスを幼い頃の愛称で呼んだラティナが、その姉のことよりも先に、自分の名を呼んだことを理解した時が、デイルの我慢の限界だった。


「ラティナっ!」

「ひゃ……ぁんっ」

 ぎゅっと力を込めて抱き締める。常人を遥かに越えた膂力を得たデイルだったが、それを制御出来ずに、彼女を苦しめる程に締め付けることはなかった。

 驚きの声をあげたラティナにも、不満そうな視線を向けるフリソスにも、引くことは出来なかった。

「ラティナ……ラティナっ!」

「デイル、あのね、デイル……」

 困惑するようなラティナの声も、デイルは、彼女の声を聞くことが出来ること、そのものに喜びを感じてしまう。

「デイル……あのね……私、言わなきゃいけないこと……謝らないといけないこと……」

「良いんだ」

 声が、喉の奥に絡んだ。

 微かに肩を竦めたフリソスが、寝台の上から下りる。静かに部屋を後にするのを背中に感じて、デイルは心の中で感謝の言葉を呟いた。


 自分もラティナから離れたくないだろうに、先にその時間を譲ってくれたことを有り難く思う。


「お前が、無事に……帰って来てくれただけで……俺は、それで良いんだ」

 デイルの声が震えていることに気付いて、ラティナが表情を変えた。

 戸惑いで、もがくようにしていた身体から、力を抜いてデイルのするがままに委ねる。

「デイル……」

 ラティナは腕をデイルの背中に回し、抱き締めた。

 そっと労るように、その背を撫でる。

「ラティナ」

 肩を震わせるデイルの姿に、ラティナは言葉を呑み込んで、唇を噛んだ。


 ラティナは--デイルが涙を流す姿を初めて見た。


 デイルはいつも、泣き虫の自分を、抱き締めて慰めてくれる側だった。

 ラティナは、こみあげてきた『苦しいもの』を必死に呑み込んだ。それは自分自身が泣く時よりも、辛くて苦しい『もの』だった。

 言うべき言葉が見付からない。いつもデイルがしてくれたようにしたいと思うのに、どうすれば良いのかわからなかった。

「デイル……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「っ……!」

 自分の肩に感じる、濡れた感覚に、押し付けられたデイルの顔から熱いものが溢れていることを理解する。ラティナがなんとか口にした謝罪の言葉に、デイルは微かに首を振った。

「護れないことが、何より、怖い……お願いだから、護らせてくれ……俺に、何もさせない苦しみを、味わさせないで、くれ……っ」

 息が苦しい。

 強く抱き締められていることよりも、胸を締め付けることに、ラティナは自分のしてしまったことを悟って、喘いだ。


「ごめんなさい……」

 ラティナには、他の言葉が見付からなかった。

 零れそうな涙を堪える。今、泣いて良いのは自分ではないと思った。

「ごめんなさい……」

 もう何の言葉もなく、ただ自分を抱き締めるデイルを、ラティナは背を撫で、労ることしか出来なかった。


 やがて顔を上げたデイルは、赤くした目以外には、泣いていたことすら隠すように微笑んだ。

 剣を振るい、魔王を屠り続けた時の、狂気を含んだ冷酷さはその表情にはない。

 ラティナも、デイルに応じて微笑んだ。

 それは、心の底からの笑みとは言えないものだった。ラティナは、自分がしてしまったことの一端を理解して、内心をざわめかしていた。胸の中が苦しくて、涙が零れそうだった。

 それでも、今、自分が出来ることは、彼の為に微笑むことだけだとラティナは思った。デイルがそれを望んでくれることがわかるから、自分に出来ることで応じなくてはと、思った。

「デイル……」

 何度繰り返しても、決して足りることのない謝罪の言葉以外のものを探す。デイルの為に自分が言うべき言葉は、きっとそうではない。

「会いたかった……」

「俺も会いたかったよ、ラティナ」

 決して自分を責めようとはしないデイルは、自分が謝罪することも望んでいないのだと、ラティナは涙を必死で堪える。

(私は、間違えてばかりだ……どうして、うまく出来ないのかな……)


 そう、自責しているラティナの煩懊を感じとりながらも、もうデイルには全てがどうでも良かった。

 彼女を腕の中に取り戻して、つくづく思う。

 魔王たちを屠ってきたことも、『災厄』により大きな打撃を受けた世界情勢も、全てがどうでも良かった。

 大切な愛しい存在の前では、些末なことだと、切り捨てることを自分の心は許容している。元々抱いてきた自分の心境を、彼女を『主』とする『唯一の眷属』としての在り方が肯定する。


 彼女ではなく、自分自身で、そう定めてしまった。

 彼女を全てに於て最優先して良いのだと、自分の背中を押す理由として、左手の証は何よりの免罪符だった。


 だから、良いのだ。

「ラティナ……本当に、良かった。……もう、勝手に、何処かに行かないでくれよ……」

「……うん。デイル……」

 ラティナが自分の腕の中で、微笑んでくれる。それだけで全てが報われる。自分にとって当たり前だったぬくもりが戻ってきたことは、自分の何よりの望みだった。


(私……きっと、たくさん……自分で思っているよりも……間違えちゃったんだ……)

 ぎゅっと手首の腕輪を掴んで、自分の罪に思いを馳せて震えるラティナのことも、責める気はなかった。


 責められる方が、場合によっては楽になると--わかっていても、そうするつもりはなかったのだった。



皆さまのお蔭をもちまして、明日22日、書籍版四巻発売日です。

次回から通常通り、毎土曜日の投稿に戻ります。

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