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青年、黄金の王と。

 幼い頃のフリソスとラティナは、それこそ何処で何をするのも一緒だった。

 神殿の奥に秘匿されて、信頼出来る限られた者のみとしか接触することのない毎日。狭い小さな世界が全てだった姉妹にとって、物心付く前から共に在るお互いは、何に代えることも出来ない存在だった。


 だから、フリソスは、王と成るべく全力を尽くした。

 追放することでしか護れなかった双子の妹を取り戻す為に、今度こそ自分の力で護る為に、努力を重ねた。


「ヴァスィリオには、何処に『二の魔王』の眷属が紛れているかもわからない。だから魔人族の少ない人間族の土地に、プラティナを逃がしたのだと思うておった……余が表立って配下に命を下せるようになったのは、『一の魔王』として即位した後。プラティナを案じておっても、余にはどうしようもなかった」

 フリソスの言葉には、切ない程のラティナへの思いが籠められていた。


「ラティナは……何故、此処にいるんだ?」

 自分の隣から、唐突に姿を消したラティナ。本来ならば最初に抱くべき疑問にようやく思い至って、デイルはフリソスに問い掛けた。

「プラティナは……『八の魔王』は、全ての魔王からなる呪によって封じられた」

 デイルに答えるフリソスは、そして微妙な表情をした。

 そういった顔をすると、本当にこの姉妹は似ていると思う。

「プラティナは、その封印が、僅かに綻んだといって……自力で抜け出たようだ」

「……そういうことって、出来るものなのか?」

「本来ならば有り得ぬことだ」

 どこか憮然とフリソスは答えたが、デイルの妙な表情に気付き、更に微妙な表情になった。

「……プラティナは、何ぞ……してきたのか?」

「いや……ラティナなら、そういうことも、あるかなぁ……って……」

「プラティナ……」

「ずっと……俺は、ラティナを見てきた訳だが……驚かされぱなしだったからなぁ……」

 どうやら実の姉(フリソス)から見ても、ラティナは規格外の行動を取っているらしい。

育ての親(デイル)』と『実の姉(フリソス)』との間で、何か通じ合うものを感じてしまった。


「とはいえ、プラティナを縛る呪が、完全に解けた訳ではない」

 フリソスはそう言葉を継いだ。

「プラティナは今、ひどく不安定な状態だ。プラティナは余の力で、辛うじて安定を保っている」

 そうしてフリソスは、安堵が籠った微笑みを浮かべた。

「余とプラティナが『限りなく似ておる』事が、幸いと成った。他の者なれば、不可能であっただろう。プラティナは無意識だったろうが……余の元に来てくれて、本当に良かった」


 フリソスが『一の魔王』という、神の末席としての力を操るに長けた存在とはいえ、本来は他人の失われた力の代行をすることなど出来はしない。

 だがフリソスは、ラティナと自分が、『他の魔王』たちとは異なることに気が付いていた。

 魔王のみが認識出来る『玉座』の空間で、他の魔王のことは、存在を感じる事が出来ても、姿を見ることは出来なかった。

 それなのに、フリソスとラティナは、互いに互いを『見る』事が出来たのだ。

 魔人族では生まれることも珍しい双子が、共に魔王と成ることが、どれだけ低い確率であるのかなど、考えるまでもない。

 そんな自分たちは、前例のない存在なのだろう。

 深い理由などは、どうでも良かった。

 唯一の同胞たる彼女を救えるのならば。


「余は、これほどにプラティナを愛しく思うておったというのに、プラティナは其方を選んだ」

 急にフリソスにそんなことを言われて、デイルは内心で焦った。

 ラティナのように頬を膨らませることはなかったが、じっと睨むような金の眸に、落ち着かない気分にさせられた。

「余の元には、帰れないなどと言いおる」

「ラ……ラティナが」

 デイルは、ちょっとどころではなく嬉しかったが、表情をにやけさせてしまうと、フリソスに更に睨まれそうだったので精一杯に引き締めた。

「余からプラティナを奪うなど、許せぬ」

「そんなこと言っても……」


 そう言い掛けたデイルは、かつて聞いた話を思い出した。

『魔人族』には『婚姻』という習慣がないのだ。

 ラティナが自分と結婚するから共にいるということを、眼前のフリソスにどうやって伝えたのだろうか。伝えられたとしても、フリソスはそれを理解することが出来たのだろうか。

 人間族が魔人族の習慣をほとんど知らないように、魔人族も人間族の習慣をほとんど知らないだろう。


 最愛の妹姫(・ ・)を奪われてたまるかと、デイルに不機嫌そうな目を向けたフリソスは、毛を逆立てた猫を思い出させる。

 何だか、そういう雰囲気もラティナと似ていた。


 そんな風に、ラティナとの相似を見つけてしまう為か、デイルは初対面で一国の王であるフリソスを相手に、すっかり自分を取り繕うことを忘れていた。

 剣を突きつけて切りつけたことも考えれば、今更でもあるのだが、デイルは本来、場に応じて礼儀を弁える人間である。

 それなのに素の自分で接してしまうのは、自然にラティナと似たフリソス相手に気を緩めている証拠だった。


「ラティナの封印は、解けないのか?」

 デイルは、フリソスに疑問を向けた。

「封印は『全ての魔王の認証』の元、構築された」

 答えながらフリソスは、眠るラティナの頭を優しく撫で続けている。

「余は、其方が我等以外の『魔王』を討つのを待っておった」

 そう微笑むフリソスには、ラティナには無い非情さが微かに覗いた。


「今、存在する『魔王』は、余とプラティナだけだ」


 その冷たさは、ラティナとは異なり、自分の目的の為には犠牲を払うことを厭わぬという気配を感じさせる。

『一の魔王』という王の資格は、ラティナではなく、フリソスが得たものだということを納得する気がした。

 そしてそれと同種のものは、デイルも有しているものだった。


「全てを解くことは難しいやもしれぬ。だが、余は、(ことわり)の初めたる『一の魔王』。そしてプラティナは(ことわり)の外にして終わりたる『八の魔王』……我等二人の力以てば、呪を変質させることは出来るだろう」

「……俺が、他の魔王を排除することを待っていたのか」

「最低でも、『二の魔王』が排されなくては、余自身も、プラティナも表に出ることは出来ぬ。其方のように『災厄』に易々と対峙することなど、通常は出来ぬのだ」

 フリソスは呆れたようにため息をついた。

「プラティナのように、『勇者』を眷属とし……大きな力を与えるなど……そのような対抗手段は本来講じられぬ」

「あ」

 思わず出たデイルの声に、フリソスが訝しげな顔をする。

「如何した?」

「いや……」


 そこでデイル自身も、気付いた。

(ラティナ……俺が、『勇者』の能力者だって……知らねぇんじゃ……)

 それだけでなく、デイルが通常の眷属以上の力を持たされていることすら、あの天然娘は気付いていないかもしれない。

 それを、フリソスに伝えるべきだろうかと考えると、なんだか変な汗が出てきた。


「……今代の『二の魔王』を討つ為に、余は……この国は多くの犠牲を払ってきた。いくら愛しいプラティナの為とはいえど……それだけは余が、後世の為に果たさねばならぬことだった」

 幼気(いたいけ)な愛らしい姿をした魔王を、デイルは思い出す。

 今の自分だからこそ圧倒出来たが、それは魔族となったからこその結果だった。

 そして『魔人族』の元には『勇者』は、存在しない。

『二の魔王』が、魔人族を標的と定めた時、それを止めることの出来る存在は、他の『魔王』しかいないことになる。

 フリソスは魔術に長けているようだったが、デイルは、『二の魔王』と戦うことになったら敗北することになるだろうと、見て取った。近接戦闘に長けるデイルから見ても、それだけあの『災厄』は、殺す術に長けていた。


 フリソスは、先代を屠られた時からのヴァスィリオの悲願を、果たさねばならない立場にあった。

「『勇者』が、我等が悲願を果たしてくれるならば、その機を逃す理由はない」

「そういうことかよ……」

 冷静さを取り戻した頭が、状態を把握していく。

 今にして思えば、恐らくグレゴールも不自然さを理解していたのだろう。

『二の魔王』を討った直後に、ラティナがこの場にいることを自分が知ることになったことも、情報が調整されていた結果だった筈だ。

 ヴァスィリオと国交を拓くという重大な事項に、ラーバンド国宰相たる公爵閣下が関わっていない筈がない。


「……『二の魔王』の元で、俺は……紫の髪の高位の神官に逢った」

「そうか」

 デイルの漏らした言葉に、フリソスはあまり感情の籠らない声で応じた。

「その神官は……俺が(・ ・)……」

「稀代の巫女姫は、全てを知っている上で、『二の魔王』の元に赴いた」

 デイルの言葉を遮るように口を開いたフリソスは、金の眸を微かに揺らしていた。感情を感じさせないのではなく、自分の感情を隠す術に長けているのだと、デイルはフリソスを理解する。

 自分の感情を素直にあらわすラティナと、一国の王としての決断を強いられるフリソスの、それは大きな差だった。

「余に、何人たりとも揺るがされぬ力があれば、必要のなかったこと」


 (モヴ)は、我が子(フリソス)を守る為にその身を差し出した。

 フリソスが、王として立つことの出来る時間を得る為に。自分の願う未来の先で、娘たち(・ ・)を脅かす災厄を払う『勇者』の案内人となるために。


「本来ならば、余が果たすべきことであった。……其方には、感謝しておる」

 金の眸に、薄く膜が張り、揺らめきが大きくなる。

 灰色の眸の彼女ならば、とうに大粒の涙を溢すところなのに、フリソスは声を震わせることもなかった。

 それでも、彼女に何の感情がないということはない。デイルはラティナをよく知るからこそ、フリソスが、自らの感情を耐えていることを察することが出来た。

「其方は、救ってくれたのだ」

 フリソスの赦しの言葉に、デイルは自分がしてきたことが、少しだけ報われるような思いを感じていた。

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