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病の王。

「お前は加護がないのに、何で同行してるんだよ」

「兄上がこの度のことで亡くなったことで、俺にも後継の可能性が出てきた。俺には母方の後ろ楯はないからな。明確な実績を積むことを求められている」

 精鋭を集めた彼らの隊は、強行軍を強いても足取りが衰えることはなかった。その夜営時に、デイルはグレゴールにそう話し掛けた。


 口先だけは軽口を叩いているように見えるが、その実、全く気を緩めていないデイルの姿に、グレゴールは内心で危惧を抱いていた。だが、それを面に出すことはなかった。

 それは、かつてのデイルにあり、ラティナと出逢ってから薄れていたデイルの危うさだった。


 詳しいことをデイルは語ろうとしない。

 それでもラティナが行方不明となっていることは、グレゴールも知ることだった。

 父であるエルディシュテット公爵は、他にも情報を得ているようであったが、まだ自分には与えられない情報であるらしい。


 嫡男である長男が一家諸とも『四の魔王』による影響で命を喪い、エルディシュテット家は非常に混乱の極致にあった。だが国の重臣たる公人として、公爵家の者たちは、死を悼むのは今ではないと毅然としていた。領地の被害も甚大であるし、このままでは国すら危うい。

 グレゴールもまた、その一員として為すべきことを為すだけだった。

 次兄は、長兄に子が生まれたのを機会に、ラーバンド国の辺境伯の一人娘の元に望まれて婿に入った。この混乱している世界情勢の中、次兄を今、戻すことは益にならない。魔王による脅威だけでなく、ラーバンド国と国境を隣接する他国とも緊張状態は続いている。次兄には、国境を守る辺境伯を支えて貰わねばならない。


 グレゴールに求められているのは、英雄として祭り上げられたこの友人の隣で、自分もまた英雄として振る舞うことだ。

 いずれこの混乱期を乗り切り、国が復興を掲げる時に、民衆の支持を集める象徴のひとつとなることだ。

 本来ならば、自分にこういう役割が向いているとは思えない。

 それでも、『友人』として、勇者という役割を演じてみせているデイルに比べれば何と言うこともないように思う。


(『勇者』か……今のこいつは、『英雄らしさ』や『高潔さ』とはかけ離れているように思えるが)

 危うげな雰囲気を醸し出しているデイルの眸は昏い。

 かつてのデイルのようなと、思ってはいたが--と、グレゴールは自分の認識を訂正する。今のデイルには、以前のものよりも、深い狂気のようなものがある。かつてのデイルは、自分の心と行いの間の隔たりに苦しんでいたが、今のデイルは、本懐を遂げられるのならば、自分の心すら、引き換えにしても惜しくはないという気配がある。

 おそらくは、それは、彼女の為だ。

 そして、デイルがそれでも自分の心を手放そうとせずに、己のままで在るのも、彼女の為なのだろう。

(何処にいるのか……彼女は)

 グレゴールは、胸にさげた藍の神(ニーリー)の護符を掴み、溜め息をついた。

 これは、藍の神(ニーリー)の高位神官であるローゼが手ずから作ったものだった。彼女はこの隊には従軍していない。その自分の変わりにグレゴールを守れるようにと、彼女は自らの髪と血潮を媒介に強力な護符を作った。このローゼの護りがある以上、グレゴールは四の魔王でさえ恐れる気はしない。

 そして王都にいるローゼを守る為に、退くつもりはない。


 だから、グレゴールは祈る。

 友人の愛する唯一の少女が、彼の元に無事に戻るようにと、願う。

 自分が、もしもローゼを喪ったなら、どうなってしまうかわからない。狂ってしまえれば、楽になれると思っても、ローゼ自身が、それを赦してくれないとわかっている。ならば自分は自分のままで、苦しみ続けることになるだろう。

 デイルの狂気の一端を、理解出来てしまえるからこそ、グレゴールは友人を案じるのだった。




「死にたくない」

 白金色の鎧を纏った自分にとっての『死の化身』を前にして、長い黒髪を乱して『四の魔王』は、自らの魔力--全ての生あるものを蝕む病そのもの--を、周囲に振り撒いた筈だった。

「なんで、なんで、なんで」

 壊れた玩具のように、その言葉を繰り返す。『四の魔王』と成ってから、当たり前のように使えていた力が、当たり前のものではなくなっていた。魔力が、自分の能力が、思ったように振るえない。


『勇者』という対存在と、初めて相対した『四の魔王』は、勇者の能力を知らなかった。『四の魔王』にとって興味のあることは、己のことだけだった。何も欲しない、誰も必要としない。眷属を生み出したのも、それらがかつての己と同じ存在であった為だった。


 死の病に侵され、絶望の縁にいた存在。それが『四の魔王』となる以前の()存在(もの)だった。生への渇望は、自ら『死の病』そのものとなることを引き寄せた。かつての自分が抱いていた絶望そのものと成ることで、『四の魔王』は生まれた。

 死の病を誰よりも深く恐れていながら、死の病を振り撒くことを厭わぬ存在。歪んでいるからこそ、魔王と成り得たのである。


 自らのことにのみ興味を持ち、周囲の誰を理解しようともしない四の魔王にとっては、『勇者』すら、興味の外の事柄だった。

 魔王が魔王であり続ける神に与えられた運命を覆す理。

 だからといってどうということもない。『人間』が、病そのものである自分に抗える筈がない。

『五の魔王』だと名乗った女が、自分たち魔王を滅ぼしてしまうといった『八の魔王』というものの存在について語ってきた時は慌てたが、あっさりと排除することが出来た。恐れる必要もなかった。


 それなのに、何故、今自分は追い詰められている? 理解できなかった。

「死にたくない、死にたく……」

 見苦しいほどに生への執着を喚きながら、『四の魔王』は、グレゴールの振り切った一閃の刃の前に倒れ伏した。


「……思っていたよりも、呆気なかったな」

「そうか」

 困惑したように呟いたグレゴールの隣で、デイルは自分の左手を見ていた。かすかに熱を帯びているような気がする。手袋の奥の素肌を見ることは出来ないが、この様子だと『名』が浮き出ているに違いない。

 グレゴールが『四の魔王』を討ったことは、不思議でも何でもない。

 魔王を倒すことが出来るのは、『勇者』だけという訳ではない。デイルは自ら戦う力を有しているが、そうではない『勇者』も、過去の歴史の中には存在している。戦いに秀でた仲間を導く聖女と呼ばれる存在などが最も有名だった。

 デイルと共に戦場にたつ者たちに、彼の持つ『勇者』の加護は働く。

 剣士として一流の域にあるグレゴールの刃が、魔王を断ち切ったことは、当然とも言える結果であった。


 だからグレゴールが疑問とするのは、そこではない。

 魔素と呼ばれる『四の魔王』独自の魔力が、想定していたよりも終始鈍かったのだ。デイルやグレゴールたち前衛型の戦士以外の者たちは、後衛で防御魔法を何重にも構築していた。そのように取れる防護策は講じていたが、それでも不思議な現象だった。

「……魔王の力を削ぐ……か」

「何か言ったか?」

「……いいや。何でもねぇよ」

 デイルは左手から視線を逸らすと、グレゴールに素っ気なく答える。

 それは恐らく勇者としての力ではないだろう。『八の魔王』の唯一の眷属である自分は、彼女と似た形質の力を与えられているのかもしれない。

 魔王の魔王として在る為の力を制する存在の力。

 彼女を取り戻せる力となるのであれば、どんな力でも使うまでだった。



 綻んだのは、圧倒的な力に蹂躙されて、歪んだからだったのか。



 --目が、覚めた。

 なんでだろうと、考えようとしたが、頭がうまく働かなかった。

 まぶたが酷く重い。眠くて眠くて仕方のない時みたいに、動くこともうまく出来ない。

 けれども、ここで諦めてしまうのは、絶対にいけない。--と、それだけがぼんやりと心に残っていて、彼女は必死に溶けて消えそうな意識を繋ぎ止めた。

 長い、長い時間をかけて、目を開ける。

 色のない(モノクロの)世界は、まるで夢の中のようだった。

「デイル……」

 魔王のみが存在することの出来る世界の、中心にあるちいさな玉座の上で、彼女はそう呟いた。

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