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災厄の魔王。

全体的に巻きで進めているのは、仕様となっております。

 クロイツの『踊る虎猫亭』は、その日ひとりの客人を迎えていた。

 細い体躯を旅装束に包んだ若い女性。胸元には、『虎猫亭』が掲げる旗と同じ天馬の意匠の聖印をさげている。

緑の神(アクダル)』の正式な神官となったシルビアだった。


「ラティナがいなくなったことに、あの子の故郷が関係しているのは間違いないと思うの」

 シルビアは、緑の眸に理知的な光を宿しながら、ケニスや常連客たち、厳つい外見の男たちに怯むことなく、自分の考えを述べる。

「ルディに確認したら、たぶん間違い無いって言ってた。ラティナがいなくなる前にあの子に接触してたのは、魔人族の旅人たちのうちの一人。しかもラティナは、そのひとと面識があるみたいだった」

「ラティナは確か、ヴァスィリオの出身だった筈だ」

「一応、他の地域の魔人族の集落のことも調べるべきだろう。嬢ちゃんは、故郷のことどころか、魔人族のこと自体をあまり知らない子だったからな」

 地図を広げ、互いの情報を交換していく。

「気になっていることは他にもあるの。そっちはルディにも頼んでいるけど……確認にもう少し時間が欲しい」

 シルビアがそう言い、ケニスも何かを思い出したように頷いた。

「そういえば、以前気になる噂は聞いたな……俺も話を集めておこう」


 現状で足りていない情報こそ、緑の神(アクダル)の神官であるシルビアにとって、目指すべきものだ。だからこそ、互いの情報を突き合わせ、ラティナを捜す為に必要なことのヒントを探る。

 目標を定められたならば、シルビアにとって、それが困難であればあるほど、目指す価値があることとなる。


「デイルの奴が今、何処にいるかはわからんが、恐らく何かを仕出かしてることだろう」

 ケニスがそう言い切ってしまうのは、姿を消したあの日のデイルに、それだけの危うさがあったからだった。

 デイル自身にも色々と尋ねたいところだが、飛び出したきり、連絡のひとつも寄越さない。相手の居場所がわからない状態では、連絡を付けることは、まず不可能だった。

「俺の伝手も使えば良い。シルビア嬢ちゃんだけじゃ難しい場所でも、護衛を受ける冒険者の算段は付けられる筈だ」

 ジルヴェスターがそう言ったのは、彼の個人資産とは別に、動かせる予算の当てがあるからでもある。

 ラティナを見守ってきたのは、デイルや『虎猫亭』の夫婦はもとより、ジルヴェスターだけでもない。彼を初めとしたクロイツでも名士と呼ばれる幾人もの者が、彼女を見守り続けていたのだ。

 ラーバンド国屈指の都市クロイツで、富裕層に分類される人びとも多い。ひとりひとりにとっては大したことの無い資金を回収していっても、総額はかなりのものとなる。そして資金という形でなくとも、彼女の為ならば、採算度外視で依頼を受けても良いという冒険者も多い。

『白金の妖精姫』と呼ばれるまでに至った彼女の人徳は、クロイツの多くの冒険者たちに浸透している。

 彼女は本当に、多くの人びとに愛されていたのだ。


「いずれはヴァスィリオに直接向かってみせるから」

 シルビアはそう言い残して、クロイツを旅立って行った。定期的に『踊る虎猫亭』の『緑の神(アクダル)の伝言板』に情報を送ると約束し、行動を開始したのである。


 そうして、ほどなく。本当に急と言える程の早さで、『世界』は日に日に危うさを増していった。

『神』という、自らの絶対的な上位者から与えられた制約たる『八の魔王』を封じたことは、『災厄の魔王』たちの自制を外した。

 神すら、自分たちを諌める力を持たない。

 その事実は、魔王となった時以来の万能感となった。『災厄の魔王』が、自らの思うままに力を振るうことを善しとした。魔王としての在り方のままに、好き勝手に行動することを肯定されたと捉えられた。

 その結果、玩具--壊すことを楽しむ『魔王』にとって--のように、世界は侵されていったのだった。

『二の魔王』により、一つの街が一夜にして血の海に沈んだ。

『七の魔王』により、彼の王の率いる軍が、数多のひとの営みを蹂躙し、攻め滅ぼし、場合によっては自らの軍の一部に呑み込んで、国の形を変えていった。


 それは、大国ラーバンドに於いても、余談の許さぬ状況となっていった。

『四の魔王』が、領土の一角を蝕んだのだ。

 ある日ふわりと前触れなく降り立った『四の魔王』は、その二つ名通り、周囲に死の病を振り撒いた。

 本来ならば、国の中枢まで到達しかねない魔王の脅威を、一地方の被害に留めたのは、その地を治める者が高潔で優秀であったからこその結果であった。

 その地は、ラーバンド国大貴族、エルディシュテット家の領地だった。ラーバンド国宰相たる公爵の継子である長男が、自らも魔素に侵されながらも、最期の最期まで、領民と国の為に指示を出し続けた。

 凡庸ではない人物であるからこそ、『四の魔王』の脅威を一時期にでも封じめることに成功したのである。だが、これ以上後手に回れば、大国とはいえ、取り返しのつかない打撃を受けることだろう。国の存亡にすら関わる災禍だった。

 即急に、『四の魔王』を討伐する必要があった。


 そして、その討伐軍には、『勇者』の姿があった。

 眼前に現れた、絶望を形にしたかのような『魔王』という存在。脅威そのものであるそれは、民の人心を乱し、国家に属する兵士たちからも戦意を奪う。

 だからこそ、彼は、英雄を演じることを求められた。

 陽光に目映く輝く白金の鎧を纏い、同じ白金の部分鎧を着けた幻獣を従えた彼は、まさしく英雄譚(サーガ)の勇者そのままの姿だった。

 人びとはその姿に歓喜し、安堵する。理由などは要らない。勇者という存在であるだけで、必ずや魔王を打ち払ってくれると、願いを掛ける。


 魔素障害に耐性を持つ、高位の神官により編成された小隊は、羨望と期待に満ちた歓声の中、送り出されていった。


 勇者が自らの旗印として掲げた紋章には、白金色の長い髪をなびかせた、薄い羽持つ妖精が描かれていた。

 その紋章は、ラーバンド国第二の都市クロイツを発祥に、冒険者を主体として発生しつつある義勇軍の象徴として定められた紋章だった。

 クロイツに住むひとりの仕立て屋の女性が作り出し、拡げたとも言われていたが、その由来を知る者は、王都にはほとんどいなかった。


 ただ、その紋章の女性が、勇者の恋人の面差しをうつしているのだという噂が、ひっそりと拡がっていく。

 悪化する世界情勢に、重く暗くなる世論を緩める美談が求められていた。勇者が恋人の為に戦っているのだという、まるで民衆が求めるお伽噺のような『物語』は格好の話題だった。

 --いつしかそれは、『勇者と妖精姫の物語』という名で世間に拡がっていったのであった。

 

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