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白金 、そして黄金。

 全ての光(しろ)全ての色(くろ)で構築させた世界。

 その中でラティナは、周囲を見渡していた。


 本来ならば、自分が座るべき『玉座』の上では、大切な宝石細工の腕輪が寂しげに光を放っている。

 そこでラティナは、自分がいる場所が、『本来の自分の玉座』ではないことに気が付いた。

「"フリソス……"」

「"如何した?"」

 優しい声がすぐ背後から聞こえる。

 視線を後ろに向けて、自分とよく似た顔のひとを見る。長い時間離れていたけれど、一目でわかった。他人と見間違える筈のない、生まれる()から共に居た、大切な存在だった。

「"私……ずっと、フリソスと会いたかったんだよ"」

「"余もだ"」

「"フリソス……あのね……ラグは……私を守って旅をする間に、身体を壊して……"」

「"そうなるだろうと……モヴも、言っていた。……ラグもモヴも全てを納得した上で、我等の先行きを案じてくれたのだ"」

「"じゃあ……やっぱり(・ ・ ・ ・)……モヴも……?"」

 震えたラティナの声に、フリソスは妹をその腕に抱いた。

「"……余には、もう……其方しかおらんのだ……"」

「"フリソス……"」

 再会した時は、互いの状況を語る余裕がなかった。ヴァスイリオに辿り着いた後も、ラティナが、満足に意識を保っていられなかった為に、ゆっくりと会話をすることは出来なかった。


 ようやくに交わせた会話の中で、ラティナはつい先ほど再会することが出来た愛するひとの名を口にする。

「"あのね、フリソス……デイルは、私を救ってくれたひとなの"」

 フリソスが自分にとって大切な存在だからこそ、ラティナは、今度もフリソスに、自分の思いを真っ直ぐに伝えようと思った。

「"私は、デイルに救われて、共に過ごして……デイルを好きになったの"」

 ラティナにとって、フリソスとは全く違うところに、デイルへの想いはあった。

 諦めることも出来ず、『魔王』としての力すら求めてしまった想い。それはラティナにとって、自分自身の根幹をなす想いだった。

「"フリソスのことは、大切なの。でも私は、これからもデイルと共に在りたい……デイルと一緒にいたいの"」


 フリソスは妹の髪に頬擦りするような仕草をすると、溜め息を付いた。認めたくないラティナの言葉に、返答を避けることを選ぶ。

「"ならば、先ずは其方を自由にせねばならぬ"」

「"フリソス……"」

「"それが、モヴとラグの願いでもあるのだから"」


 七つ並んだ『玉座』の上に、もはや気配は他にはない。

 それも束の間の事だろう。『玉座』が空けば、次に資格ある者が現れれば、『魔王』としてその座に着くこととなる。

 それが何時になるかは、予測出来ない。

 フリソスがラティナを自由にする為に、使える猶予がどれほどなのかはわからなかった。

 血塗られた刃は砕かれ、水瓶は割れた。樹は大きく裂け、書物は焦げ、大剣は折られた。王を表す記章の旗は、原型がわからぬ程に引き裂かれている。

 唯一主を有する『玉座』の上で、フリソスは、自らの象徴でもある王笏を握る手に力を込めた。


「"フリソス……何が起こったの? 私が眠っていたうちに……何が起こってしまったの?"」

「"全ては、其方が目覚めてからだ"」

 不安そうに言うラティナをもう一度抱き締めて、フリソスは身体を離した。トンと、突き放すようにした一瞬の衝撃で、ラティナは『自らの玉座』の上にいた。


「"其方の封印を解く。やれるな、プラティナ"」

「"え……"」

「"無理に封印の隙間を破る程に、己の力を制御出来る其方ならば、成せる筈だ"」

「"フリソス……"」

 それでも不安そうなラティナに、厳しさのある毅然とした顔を向けて、フリソスは王笏を掲げる。

「"余に合わせよ、プラティナ"」

 かつて、『八の魔王』たるラティナを封じた時よりも、魔王としての力を複雑に操っていく。

 力操る術に長けた『一の魔王』だからこそ出来るという、自負のある複雑な術法に応えるように、戸惑うラティナが自らの『玉座』に在る自分の力を繰る。


『災厄』以外の魔王が討たれることを、フリソスが静観した理由がこれだった。

 封印を解く正規の手段たる『全ての魔王の同意』が得られない以上、条件の隙間を縫うような歪なかたちで、ラティナの封印を解くことになることはわかっていた。

 それには、封印を成す時よりも、遥かに高度で繊細な力の制御が必要となる。ラティナひとりならば、自分の補助で導くことも出来ようが、他の魔王は不安要素としかならなかった。

 フリソスは、自分が、求めるものの為ならば、他を切り捨てる冷酷さを持っていることを否定していない。

 本来ならば、国家元首という公人として使うその資質を、フリソスは今回は私人として用いた。

 一度は公人として切り捨てた最愛の自分の半身を、今度こそ救う為に、他の者を切り捨てた。


 初めは戸惑っていたラティナが、そのうちに、フリソスに導かれるままに、巧みに自分の力を行使ようになるまで、そう時間はかからなかった。

 フリソスが驚く程に、ラティナは『力を繰る技術』に優れていた。

 遠い記憶の中、父親であるスマラグディから、初めて魔術の基礎を学んだ時のことを思い出す。魔力の制御がなかなか理解出来なくて悩む自分の隣で、ラティナはあっさりと魔力を繰ってみせた。

 膨大な魔力を母親から受け継いだ自分のように、ラティナは天才的な魔力制御を父親から受け継いだのだと、二親たちは笑っていた。

 自分たち双子は、瓜二つであるようで、眸の色のように様々なものが異なっていた。


 それは、『魔王』としての性質にも表れている。


『王となる』という予言を受けて、生まれた自分たちが双子であったことに、ヴァスイリオの神殿に在るものたちは、大いに混乱したという。『八の魔王』は、存在をほとんど知られていない。それ故、たった一つだと思われていた『魔王の座』に対して、候補者が二人となれば、混乱も致し方ない状況だった。

 ただ、出生率が低く、子どもの誕生を重んじるヴァスイリオでは、双子の誕生は慶事とされていた。

 だからフリソスとラティナの二人は、二人共に神殿の奥に秘匿されたのだった。


 結果として予言は成った。

 フリソスもラティナも、共に『魔王』と成った。

 だがそれは、全く異なる条件を満たした結果だった。

 魔人族という民を率いる王。文字通りの魔王であり、公人としての立場を重んじ、非情さも資質として求められる『一の魔王』と成ったフリソス。

 自らの民ではなく、他の民へと心を向け、魔王という存在を否定することも辞さぬ存在。魔王でありながら、最も魔王という存在と遠い存在である『八の魔王』となったラティナ。


 全く異なる自分たちだが、同じ--限りなく似た存在であるからこそ、出来ることもあった。

(だからこそ、今、ラティナ(・ ・ ・ ・)を救える)

『魔王の力』という不可視のものの発動だというのに、二人の間に流れる力場は、まるで定められた譜面を奏でるように響きあっていた。

 美しく完成された芸術のように、構築された互いの術式に、フリソスは成功を悟って安堵に表情を優しげに緩めたのだった。



 --目を開くと、すっかり見慣れてしまった離宮の天井が視界に入った。


 無意識に大きく呼吸をして、新鮮な酸素に肺が喜ぶ感覚に少し驚いた。弱ってしまった身体は、ずいぶんと重く感じられるが、動かすこともままならない今までとは、明らかに違う。

「ふぁ……」

 吐息を漏らすと、自分が目覚めたことに気が付いた隣にいた人びとが、安堵の息を吐いた。

「ラティナ……っ」

「プラティナ」

 デイルとフリソスの姿に、ラティナは微笑みで応えた。

「デイル……リッソ……」

 微笑むラティナの手首で、草花の意匠の腕輪が光を反射して煌めいた。


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